慌ただしい一日
秋葉ちゃん達と別れてからはいつもと同じ。電車に揺られて数十分、そこから歩いて十分ほど。事務所についていつもの週末が始まる。
まぁいつもの週末とは言っても今週末はシーズンの前期と後期の間のリーグ戦の中断期間で、今週Cリーグで行われる試合はC1下位2チームとC2上位2チームの入れ替え戦のみだから我々の試合はないし、霊力の回復真っ最中の身としては精霊機装実機を使ったトレーニングもできないのでやれることはほとんどない。せいぜい基礎体力トレーニングと後期リーグ戦へ向けてのデータ分析くらいか。後こっち用の服をちょっと買いに行った方がいいかな、と思っていた。何にしろ今週はずっとドタバタしていた気がするし、少しのんびり目に過ごすかと思っていた……のだが。
のんびりするどころではなかった。
とりあえず事務所に着いたら即馬鹿一号が引っ付いてきたのとそれを馬鹿二号が微笑ましそうに見てきたのは置いといてだ。一通り擦りついてきてからミズホが電話でナナオさんに連絡を取り、それからハンガーに連行されると整備チームや分析チーム、広報に営業、総務経理などエルネストの殆どのメンバーが集まっており、そのメンバーの前で挨拶をさせられる羽目になった。
確かに挨拶というか今の姿を皆に紹介しておかないと、見知らぬ少女が勝手に事務所の中を歩き回っていると勘違いされるし必要な事だと思う。だがエルネストはそこまで規模が大きくないチームだとはいえ、チーム関係者の数は数十人はいる。しかも今の俺が小柄なため姿が見えないとわざわざ少し高い所に上らされて挨拶させられる羽目になり──正直こっぱずかしいことこのうえなかった。
勿論俺はスポーツ(のようなもの)でありエンターテイメントである精霊機装を駆る精霊使いで、大勢の人間の前に姿をさらしたこと自体はある。が、それは大抵は映像越しでその場で気になるようなものではなかったし、たまにファンの前とかに姿を現すにしてもそれはチームとしてで視線は大抵ミズホや移籍したエースであるグェンの方に向っていたので、こんな感じに自分ひとりでしかも興味津々な瞳で見られるのはあまり慣れているとはいえなかった。
それでもなんとか挨拶を終え、これで一段落──という訳にはいかなかった。むしろその後が大忙しである。
挨拶終わって早々、まずはナナオさんの車で連れ出された。行先は精霊機装リーグ戦運営の支部の一つで、性別変更による事務手続きの為だ。通常この時期に行う事務手続きはないんだが、さすがに性別はおろか外見も全く変わってしまうという前例のない事象のため、いくつか確認の為当人が直接訪問することを求められたらしい。ただこっちに関しては病院や論理解析局からすでに各種データは提出されていたため思ったよりは手間なく完了した。
それから次に、エルネスト社の支店に連れていかれた。ここで言うエルネストとは精霊機装のチームの事ではなくそのメインスポンサーでありナナオさんの旦那であるルース・エルネスト氏の会社であるアパレルメーカーの事だ。目的はチームコスチュームの作成の為である。
チームコスチュームは防衛出撃の際などは特に着ることは無いが、リーグ戦の時はそちらに着替えることが基本だ(義務化されているわけではない)。操縦室の内部が撮影されることはないんだが試合後にインタビューやファンの前に出る事があるし、スポーツでよくあるようにコスチュームにスポンサーの名前を入れたりするのでCランク以上はどこもコスチュームを持っている。
当然俺はこれまで来ていたコスチュームが全くサイズが合わなくなってしまったので、再作成が必要となったわけだ。という訳でここではエルネスト社の担当スタッフさんにいろいろ計測されて終了。試合のある2週間後までには間に合わせてもらえるということでエルネスト社を後にした。
さあこれで終了、というわけにはまだならない。今度はエルネスト(チームの方だ)の方に戻って操縦席の調整だった。腕の長さとかも当然変わっているので全体的に位置調整だ。こっちは計測というよりは実際に座って調整だ(まぁ交換しなくちゃいけないパーツもあるらしいが)。
