世界の行く末
「んー……」
少女がむずがるような声をあげながら寝がえりをうつ。その拍子に寝間着の裾を掴んでいた手が離れた。
その様子を横目で見てから一つ息を吐き、他の連中の方へ向き直る。
「で、だ。なんでお前等も泊まってんの?」
俺から長時間離れると泣き出す、そしてまだ外部に連れて行く事は許可できないということで俺は論理解析局に泊まる事を要請されたが、それは俺だけだ。エルネスト全員が残ってくれ何て事は一言も言われていない。
なのに三人とも当然のようにここにいるわけで。
「いや、何当たり前の事聞いてるの? せっかくの週末なのにユージンと別の所に泊まるわけないでしょ?」
「だなぁ。どうしようもないならともかく、職員さんも問題ないといってくれたわけだし」
何当然の事を聞いてるんだ? という顔でそう答えてくる二人を見て、レオが笑う。
「愛されてるっスねぇ」
「……うっせ」
揶揄うように言われるが、ミズホは公言しているしサヤカもこれでもかというくらい行動で示してくるので否定ができない。いい加減慣れてきてるから過剰反応することはないが、この体になって以降赤面しやすくなっているので、少し顔が赤くなっているかもしれない。ミズホとサヤカがニヨニヨした顔で見てるし……
「……レオは何で泊まったんだよ」
話を逸らす意味でレオにそう振ると彼はまた笑い、
「いや俺だけハブは寂しいじゃないっスか。普段はともかく、こういう外泊の時は仲間に入れて欲しいっス」
「あ、うん」
そう言われるとちょっと否定しづらくなる。
ウチのチーム構成、女3人に男1人だからどうしてもレオが外れる場合が多いんだよな。撮影とかもレオ以外だったりレオだけ別だったりすることがあるし、何より生活空間であるミズホの部屋でたまにならともかくいつも泊まるわけにもいかない。というかそうしてしまうとお互いあまり気が休まらないだろう。
てな事を考えると、こういった機会の時は行動を共にしたいと言われると頷くしかない。──仲良しだな、俺等。
「そもそも皆さんが一緒にいる場所にいれるチャンスなのに、俺が席を外すわけないじゃないっスか」
はい。
いや、彼女いるんだからそっちに──公認だったなそういえば。
「ま、仕方ないか」
「とかいいつつ、一人にならなくてちょっと安心してたりするでしょ」
「うっ」
ミズホにそう言われて言葉に詰まる。
うん、正直一人にならなくて少し安心したのは否定できない。妹とかいなかったし、親戚づきあいも殆どしていなかったので、こんな小さい子と二人っきりで過ごすって事は過去に経験ないから。風呂とかの短時間ならともかく、一晩ずっと一緒だと考えると、気心知れた連中が一緒にいてくれるのは助かるっちゃ助かるのだ。
だからそういう話の流れになった時に特に介入せずに、今更こんな突っ込みを入れた部分もある訳で。
……いいだろ、別に。心配性なんだよ俺は。
「素直にお姉さん達に甘えていいんだぞ、ユージン」
「俺が最・年・長!」
俺を年下扱いしようとするサヤカに思わず声を強めて突っ込んだところ、ミズホが口に指を立てたのを見て慌てて俺は自分の口を押えた。
いかんいかん、こいつらと話しているとつい大きな声で突っ込みしがちだが、今はすぐ側で小さな子供が眠っているんだ、声を抑えないと。
ちらりと確認したが、幸い少女は目を覚ます気配はなかった。幸せそうな顔で寝息を立てている。
「……突っ込みを入れたくなるような発言は控えてくれると助かる」
「うん、わかった」
素直。
「ま。今日は寝れる内に早く寝ちゃいましょう。この子が夜中に目を覚ますかもしれないし」
「そうっスね」
「それを考えると、明日の試合が中止になって良かったな」
「さすがに寝不足で試合突入は避けたいからな……」
