未来への希望がない
会社員なんてものをやっていると、年に一回受けなきゃいけないものがある。
──健康診断だ。
採血、レントゲン、etc……人間ドッグじゃないからそこまでがっつりした検査ではないが、いくつかは受けなきゃいけない。うちの会社の場合は、ドッグ受診者を除いて11月に会社指定の場所で受けることになっている。
尤も俺の場合はアキツで定期的に検査を受けているから、健康的な意味で引っかかる事はまずない。なので実質は身体測定+αみたいな感じだ。身長体重、視力に聴力あたりだな。
というわけで、計測してきたわけなんだが……。
「おや。うちのお嬢様はご機嫌斜めか?」
「とりあえず妙な呼び方はやめようかサヤカ」
立派なトレーニングルームのある第二事務所が出来て以降めっきり使用頻度の減った、裏に精霊機装の整備施設がある第一事務所の二階の精霊使い用の一室。
そこに入ってきて、俺を見てのサヤカの第一声に俺はクレームを入れる。
「というか別にご機嫌斜めじゃない」
「ユージンはすぐ顔に出るからわかるぞ、何かあったのか?」
むぅ……
「いや、本当に大したことじゃないんだが」
機嫌が悪くないのは嘘じゃない。余計な事思い出させられて若干テンションダウンはしてるけど。
「いや、俺が悪いんスよ。余計な事聞いちゃって」
「それにアタシが追撃かけちゃった感じかなー」
「なんの話だ」
「しばらく前に話した奴覚えていない? 健康診断の話ね」
「理解した。──伸びてなかったんだな?」
健康診断というキーワード一つですべてを理解されてしまったという事実に、俺は体から力が抜ける感覚を得ながら頷いた。
健康診断があること自体は、いつもの雑談の中で話していた。なので、今日レオにふと「そういや結果どうだったんスか?」と聞かれたわけだが。
結果ね、結果。
……健康診断で計った身長は、以前図った時より1cmどころか1mmも伸びていなかったが?
今の俺の体は外見は幼いとはいえ、当初の検査ですでに成長済みの大人の方だという診断が出ている。だからここから一気に成長しないのは分かっていたが……ちょっとくらいは伸びててもいいと思わない? 見た目の高さは変わってないし、服の丈も変化なしだからほぼ伸びてないのはわかってたけどさ。0cmって将来的な希望がまるでないじゃないか。
「ユージンは今のサイズが完璧だからそのままでいいのよ?」
「だな」
「このサイズいろいろ不便なんだぞ?」
高い所に手が届かないのは勿論、機体の乗り込みとかの時も不便だし。後電車な。満員電車の時に見知らぬ男の胸の辺りに顔が来るのはちょっと嫌なものがある。見知らぬ女性の胸の辺りに顔が来るのもそれはそれで困るんだが……そもそもぎゅうぎゅうの状態だとどっちだとしてもしんどい。幸いなことに俺の乗ってる電車は事故で止まりでもしない限りはそこまで乗車率がやばい事になる事はないんだけど。
特にこの辺り、俺は一年半ほど前までは今より30cm以上背が高かったので、猶更不便さを感じる。勿論いい加減慣れては来ているが、ふとしたことで不便さを感じることは今でもあるわけだ。
「ほんとさぁ。こっから10cmや20cmとかは流石に諦めてるけど、ちょっとくらい伸びてもいいじゃんか。なんだよ0成長って」
「ユージン、君はそのままでいいんだ」
「物語風なセリフだけど、今の俺にはちっとも嬉しくないセリフだかんな?」
全く。
上には成長しないくせになぁ。俺はため息と共にふと視線を落とした。そこには下への視界を塞ぐ膨らみがある。
「そっちは成長したのか?」
「……」
「というか、そこって健康診断で測るんスか?」
「測らねぇよ」
「え、じゃあ自分で小まめに測ってるんスか?」
「してないが!?」
俺とレオのやり取りに、ミズホが笑いながらフォローを入れる。
「こないだ服買いに行ったときにちょっと測りなおさせたのよ。そしたらきっちり成長してたわ」