そこまでやってようやく一段落。時間はすでに2時を回っていた。
「あら、ようやくお昼なの?」
いつもの部屋に戻って、ちょっと遅めの昼食として近くの店で買って来た蕎麦(のようなもの。原材料は別物らしい)を啜っていると、頬を上気させながらミズホが部屋に入って来た。朝あった時に着ていたものとは違うトレーニングウェアだ。
「ロードワークか?」
「そ。あたしも機体まだ乗れないからそっちのトレーニング行えないしね」
「ああ、まだ修理中なのか」
先週の"異界映し"での被害は俺の体への物理崩壊だけではない。機体の機能停止ラインを超える攻撃を受けたミズホも霊力をかなり消耗していたし、通常は早々抜けることはない霊力での防御を抜いて機体自体にもダメージが入ってしまっていた。特に機体の方は割と腕の関節に深刻なダメージが入っていたようで交換用の予備パーツが足りず一部取り寄せになったと聞いていた。
「いやぁ。本当に今週も来週も休みで良かったわ」
自分の席から椅子を引っ張りだしてこちらを向け、そこに身を投げ出すように座りながらミズホがそう言って嘆息する。
「全くだな」
今週試合が有ったら間違いなく不戦敗になるし。来週試合となるとほぼ慣らしなしで実戦に臨むことになる。中~遠距離主体の俺はまだしも近~中距離型のミズホがそれはちょっと厳しい。
新しく組み込んだパーツに搭乗者の霊力が馴染んでいないと精霊を経由した機体への指示の伝達に不備が生じたり、余分に力をロスしたりするためだ。再来週までなら多少は馴染ませてから実戦に臨むことができるので大分変わってくるはずだ。
「それに、後期の第一戦は昇格組だし本当に不幸中の幸いだわ」
「油断は禁物だけどな」
ミズホにそう言いつつ蕎麦に視線を戻して啜るのを再開すると、ミズホがじっとこちらを見てきた。
「……なんだよ?」
「お蕎麦啜ってる姿もかーわいー」
「ぶっ!」
危うく蕎麦を吹きかけた。ギリギリセーフ。
「お前なぁ……」
「気にしないで食べて食べて」
気になるわい! あと恍惚とした顔すんな!
(外見が)幼い少女の蕎麦を啜る姿をじっと眺めて恍惚とした表情を浮かべる銀髪の美女って字面おかしくない? コイツ確かファッション雑誌とかのモデルもやってて若い女の子とかにもそこそこ人気あるって聞いたけど、そのファンの子達はコイツの今の姿を見てどう思うのか。
「食いづらいからこっちみんなよ」
「えー、やだー。目の保養したーい」
「……ナナオさんに別に部屋用意してもらうか。俺の心の平穏のために」
「あごめんなさいごめんなさいガン見するのはやめます」
わかればいいんだ。とりあえずしばらくはしつこい時はこの手段で行くか。ようやくミズホが俺から視線を外したので俺はようやく落ち着いて食事を再開する。
「あーあ、仕事前に癒しが欲しかったなぁ」
椅子を元の向きに戻し、沈み込むようにして天井を仰ぎ見てミズホはそう一人ごちる。
「仕事?」
「雑誌のモデルの方でね。だからこの後いっぺん部屋に帰ってから、もう一回でかけないといけないのよ」
「こんな時間からか?」
もう14時半近い。ここから部屋戻って……恐らくシャワーを浴びて着替えてからだと最低でも16時を回るのでは?
「夜景を背景にした撮影らしいからね。一ヶ月くらい前から入ってる仕事だからまぁ仕方ないわ。本当はキャンセルしたいけど」
「なんでだよ」
「ユージンといられないからに決まってるじゃない」
普通だったら嬉しいセリフだと思うが、今となっては邪な物をその中に感じてしまって素直にそうは受け取れないな……
「ああ、そうだ。ユージンもモデルやらない? その神々しいほどの愛らしさだもの、人気が出るわよ? そうすれば一緒にいられるし」
「ないない」
ミズホの言葉をそう言って笑い飛ばす。確かに今の姿は客観的に見れば可愛いと思うが、ミズホに比べれば明らかに幼すぎるしモデルには向かないだろう。女の子向け子供服のモデルなら行けるかもしれないが、そんなのは死んでも御免だし。
大体すでに俺は日本側での仕事と二足の草鞋状態なんだし、これ以上仕事の数を増やすとか勘弁してくれ。




