卵
「……卵だよな?」
『卵みたいね』
『卵みたいっスね』
『卵にしかみえんな』
偶にびくっとする程度になったドラゴン擬きに対しての警戒を緩めずに移動した俺達は、レオの【祝福の運び手】土の下から出てきたものを見て一斉にそう呟いた。
そう、卵だ。
先程戦闘中に見かけた時には確信ができなかったが、可能性を考えてレオに保護を指示した。結果として恐らくは正解だったと、思うのだが。
「なあ」
『何かしら?』
「これって……保護対象だよな?」
こちらに対して攻撃的ではなく、意志の疎通がとれそうな相手なら保護対象。
攻撃は……もちろんしてこない。意志の疎通は無理だな、今は。
『とりあえず、今の所はその考えでいいんじゃないかしら。少なくともさっきのアレと違って害意は無いわけだし』
『っすねぇ』
「ただ……これ、どうすればいいんだ?」
『いつもと同じよ』
俺の言葉に答えたのはミズホだった。
『アタシ達はこのまま待機。移動するなら後を追跡する必要があったけど、その必要もないしね。交渉可能な論理解析局の職員待ちになると思うわ』
『交渉できるのか、これ?』
『会話できないっスよね、これ』
だよね。
『まぁ今回の場合は……交渉というか、分析になるでしょうね』
「そうなるかな……論理解析局への連絡は?」
『諸々連絡済みよ、安心して』
通信機から離れた所でこちらをモニタリングしていたナナオさんの声が響く。続けて彼女が教えてくれた論理解析局の到達予測時刻は思ったよりも早かった。今回の複数個所同時発生はその時点で明らかに異常事態だったので、すでに出動準備済みだったらしい。
『長々と待つ必要がなさそうなのは助かるわね』
「それじゃそれまで待ちか」
ミズホの言葉に同意を返しつつ、ドラゴン擬きの方へ視線を向ければもうピクリとも動かなくなっていた。
俺はその巨体に向けて手を合わせると、ご冥福をお祈りした。自分でやっといてなんだけど。
さっきの会話の通り先に仕掛けてきたのは向こうなので正当防衛だが、コイツだって好きでここに現れたわけじゃないだろうしな。せめて安らかに眠ってくれ。
──それはともかくとして。
「しかし、これどーすんだろうな」
鏡獣であれば倒せば消失するから問題なかったが、生物であるであろうドラゴン擬きは当然ながら消えてくれなかった。このまま放置していいもんなんかな、これ。
『多分いろいろ分析した後火葬にでもするんじゃないかしら。ここでやるのか持ち帰るのかはわからないけど』
『持ち帰るのは無理じゃないか? このサイズだと』
『っスね』
全高はともかくとしても全長は精霊機装ですら比べ物にならないでかさだからな。当然トランスポータクラスの車両でも無理だし、正直運べる車輛があるとは思えない。解体でもしないと無理だろう。そこまでするくらいならここでやりそうだな。
『何にしろ、我々が考える事ではないだろう』
そだね。
「ドラゴン擬きはもう問題なさそうだし、後はこの卵を護って終了か。イレギュラーは起きたけど、状況次第はあっさり済んだのは幸いだったな」
『そうね、あのドラゴン君には悪いけど過去の戦闘で一番楽だった気がするし……』
『ユージンさんがいなかったら大惨事だったっスけどね』
『こちらの通常攻撃殆ど通らなかったからな……』
確かに界滅武装がなかったら、このサイズを削り切るのはかなり困難だったろう。正直増援待ちで一時撤退する必要があったかもしれない。そう考えるとここの担当が俺達で良かった。
後は他の発生予測地点での対応が無事に終わる事を祈るのみだ。他の発生予測地点は別の都市近郊だからどうあがいても支援には行けんし。
俺達の役目はこれで終了だ。後はこの卵を論理解析局に引き渡して終わり。俺とレオは全開駆動と魔術を行使したがこの程度ならそこまで明日の試合にも影響しないだろう。
「んーっ……!」
体を固定しているベルトを外し、伸びをする。前の体に比べても疲れにくい今の体だが、きっちりとした姿勢で固定された状態でしばらくいれば当然疲れる。今日は時間そんな経過してないからマシな方だけど。
『あら、気を抜くの早くないかしら?』
「いやいいだろ。ドラゴン擬きはもう反応がない。追加で論理崩壊が起きる可能性も……ないですよね? ナナオさん」
『ないわね、数値的にはもう安定しているわ』
「ほら」
『……どや顔して答えてそうね。可愛いわ』
してねぇよ。
「とにかくだ。後はこの卵が孵化でもしない限り、何事も……」
そこまで言いかけた時だった。
ピシリ。
やたらと大きい音と共に、卵にヒビが入った。
『ちょっ……ユージンさん! 何でそうやってすぐフラグ立てて消化するんスか!? 特級フラグ建築士なんスか!?』
「俺のせいかよ!?」
確かにこれでもかってジャストタイミングでヒビが入ったけども!
『後退っ!』
通信機からミズホの声が響く。男二人(一人は元だが)が目の前の事象に動揺する中発せられた冷静な指示に、俺とレオはなんとか反応して機体を後方へと飛び退らせる。
その振動が後押ししたか、更に卵に亀裂が入る。
ぴしり。ぴしり。
そこからは止まらなかった。ヒビは立て続けに増えて行き、ついにはボロボロと欠片が崩れ落ちていく。
そして。
ビシっ!
ひときわ大きな音が響いたかと思うと、ボロボロになっていた卵の殻が崩壊するように一気に崩れ落ちた。
「割れた……」
卵が割れた。それが意味すること。
中から何かが孵るということだ。
ごくりと唾をのみ目を凝らすと、最早完全に形を留めず崩れ落ちた卵の殻の中心部分に一つの姿があった。
色は白。いや……白い事は白いが肌色だ。サイズは多分今の俺より小さくて、頭部は俺と同じような髪が生えていて──
「──っ!」
それが何かに気づいた時、俺は通信機に向けて叫んだ。
「レオォ! 目ぇ逸らせ!」
『っス!』
ほんとお前素直な反応してくれて助かるよ。