「少しだけな……」
熱望する上へは伸びずに、前へ伸びた。何の役にも立たない駄肉が成長しても仕方ないんだが……自分にある分にはデメリットしかないからなんならしぼめと思っているにも関わらず、膨らみやがったわけだ。
「個人的にはあまりそっちも成長して欲しくないんだがな」
「ロリ巨乳って属性はありだとは思うけど、今のユージンが神バランスだからアタシもあんまり成長して欲しくないかな」
「アホ共何言ってんの? 後別に俺だって成長して欲しくねぇよ!」
成長させない方法があるなら教えて欲しい。実践するから。
まぁ成長したとしても、ぱっと見はわからない程度だ。今度更にどんどん成長することはないだろう。ないよな? ないって言えよ。
「あー、でも」
「ん? 何だよレオ?」
「そういう事なら、ユージンさんの体って一応成長っつーか変化はしてるんスね。ぱっと見の外見ってまるで変わらないからもしかしたら完全に固定の可能性を若干疑ってたっす」
「体重は増えてたから、それは無いな」
体重は以前測定値から微増だった。
「でもレオのいう通り、外見上は変わってないわよね。腕とかほっそいままだし」
ミズホのいう通り、俺の腕は自分でもたまに心配になるくらい細いままだ。別に病弱って話じゃなくて、単純に全体のサイズ感に合わせての細さだけど。
「筋肉が増えたということだろう」
「やだ……ユージンのぷにぷに感が減っちゃう……」
「大丈夫だ、抱きしめた感触は全く変わらないだろう」
「……そうね、抱き心地は最高のままだわ」
「……当人を前にしてする会話じゃねぇんだわ。後誤解を招く言い方やめろ」
人の真ん前で人の抱き心地とやらいうアホ共に突っ込みを入れる。──若干顔が赤くなっているのを自覚できたので、顔を背けて言うことになったが。
その様子を見たサヤカがやや呆れを含んだ様子で口を開く。
「──相変わらず、無意識に可愛らしい反応をするなお前は」
「やだもう、そんな誘うような反応見せて。──押し倒していい?」
「いいわけないだ「いいっスよ」レオ!?」
冗談交じり(のハズ)のミズホの言葉に突っ込もうとした俺の言葉に、何故かレオが許可する言葉を被せてきた。
なんでお前が許可するんだと突っかかろうと目の前の美女二人から目を離す。
失策だった。
次の瞬間には柔らかい感触が俺の体に押し付けられ、俺の体はソファへと押し倒された。
「うん、やっぱりぷにぷにだな」
「お肌もぷるっぷるよね、触り心地も最高だわ──女として思う所がないところではないんだけど」
ミズホさん、腕を掴んだ手にちょっと力が入ってますよ? 別に痛いわけではないんだけど。
「ていうか、鬱陶しいから離れろ。それにくすぐったいんだよ!」
割といつもの事で慣れているから別に焦る事もせず、体を振るって二人を振り払う……が、二人は離れない。
それほど力入れて振り払ったわけじゃないしな、正直いつもの事でじゃれあいのレベルなので慣れてしまった。慣れていいのかという言葉もあると思うが、うん、別にこれくらいの接触なら嫌じゃないしね、うん。
「それにしてもユージンは結構食べるのに、本当に細いな。食べたものがどこにいってるのか疑問だ」
「ああ、それは俺もちょっと不思議に思ってるな。食べても太る気配ないんだよなー。運動はしてるけどさ」
おや沈黙。
あれあれミズホさんもサヤカさんもちょっと手に力は入ってますよ?
「……ユージンの事めちゃめちゃ愛してるし大抵の事は許せるけど、その一点だけは憎いわ」
「同意する」
知らんがな。
「でも多分おいしそうにご飯食べてるユージンの姿と、食後のお腹さすってる姿でそれも許せちゃう」
「それも同意しよう」
やかましいわ!
間が長々と空いてしまい申し訳ありません! 体調不良で週の半分近く臥せっておりました(notコロナ)
次の投稿まではここまで間はあかないハズです! 多分!