それぞれが自らに割り当てられたベッドへ身を沈めつつ、そんな事を話し合う。
今日は土曜日だ。シーズンはまだ終わっておらず、明日は最終戦の予定だった。
──そう、だっただ。過去形である。明日の試合は中止……正確には最終節だった明日の試合は翌週へ延期となった。
理由は、複数のチームの消耗が激しいだめだ。
「まさに異常事態だよねぇ……」
ミズホの言葉に俺含めた皆が頷く。
今回、出動要請が掛かった場所は七カ所だった。この時点で過去に類を見ない異常事態。更にはその総てで異常が観測された。具体的に言うと、五カ所で我々と同様に異世界の怪物との戦闘。残り二か所でも彷徨い人が保護された。
ありえないレベルの状況だろう。過去に大量の異界人や怪物が出現した例自体はある。それこそグラナーダのように人だけではなく場所そのものが転移してきたケースだ。ただそれは広域ではあるものの一カ所の話であり、今回のように複数の場所で同時発生したなんて過去に例がない。
「最近論理解析局はわりとピリピリと警戒態勢になってたけど、今回の件と関係してるっスかね?」
「悪意を持った存在ってやつか」
「間違いなくしてるでしょうねぇ……」
「してないと考える方が難しいだろう」
たまたま論理解析局が過去にない警戒態勢に入っている中で、こんな異常事態が起きたんだ。人為的なものを想定しない精霊使いはいないだろう。ま、想定した所で何もできないんだが。調査は論理解析局が行うだろうし、俺達は要請が来たら協力するだけだ。今回のように。
そういう意味では、今回もその辺を想定した要請だったんだろう。ここまでの事態を想定していたかはわからないが。
出現した五体とはすべて戦闘となったらしい。その結果、懸念した通り他のチームは大きく消耗を強いられることになった。界滅武装がなければまぁそうなるよな……尤も論理解析局が出撃要請をBランク以上に絞っていなければ、そもそも消耗だけで済んだかも怪しいところだが。
その後の判断も含めて、ある程度は予測していたんだろうな。
通常は、防衛戦闘で消耗したチームがあったとしても試合の延期なんて行われない。深淵の件はあくまで例外で、あの時は有力チームが消耗どころか機体破壊されてしまったため特例で延期となった。特に試合前日などの直前のトラブルは加味されない。実際にうちは俺が女の子になった時も誘拐された時も試合自体は俺抜きで決行されている。
なのに今回は延期の判断が行われた。うちだけじゃなく複数チームというのもあるかもしれないが、聞いた話だと早々に延期の発表が各チーム及びメディアに対して行われたらしい。タイミングを考えると、事前にこうなることを想定していたのは明白だ。
「一体何が起きてるんスかねぇ……」
「目的がわからんよな」
今回の事態を誰かが意図的に起こしているとして、目的は想像がつかない。異世界からの侵攻? だとすれば戦力が中途半端だ。
この辺り論理解析局は掴んでいるのだろうか?
「ま、そういう事は論理解析局に任せて置きましょ。確証が取れたら発表するでしょ」
「だな」
ミズホの言葉にサヤカが頷く。実際の所これだけの出来事だ、何かしらの公式発表が行われるだろうし、場合によっては精霊使いに伝達があるだろう。こっちはそれを待つだけだ。調べる手立てがないし、調べる立場でもないしな。
ただ、もし今回の一件の黒幕が以前俺を誘拐したのと同一人物なら──そう思った瞬間、ブルっと体に震えが来た。
「ユージン」
「……ん?」
「しばらくは出来るだけ一緒に居ましょうね」
俺の震え、そしてその理由に気づいたんだろう。ミズホが慈しむような顔を俺に向けてそう言った。サヤカとレオもその言葉に合わせて頷く。
……本当に。察しのいい連中で助かるやら困るやらだよ──




