みまもられます
「ぷへー……」
「なんか空気が抜ける音みたいだな」
「あながち間違いじゃないかも……」
机に突っ伏したまま、頭上からかけられたサヤカの言葉に微動だにせずにそう返す。
なんか抜けていってる感じがあるもの。生命力とかそんな感じの何か。
「……そんな疲れたの? ユージン」
「疲れた……というか頭撫でんな」
「大丈夫よ、ちゃんと髪は後で綺麗に治してあげるから」
「そんなことは気にしていない」
突っ伏したまま顔だけ上げて正面に座るミズホを見ると、彼女は素直に腕をひっこめた。
その手の動きを目で追ってから一つ息を吐き、俺は体を起こすと今度は座っている椅子の背もたれに体重をかける。
「本当にお疲れねぇ、ユージン」
「むしろお前達はなんでそんな元気なの?」
今日ほぼ朝からフル稼働なんだけど。
先週シーズン最終戦が終わり、俺たちはシーズンオフに突入した。今日はそれから一週間たった土曜日……オフで最初の週末だ。
まぁ俺たちの場合、シーズンオフの方が忙しいんだけどな!
特に今回は試合が一週ずれこんだ関係でオフシーズンが短くなったから地獄である。朝から撮影、インタビュー、撮影、撮影とシャレにならんレベルだ。
さすがにオフシーズンのすべてをメディア関連の仕事全部に充てるわけにもいかないから、その分そっちむけの仕事日がな……もともとのスケジュールだったら最初っから調整してたと思うけど今回は突発の予定変更、しかも先方にもいろいろスケジュールがあるからそう簡単には大幅な延期できず……結果としてパツパツのスケジュールとなった。
一応ごく一部だけはGWへ延期してくれたみたいだけど。
というわけで朝から仕事のラッシュだ。しかもCM、広告系の撮影がほとんどだったのでその都度衣装が異なる。だとどうなるか。
……移動、着替えとメイク、撮影の繰り返しになるわけだ。一日に三回も四回も顔をいじられるわけである。衣装はともかくメイクは別によくね? と思わなくもないが、そういうわけにもいかないらしい。
いや、これが疲れるんだわ、マジで。ミズホとかにしてもらうのはいいんだけど、プロのスタイリストにしてもらうのはなんかちょっと妙に力が入っちゃうというか。なかなか慣れない。
シーズン中や日本ではそういうことほとんどないので、そのせいかもしれないが。三か月とか半年置きだったりするからな。さすがに毎日のようにやってたら慣れてたと思う。慣れたくないけど。
そんな感じでまぁ……めっちゃ疲れているわけなんですよ、わたくしは。
「お前らは元気だよなぁ……」
まったく同じスケジュールをこなしてきた同僚二人は、平気な顔で俺の方を眺めている。
今俺たちがいるのは、とあるカフェの一画だ。繁華街とは離れている位置というのと、時刻がPM3時前後と大きく昼時を過ぎているせいか、埋まっている席も疎らだ。またスタジオのすぐ近くの店舗のせいか店の店員もわきまえており、変に話しかけらることもない。……ごく一部の客がちらちらこちらを見ている気もするが、そのぐらいはまぁ許容範囲だ。もしアレな相手がきたらすぐにスタジオ逃げ込めばいいしな。
こないでほしいけど。余分な体力使いたくないので。
撮影はまだ一本残っている。が、次の撮影は同じスタジオで、かつ時間も少し空いている。ようやく一息付けたわけだ。尚レオ君は最後の撮影は出番ないので帰りました。なにやら彼女と合流して飯を食いに行くそうです。リア充め。
「どうしてミズホ達はそんな元気なんだろうなぁ……」
「なんでって言われてもねぇ……あたしは別に慣れてるし今更かなぁ? 撮影もそんなしんどいポーズとかを求められてるわけでもないし」
