年末イベント会場
「ユージン、デートしましょ?」
ステージイベントの最後の出番が終わった後の事。スタッフの手を借りて純白のドレスを脱ぎ捨てた後(割と着脱が面倒だし、一人ですると床にゾロびいて汚しそうだったので……)、割り当てられた控室で休憩していたらミズホがそんな事を言い出した。
「今からか?」
デートという言葉は別にわざわざ否定しない。普段から割と普通に出かける時でもミズホはそういう言い方をしてくるので。
「こっから抜けてどこに繰り出すにしても、もう時間が遅くないか? それにサヤカ達置いていくのか?」
時間はとっくに昼過ぎを回って14時近くだ。しかも今いる会場は街の中心部よりはそこそこ離れた場所に在るし、ここの会場の側で歩いて行けるような距離に観光になるようなポイントもないので出かけるなら車で移動しなければいけない。だが今日ここまではチームの車で来ているので、二人だけで勝手に動かすわけにはいかないわけで。
因みにサヤカとレオは今この場にいない。二人とも着替えるとすぐに会場へと繰り出していった。
サヤカはガレージキットの会場へ。興味があるそうだ。
レオは同人即売会会場へと向って行った。どうやら彼女からそっち方面の作品の購入を依頼されているらしい。今からいっても有名どころはもうないのでは? と思ったが、そういう有名どころは大抵後から通販で購入できるから問題ないそうだ。なるほどね。
そんな事を思い出しつついった俺の言葉に、ミズホはくすりと笑いつつ小さく首を振る。
「違うわよ。私達も少し会場を見て回らないかって」
「会場を?」
「うん、せっかくだからね。ユージンも全く興味がないわけじゃないでしょ?」
「まぁ、そうだな」
俺は向こうでもこういったイベント会場に行った事はない。
正直わざわざ足を伸ばして迄参加したいとは別に思わないが、その会場にいるのに一切見て回らないという程興味がないわけでもなかった。ただ、
「……ばれて騒ぎにならねぇ?」
俺達はついさっきまで、会場の一角で思いっきり人目にさらされていたわけだが。そして自意識過剰でもなんでもなく、そんな俺達が会場を歩いてたら騒ぎになると思うんだけど。
だがその言葉にミズホは首を振る。
「ちょっとした変装すれば大丈夫よ。ほら、サヤカ達が出て行ったのに特に騒ぎになったって話来ないでしょ?」
「確かに……」
ふむ。
「ミズホ」
「うん?」
「ばれないようにしてもらっていいか?」
「任せて!」
俺の言葉に、ミズホが満面の笑みで頷く。
まぁ、せっかくだからな。
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「成程、確かに全然ばれねーな……」
「でしょー」
多分ピーク時に比べれば人が減ったと思われる会場内。それでもやはりかなりの人で溢れかえっていく中を俺達はのんびりと歩く。
すれ違う人々は俺達に目を止めない。──いや、たまに視線で追ってくる連中もいるが、これは俺達が精霊使いと気づいたわけではなく、単純に冬の厚着の上からでもわかるミズホのスタイルの良さに魅かれただけだろう。このスケベ野郎どもめ。
しかし、本当に気づかれない。そこまでがっつりとした変装ではなくパパっと手早くミズホがしてくれたものなんだが。
今回、俺の方は特にメイクはいじっていないし、服も単なる私服だ。街に出る時によく使っている帽子と眼鏡は着けてるけど、正体を明確に隠してくれているのはそれ以外に用意した二つだろう。
一つはウィッグだ。これは経験談だが、髪色を変えるだけでばれる確率は確実に減る。日本だと黒髪を変えると逆に目立って注目を引いてしまい結果ばれる──なんてこともありそうだが、こっちでは黒髪より他の髪色の方が多い。金髪とかにしてしまった方が逆に目立たないのだ。なので今の俺は金髪である。
そして、もう一つ。マスク! これはでかい。顔半分を隠せるので、一気にばれにくくなる。しかも時期柄と人の多さからか他にもマスク付けている人間は結構いるので、目立つ事もない。
