ミズホとのんびりタイム
日曜日は試合がなかったし、少女の件もあったのであまり自由に動き回ることも出来ず、せっかくだからとチームメイト皆とだらだらと過ごした。俺達はいろいろ忙しいわりには試合の時以外も一緒にいることは多いが、丸一日一緒というのはわりと珍しい気がする。特に4人揃っては。
ちょこちょこしがみついてくる少女をあやしつつではあったし、特殊な状況下ではあったが、ここ最近では一番のんびり過ごした一日だったかもしれない。
そして更に一晩明けてもう、月曜日。仕事もあるので、俺はいつも通り日本へと帰り──なんてことはなく、まだアキツにいた。
いやセラス局長や職員の方々は日本側の生活もあるだろうし、帰ってくれて大丈夫だっていってくれたんだけどさぁ……
幼女に涙目で見つめられてさぁ。がっつりしがみつかれてそれを切り捨てて向こうに帰れるほど俺メンタル強くないよ。
ずっとだったらまぁどこかでスパっときって行かなくちゃいけないんだろうけど、セラス局長曰く今彼女の精神面は凄まじい速度で成長しているらしく、あと数日もすれば離れても大丈夫なくらいの状態にはなるだろうとの事。
実際の所、当初ほどべったりじゃなくても大丈夫にはなって来てるし、ある程度こちらの言葉も理解し始めているらしい。
とんでもない成長速度だが、恐らくは元からそういう種族ではないかとのことだった。
まぁ地球だって動物とかは産まれた直後から立ったりするわけだし、ましてや世界が異なればいろんな種族がいるよな。
で、だ。
数日レベルの話であれば、仕方なかろうと俺の中で結論が出た。刷り込みとはいえ自分を親的に慕う相手だ。期間限定であれば……付き合ってあげようと。放置しようという気にはならなかった。
──母性本能ではないぞ。俺にそんなものはない。単純に人として当然の判断だ。うん。
まーた数日の突発休暇である。元々優等生な社員ではなかったけど、最近では完全に不良社員扱いになりつつあるやろなぁ……有給はまだ残ってはいるけどさ。
全体のスケジュールに遅延を与えるようなことはまずしてないのでクビになったりはしないだろうけど……復帰したら暫くは残業三昧だろうなぁ……
「あとなんで俺は今しがみつかれてるんだろうなぁ」
背中には柔らかい感触。気持ちいいけどとても慣れた感触でもある。両側の脇の下からは前に向けて腕が伸び、その両手は俺を抱え込むようにして腹の所で組まれている。
単刀直入に言うと抱きかかえられている。
勿論、少女ではない、何せしがみついているのは俺より体がでかい女だ。
というかミズホだ。
「あの子よりお前の方が嬉しそうなのはなんなんだろうな……」
嘆息しながらつぶやくと、背後のミズホが俺の頭に頬を摺り寄せながら答える。
「だって、こんなにずっと一緒にいられるのって滅多にないじゃない?」
「そりゃそうだが……」
俺のアキツへの滞在期間は基本土曜日と日曜日の一泊二日だ。GWや年末とかはもうちょい長く滞在するがGWは仕事が入ったり他にも用事があったりトレーニングしたりで、ミズホやサヤカとずっと一緒ということはない。それ以外にもなんどかやむにやまれぬ事情でこっちにしばらくいた時もあったが、その時はやはりずっと一緒にいたわけじゃないしな。
それに対し今回は論理解析局の施設近辺からあまり離れられないのもあって、ずっと一緒である。
いや、離れられないのは俺だけなんでミズホは離れても問題ないんだが……実際昨日一度着替えやら何やら取りに一度家に戻ってるけど、それ以外はほぼ一緒だ。
さっきなんか前から少女にしがみつかれ、後ろからコイツにしがみつかれてた。頭の中が「ナニコレ?」で一杯だった。
「なぁミズホ」
「ん?」
「お前仕事はどうしたんだよ?」
「基本最近は月曜日は仕事入れてないわよ?」
