始まらないテスト
ウチではよくある何一つ話が進まない回。
『まぁでも一度は承諾したんだし、我慢しなさいね?』
「はい……」
そうなんだよなぁ、一回OKしちゃったんだよなぁ。
「正直ここまで気になるとは思ってなくて……」
カメラ自体は勝手に設定されたが、承諾なしで撮影したら盗撮になるからねと最終確認はちゃんとされた。最近はカメラにも慣れてきたはずだし、アイリのためならまぁいいかと思ってGOサインを出してしまった。
その結果が先ほどの有様である。
『ユージンてさぁ』
通信機から、ミズホの声が響く。
『試合の時とかはいろいろ先の事考えて動いたりするのに、日常生活だといろいろと見通しが甘いところがあるわよね』
『よくわかるわ』
『でもそこが可愛いところだからそのままでいて欲しい』
『だな』
俺は女性陣のそんなやり取りを聞きながら、今後は何事ももうちょっと考えてから返事をしようと心に決めた。というかうちの女性陣、俺のダメそうなところとか情けないところとか見て可愛いということが多々あるので、絶対に全員Sの気があると思う。少なくともミズホは確定だ。
俺はあいつのPCに「ドジっ子ユージンフォルダ」があるのを知っている(というか当人が以前言っていた)。何保存してるんだ、あの女。
……ん?
そうだ、保存だよ。なんで気づかなかったんだ。
「ナナオさん」
『うん?』
「カメラ越しの映像でも大丈夫なら、そもそも録画映像でも大丈夫じゃないんですか?」
俺の姿が見えていればいいのであれば、それで問題ないはずだ。なんだ、これでいろいろ解決じゃん……などと思っていたら、通信機からこれまでとは別の声が響いた。
『残念ながら、それはダメなんです』
アイリに付き添いをしている、職員さんの声だ。
『動画自体は、すでに試しているんですよ。今アキツには貴女の映像はいくらでもありますし』
「あ、はい」
そう、そうなんだよな。恐ろしいことにCMやらなにやらで映像……だけではなく写真も含めれば、俺の姿を数日間まったくみないというのはほとんどないらしい。それに精霊機装の番組関連だと俺の映像はよく使われてるらしいしな……
本当になんでこんな状況になったんだろうなとか思ったが、深く考えなくてもあの時現れたトカゲ野郎のせいだな。もしあいつが鏡獣の姿ではなく実体としてこっちの世界に来やがったら完膚なきまで叩き潰してやる。
まぁそれはさておきだ。
「ダメってどういうことですか?」
せっかく浮かんだ良案は即座に叩き潰されたわけだが、微妙にあきらめきれずに食い下がると再び通信機から職員さんの声が流れる。
『反応が違うんですよね。アイリちゃん、ユージンさんの録画映像でも一応興味は引くようなのですが、あまり反応しないんです。リアルタイムなのかどうか無意識にわかってるんでしょうか』
マジか。
「同じ映像何度も見せたとか、そういうわけではなく?」
『初見の映像でもダメでしたね』
マジかー。同じ映像でダメなのはまぁわかるんだけど、なんで判別してるんだろ?
『というわけで録画は駄目らしいわよ』
「はぁい……」
『ユージンも気にしすぎだなぁ。観光地で記念撮影するくらいの気持ちでポーズでも取ってみたらどうだ?』
「とれるかアホォ!」
『でもちらちらカメラ気にしているのはなかなか良い感じだな。アイリも喜んでいるぞ』
「うるせぇぞサヤカ……ん、ちょっと待て! なんでお前がカメラの映像みてるんだよ!」
『なんでも何も、今稼働テストしてるのお前とミズホだけだからな、私は乗ってないぞ』
……ああ、そうだった。今試合じゃなくて稼働テスト中だから全員搭乗しているわけじゃないんだった。いや、そうじゃねぇ!