さすがに声だけで気づく奴はいないだろうし、そもそも喧騒につつまれたこの会場ではすぐ横を歩くミズホとの話し声を耳にするのはかなり近くにいないと無理だろう。
ちなみにそのミズホも似たような変装だ。俺と同じように金髪のウィッグを被り、口元にも同様にマスク。後は目元のメイクをいじって印象を変えていた。俺同様、早々ばれることはないハズだ。
「それに、ここには普通に人目を引く人が多いからねー。大抵の人は意識はそっちに向くから」
「だなー」
ミズホの言葉に俺は頷く。
そこら中に目立つ衣装──コスプレイヤーさんが歩いているので、大抵の人間の視線はそっちに集中だ。今もちょっと露出が合って派手な色合いのレイヤーさんが視線を集めている。アニメか何かのキャラだろうか? あんだけ派手な恰好だとみてれば覚えているだろうから、一度も見たことがない作品だろう。
「ユージンもさっきまでの格好で歩いてたら、もう会場中に視線釘付けだったわよねー」
「やめろ。死ぬ」
そりゃあんな恰好で歩き回ってたら注目の的だろうよ。あの衣装金の掛かってる奴でクオリティもくっそ高いから衣装だけでも視線ひくし、そもそも会場でイベントやってた人間がそのまま歩いてたら洒落にならん事態になる。あと背中への視線でゾワゾワしてまともに身動きとれねーんじゃねーかな。
「でも本当にあれだな、下手に普段の街より気づかれづらいかもしれん」
「そういう事よ」
人多いからあまり何度も来たいとは別に思わないけど。
「なんか買ったりする?」
「んー。こっちの作品あんまり知らないからなー」
日本側であれば知ってる作品はいくつもあるので、二次創作があった場合それを読んでみたいという気持ちはそれなりにあると思う。だけどアキツではそういう物みてる時間があったら基本的に精霊機装関連の事してたからな。CMで流れるやつとか目にした事があるやつはあっても、そういった作品を求めるほど内容を理解しているものがないので、全くそういう気持ちにならない。イベント会場がどんなものなのかーと興味はあったが、そこで販売されるものにはあまり興味が湧かなかった。
「自分の出演しているゲームの奴とかは?」
「それも……ちょっと……微妙」
さすがに仕事絡みだからある程度内容は覚えているけど、仕事絡みだから愛着がある訳じゃないし。後事故って自分の演じているキャラの18禁本とか目にしちゃったらすごい微妙な気分になりそうだ。
「となると、ユージンが興味ありそうなのは一個しかないかぁ」
「一個? 俺が興味を示しそうなのが何かあるのか?」
「精霊機装関連よ」
「ん……ああ。そんなジャンルあるの?」
「あるらしいわよー」
「ええ……どんな内容?」
「いろいろあるらしいわ。ガチの精霊機装のチーム戦力考察本もあれば、オリジナルや二次創作の精霊使いのマンガや小説もあるらしいわよー」
「それはちょっと興味あるな」
精霊使いは日本人の感覚で言えばサッカーや野球みたいなものなので、当然それを題材にした漫画やアニメも存在している。実はちゃんと見たことはないが、どんな感じに書かれているのだろうかという興味はある。
「ふふ。そう思って今そのジャンル関係の集まってる場所に向ってまーす。もうすぐ着くわよ?」
「でもそれこそそういう場所にいったら気づかれないか?」
「知り合いの子も変装していったら気づかれなかったらしいし、大丈夫だと思うわ」
本当かなぁと思いつつも、確かに今の俺の見た目で気づかれることはないかと判断する。向こうもまさか精霊使い当人が来ているとは思わないだろうし。
「ちなみに精霊使い個人を書いた本もあるらしいわよ~」
「──帰る!」
間違って自分のエロ本目にしたら最悪だし、知り合いの本でも最悪だろそれ!
だが身を翻そうとしたら、ミズホに肩を掴まれた。
彼女は苦笑して、
「大丈夫よ、リーグ戦事務局が禁止しているから心配してるようなのは無いわ」
「……本当だろうな」
「本当よ。もしそういったのがあるなら流石にアタシも近寄ろうとは思わないもの」
そりゃそうか。
ミズホの言葉に納得して、翻そうとした体を元に戻したその時だった。
「あっ!」
驚きを含んだ短い声が、すぐ側から上がったのは。




