卵の中から生まれた者は
咄嗟にレオに目を背けさせたのは、卵の中から現れた姿が少女に見えたから。それも全裸の。
女性と判断したのは、単純に髪が長かったからだ。俺のような黒髪が、背中の途中あたりまで伸びていた。
卵の中から現れたのだからサヤカの時のような地球人ではないのは確定しているけど、その姿は地球人やアキツ人と変わらないようにに見える。
……いや、背中に何か生えてるな。あれは羽だろうか? 体に対してサイズが小さいから飛べるようには見えないが……
本当に女の子なのかはわからない。体のサイズは見た感じ人間にしたら5歳前後──100cmをちょっと超えた程度くらいしかない。当然胸もぺったんこなのでそこでは判別ができないが、
『女の子ね。アタシ達と同じ体のつくりなら、だけど』
なんてことを考えていたら、通信機から断定する声が流れた。ミズホだ。
「なんでわかるんだ?」
『ズームして股間確認したら生えてなかったもの』
ダイレクト! 何してんのお前。
うん、まぁでもそういうことなら一応女の子として扱っておこう。
それはともかくとして、だ。
「どうすりゃいいんだ、これ……?」
女の子らしき存在は、まだ意識がはっきりしていないのか視点も定まらずぼーっとしている。とりあえずこっちに攻撃してくる気配が今の所みえないのは助かるが……。
『どうするといってもな。見た感じ言葉が通じるとも思えないし、論理解析局の到着を待つしかないだろう』
「……全裸の少女を放置してこのまま囲んで待つのか? 精霊機装4体で?」
『酷い絵面ね。ゴシップ誌あたりに見つかったら記事にされそうだわ』
「メンバー構成的に非難がレオに集中しそうだな」
『俺はちゃんとユージンさんの指示に従って、即目を背けてるっスからね。ちゃんと証言してくださいっスよ』
「うん、ちゃんと裁判の時は証言するから……」
『裁判!?』
レオと軽口の応酬をしていると、くすくすという笑い声が通信機から流れた。ミズホだ。
『そういうユージンは、もう女の子の裸を見ても何にも反応しないのね?』
……レオと俺のやり取りを聞いて笑っているのかと思ったら、少女に対する俺の反応で笑っていたらしい。
「例の風呂場の一件以降そういった事に関する忌避感は薄らいでるからな。あと流石にあのくらいの女の子相手にどうとも思わん」
自分で経験したことないけど、それこそ銭湯とかで男親と一緒に入っててもおかしくない年齢だろうアレ。実際にそういう親がいるから知らんけど。
俺はもう一度少女の方に視線を向ける。
すると少女はようやく意識がはっきりしたのか、はっと顔を上げるとそれからきょろきょろ周囲を見回し始めた。俺達の機体や、倒れ伏したドラゴン擬きの死体を。そして、自分より遥かな巨躯の存在しかいないことを知ったその少女は、大きく顔を歪め……
泣きだした。
「……っ!」
『絵面の酷さが悪化したな……。論理解析局はまだなのか?』
『さすがにまだもう少しかかるわ』
サヤカの問いにナナオさんが答える。そりゃそうだろう、いくら準備を済ませていたとはいえ、まださっきから大した時間は立っていない。
『機体で抱えて連れていく……ってのは難しいっスよね』
『さすがにね……いきなりこんな巨大な機械に掴まれそうになったらどう反応するか分からないもの』
以前の深淵戦でやったように、全開駆動の状態だったら繊細な力加減は可能だ。だがあの少女の身体構成がわからない以上、下手に手をだせない。それでなくてもあの幼さなのだ、もしアキツや地球人よりも脆い体の造りをしていた場合、大変な事になりかねない。それにミズホの言った通り、暴れられて落ちそうになったりした時に上手く加減を調整できるか……などといえば自信がない。なにせ精霊機装の手で直接人に触れるような事は普通はないのだ。
くそっ、言葉が通じないっていうのは本当に厄介だな。これまでだとサヤカは普通に日本語喋れたし、グラナーダの時はなんでもできそうなセラス局長が同行していたからなー!
俺達が対応に頭を悩めている間にも、少女は泣いていた。そんな状態が2分ほど続いた後、ふと少女の体がぐらりと揺れた。
「あっ……」
思わず声を漏らす間に、少女の体がゆっくりと倒れていく。
それを見た瞬間、俺の中で何かがプチっと切れた。
「……ナナオさん」
『何?』
「危険な数値は出てないんですよね?」
俺が聞いたのは、この少女や周囲にアキツという世界やその住人に害のあるようなものが拡散していないかの確認だ。精霊機装の機体にはそれを観測するための装置がついており、その数値はナナオさん達のいる指揮車でモニタリングされている。──危険度が高いと判断された場合、早急な対応が必要となるためだ。
俺の問いにほんのちょっとのタイムラグの後、返事が返る。
『数値的には変動なし、ほぼ平常状態とみて問題ないけど』
『ちょっとユージン!?』
俺の質問の意図を気づいたのだろう、ミズホが焦った声を上げてくる。だがおれはその声を無視して機体の腰を降ろさせた。そして頭の中でタマモに対してハッチを開く事を指示する。
ゆっくりと目の前のハッチが開いていくのを目にして、俺は体を固定しているベルトを外した。
『ユージン、止めなさい!』
静止する声。俺はその言葉を流す通信機に向けて、言葉を返す。
「フォロー頼む」
『ちょっと!』
俺は操縦室の外へと飛び出した。ちょうど飛び降りる為の足場になるように配置しておいた両方の手のひらを利用して俺は荒野に降りたつと、少女の方へ向けて駆けよる。
その途中、赤茶けた土が盛り上がるのが目に入った。レオがいざというときに俺のフォローをするために、再び【祝福の運び手】を発動したのだろう。その事に感謝しつつ、俺は少女の元へたどり着いた。
地面に倒れ伏した少女に、そっと手を伸ばす。そしていざ触れるであろう……と行ったところで俺は躊躇した。先程言った通り少女の体が想像以上に繊細だった場合どうすればいいのかと思ったのだ。
一瞬だけ思考して、俺は体にそっと触れる。少女はピクリと反応した。
触れたところに異常が出ている気配はない。それを確認すると俺は着ていたジャケットを脱いで彼女をくるむようにし、それからそっと傷つけないように細心の注意を払って抱き上げる。
薄っすらと開いた瞼の向こうにある瞳と目が合った。気絶していると思っていたが、無事だったらしい。少女はぼうっとした様子で俺を暫く見つめ、そして──
急に眼を見開くと、次の瞬間には俺へ向かって飛びついてきた。
それが唐突過ぎて、俺は全く反応できなかった。同時に名前を呼ぶ声。ミズホとサヤカだろう。
少女は、その短い腕をめい一杯のばして俺の胸元に組みつくと、その胸に顔を埋め
「……えっと?」
腕は必死にしがみつくような感じはあるが、こちらに危害を加えようとするような気配はない。反応に困った俺はとりあえず抱き寄せるように少女の背中に手を回すと、少女はぐりぐりと頭を胸に擦りつけてきた。
これは……
どうすればいいのかと困ってしまい、思わずミズホ達の機体の方を振り返ってしまった俺に対して、遠くからサヤカの声が届いた。
「刷り込み?」