あー、経験の差っスか。確かにこっち関連でいえばミズホは俺よりはるかに先輩だしなぁ。しかもミズホは週末以外でもソロの仕事はあるだろうし。経験値が違いすぎましたね。尚女性の経験値としては比べ物にならないほど違う模様。
でもだったら。
「サヤカはなんで平気なんだよ」
「そもそも疲れるようなことあったか? 移動も準備も寝てたって済むんだから、ちゃんとしてなきゃいけないのは撮影だけだろう。その撮影だって別にやらなきゃいけないこと多いわけではないしな」
──ああ、これ強者なだけだ、メンタルの。そういえばメイク中うつらうつらしてるときあったな、メイクさんちょっと困ってたぞ。
俺にはとてもまねできないです。そんな鋼メンタルは俺とは程遠いものだからね……
「ああ、くそ、なんか悔しいな……」
他の人間は全然平気そうにしてるのに自分だけ疲れてるのって、なんかすごく負けた気持ちにならない?別に勝負しているわけじゃないんだけどさ。
ぷえー、ともっかい息を吐く。
「ま、撮影まではまだ時間があるし、今はゆっくり休みなさいな、ユージン」
「そうさせてもらうわー」
とりあえず早くパフェこないかな。今の俺は糖分が欲しい。ちなみに二人の前にはすでに注文の品がすでに届いている。ミズホが紅茶でサヤカがコーヒー。
「……なぁ、お前達本当に甘いのいらないの? 今日はクッソ忙しかったしご褒美としていいんじゃない?」
「いらないわね」
「私も珈琲だけで十分だな。小腹も減っていない」
「うぐぅ」
女性(真)がコーヒーとか飲んでいるのに女性(偽)が一人パフェを食べてるのってちょっと……いや別に男がパフェくっちゃいけないってことは欠片もないんだが。甘いもの欲しくて真っ先にパフェ注文したら、二人はそれを微笑ましい顔で見ながら飲み物だけ注文だもんなー。
あとこうやって外見上は大分年上に見えるメンバーといるときにこういうの頼んでると、周囲からもなんか温かい目で見られている気がするんだよな。被害妄想かもしれないけど。
とかそんなこと頼んでたらパフェが来た。
……まぁ頼んじゃった物はしかたないので、おいしくいただきますけどね。スプーンをとって上の方の白いアイスを掬うと口の中に放り込む。
んー、あまーい!
時期的にはまだ春の始まりって季節だけど、あったかい店内で食べるパフェはおいしいね!
「ふふっ」
糖分を摂取することで現金にもあがったテンションで二口目を口に放りこんでいると、小さな笑い声が聞こえた。ミズホだ。
「……」
「私達にはこれで十分だな、ミズホ」
「そうね。癒されるわぁ」
──反応しない。いつものことなので。相変わらず俺はおいしいものを食べるともろに顔に出るらしいから、よくこんな感じである。さすがに毎度のことに突っ込みは入れない──たまに我慢しきれなくなって突っ込んじゃうときがあるけど。
「ふふ、頑張って気にしてないふりをするユージンもかーわい」
……スルーだ!
「そういえばユージンも最近我々のこの感覚がわかってきたんじゃないか?」
「なんの話だよ!?」
……反応してしまった。
してしまったものはしょうがない、俺はパフェに乗っていたフルーツにかじりつきつつ言葉を続ける。
「なんでそんな話が出てくるんだよ。一体何時俺が……」
「アイリよね」
「ああ」
「へ?」
アイリ?
「ユージン、アイリを抱きかかえてるとき割と慈愛の表情してるよ、最近」
「マジで?」
問い返したら二人に頷かれた。
「最初のころは困った感じだったが、だんだんやれやれという雰囲気を出しつつ優しい目で彼女を見るようになったな」
「母性に目覚めたのかしら?」
「せめて父性にしろ」
「こんな可愛らしいパパはいないだろう」
俺の精神性は男なんだよ、今でも!