「映像はアイリに見せるための奴だろ!? なんでお前も見てるんだって聞いてるの!」
『だってみんな見てるぞ』
「は、みんな?」
『ナナオさんとかレオとか他のスタッフのみんなとか』
「仕事しろぉ! ナナオさんまで一緒になって何やってんだ!」
『失礼ね、ちゃんと仕事してるわよ? 手が空いている人間だけが見てるだけよ』
「人の姿を時間つぶしに使わないでくれますかね?」
『でもユージン見てるとなんだか和むから……』
人の事見て和まないでいただきたい。俺はそういうキャラじゃない。外見上は幼いけど決してそういうキャラではない。
「あー、もう」
思わず俺は空いている左手で顔を抑えてしまう。顔が火照るのを感じたからだ。見てるのはせいぜいアイリと職員さん、あとはもしかしたら話に入ってきてたナナオさんくらいだと思ってたのだ。それが実はそれより明らかに多い人数に見られていたと……いや実際のところ何人くらいに見られてるんだ俺。聞きたくないから聞かないけど。
「とりあえずアイリ以外はできるだけ見ないでください」
『えー』
「えーじゃなくて」
『冗談よ。このままだとユージン、テストにも支障だしそうだし。はーい、みんな仕事に戻ってー』
通信機の向こうでナナオさんがそう声を上げると、ざわざわと喧騒が起こり、そしてそれが遠くへと離れていった。いや待て本当に何人いたんだよ! 2人とか3人の感じじゃなかったぞ!
『なぁ、私達も駄目なのか』
「遠慮してくれると助かるな……」
もはや日常のあれな姿をさんざん見られているサヤカたちに関しては今更感あるけど。
『そうか。残念だけど致し方ないか』
「……なぁレオ」
『何スか?』
「もう誰も見てないよな?」
俺は考えた上で、そうレオに問いかけた。レオはミズホかサヤカとセットじゃないとさして興味を示さないはずだし、性格Sじゃないし割と真摯な性格をしているのであそこにいる面子では一番信用できる気がするので。
ほかの連中がいまいち信用ならないともいえる。
『今モニタの前にいるのはアイリちゃんと職員のおねーさんだけっスね。ナナオさんもサヤカさんもこういうところで嘘はつかないっスよ』
「そうか……」
今度こそ改めて安堵のため息を吐く。なんかどっと疲れたんだが、どうしてテストするだけでこんなに疲れてるんだ。しかもそもそもテストもまだまともに始まってない。
「……とにかく、テスト始めましょうよナナオさん」
『そうね、お仕事しましょう』
もうとっととテスト終わらせて機体おりてアイリのところへ行こう。アイリも映像より直接の方がいいだろうし、俺の精神衛生上もいい。
それに明日の試合でシーズン終わるから、しばらく機体には乗らなくなる(いや乗りたいんだけどスケジュール詰まっててそんな余裕はなさそう)。だからこれを超えれば、もう同じことはやらなくて済むだろう。そしてアイリの成長速度を考えれば、その間に俺を見ていなくても大丈夫になるはずだ。
多分。
なので、とにかく了承してしまった今日のこれを終わらせるのが最適解である。
「それじゃ既定の動作順にいきま」
『ちょっと待って』
な ん だ よ。
出鼻をくじいてきたのは、ミズホだった。その声になぜか不満の色がある。
『ねぇ酷いと思わない?』
「何が?」
『アタシだけ可愛い操縦席のユージン見れてないのよ? ユージンを一番愛しているこのアタシが!』
何もひどいことはないと思うが?
『ミズホが一番愛しているとは断言できないと思うぞ』
サヤカ、そこはどうでもいい。
『安心して、ミズホ』
『! ……ナナオさん、もしかして』
『ええ──録画してるわ』
「なんでだよ!?」
ああ、突っ込んじまった! でもこれは突っ込むだろ。だってアイリは録画じゃあまり意味がないんだろ?
『もちろん可愛いユージンの成長記録よ』
「子供の成長記録みたいにいわないでください! 消してください、絶対!」
『まってユージン! それは世界にとって重大な損失だわ!』
なんの世界だよ。
『それに……あたしだけユージンの姿見れないの寂しいよ。ね、アタシのために残させて、お願い』
急に猫撫で声になるな!
くっそ……。あーもう、今更か。リアルタイムで見られてるってのがアレなだけで、もうなんというかミズホやサヤカあたりには何もかもが今更だし。
……後で「代わりに別の映像ちょーだい!」とか言われるよりは、まぁ。冷静に考えればシチュエーションがいやなだけで、映像としては別に恥ずかしいものでもないはずだし。
「……よそに流出させるなよ」
『! ユージン愛してる』
『(ちょっろ)』
ナナオさん、小声でつぶやいたつもりだろうけど思いっきり拾われてますよ。
後で説教だな。オーナーだけど。
( ゜д゜) レビューだと……
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( ゜д゜ )
_(_つ/ ̄ ̄ ̄/_
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リアルでこんな反応をしてしまいました。
まさかレビュー頂けるとは思ってもいなかったので。ありがとうございます!