あー、まぁそりゃそうか。精霊使いは試合明けの月曜日は休みにしてる場合が多いしな。それに俺が広告やらCMの仕事を引き受けるようになってからは、俺とセットの仕事が多くなった分シーズン中のソロの仕事は減らしてたハズだし。
「んじゃ明日も仕事休みか」
「入ってたけどずらして貰った」
おい。
「何よそ様に迷惑かけてるの、お前?」
「いや、元々知人関係で空いてる時でいいよ的な話の仕事でさ。試しにずらせないって相談してみたら、あっさりといーよーって返事が返ってきたから。ユージンとの時間は出来るだけ多くとりたいじゃない」
「いや、仕事はちゃんとしろよ。サヤカはちゃんとその為に帰って行ったんだし」
今俺達がいるのは、論理解析局のすぐ隣にあるホテルの一室だ。結果として数日間滞在になるとわかったので、昨日の夜から局の方で借り上げてくれた。すげぇいい部屋である。
部屋の中には今は俺とミズホの二人のみ。サヤカとレオの姿はない。
二人とも、昨日の晩は泊まっていったんだが、今日の朝方それぞれ帰っていった。レオは例の彼女と外せない約束があるという事で露骨に後ろ髪をひかれていそうな顔をして。「監視カメラとかこの部屋無いっすかね。あったら映像提供して欲しいっすけど」とかキチガイじみた事をつぶやいていたが、あってたまるか。俺等別に拘束されたり監禁されてるわけじゃねぇんだぞ。
んでサヤカの方に関しては、依頼品の納期が迫っているのでどうしても戻って作業しないと不味いとのこと。「まぁ私は日本側で一緒にいる時もあるしな。今回はミズホに譲るさ」とかいっていたが、譲るってなんだよ俺はモノじゃねぇんだぞ。
「んー、ふにふにー」
ふにふにしてるのは俺の背中に当たっているものだ。
……口に出すと完全にセクハラ発言だけど、口に出したら猶更押し付けられるんだろうなぁ。
「……あの子戻ってきたら離せよ?」
「はぁい。ま、あんな小さい子と張り合ったりはしないわ」
「じゃあさっきのサンドイッチはなんだったんだよ」
「やってみたかっただけだけど?」
「……」
「ところでさ。この後どうすんの?」
「? 何の事だ?」
いきなり話が飛んだな。この後、か。考えるまでもないよな。
「どうするも何も、ここから動くわけにはいかないだろ。戻ってきて俺いなかったらガン泣きされるだろうし」
「そうじゃなくて」
「?」
「この後、あの子がずっと一緒に居たいって言いだしたらどうするの」
……ああ。
「それは……無理だろ」
俺がこうして付き合っているのはあくまで期間限定だからだ。ずっと一緒はどうあがいても無理がある。あんな小さい子の面倒を俺が見れるとは思えないし、そもそも彼女が人型とはいえ人とは異なる部位がある。日本側に連れて行くわけにもいかないだろう。
「さすがにそこは局長に説得してもらうしかないな」
たまたま最初に目があっただけで、そこまでの責任は取れない。
「そっか。こっちに移住して引き取るつもりだったんなら、一緒に二人で育てよっかと思ったんだけど。ああ、サヤカも一緒にしたがるだろうから三人でかな?」
「まだそうする気はねぇよ」
「まだ、なんだ」
その言葉と抱きしめられる腕に入る力が強くなったことで、自分の言葉がどう取られたのか理解した。
即座に否定しようとして……だが、否定の仕方がすぐには浮かんでこなかった。だから俺はごまかすように、別の言葉を口に出す。
「そもそも、お前とあんな可愛らしい女の子一緒に暮らさせたらヤバいんじゃないのか?」
「そこは大丈夫よ、あの年齢は守備範囲外だから。アタシが好きなのは、少しずつ大人になり始めたくらいの……具体的にいうとユージンくらいの子だから」
あ、はい。その辺の具体的な情報は別に聞きたくなかったです。




