盤面の向こう側
少し薄暗い、だがそこら中からモニターの光が漏れる部屋の中。
一人の女性が眉間に皺を寄せて、その中の一つのモニターを凝視していた。
「……やっぱり、間違いないわよね」
女性──論理解析局局長であり、古くよりこの世界の発展に携わってきているセラス家の現当主であるユキノ・セラスは、モニターに映る様々な数字やグラフを見てそう言葉を漏らす。
(明らかにこれまでの一件に意図的に関与している人物がいる……)
論理解析局では、この世界の様々なデータを常時収集している。基本的な目的は論理崩壊の予測のためだが、それ以外にもトラブルを早期発見する事に有用となるデータだ。
最初は小さな違和感だった。
論理解析局自体は設立から半世紀程で、それほど古い組織ではない。だから古いデータもそれなりにしかない。
だがセラス家自体はずっと昔からある家で、ある種論理解析局の前段とも言える事を行っていた。だからこの世界で文明が出来始めてから以降の古いデータもあり、尚且つ彼女はそれに目を通している。
数百年単位の膨大なデータ。それらを知識として持つ彼女だからこそ気づいた微細な違和感。深淵の一件から調査を開始し、スタンピード以降に違和感に気づき、公にしていないデータを使ってまでして、確認した事。
(ここ最近のトラブルの多発、人為的なモノが関与しているのは確定ね)
グラナーダへのユージンの誘拐事件──あれは明確に関与があったのは分かっているが、それ以外にもいくつか関与の形跡があるのを確認した。膨大なデータの上、他の技術者達の助力を求められないものもあったので少ない空き時間の中で検証していたため時間がかかってしまったが……もう間違いない。
グラナーダの漂流。それにあのユージンという青年が少女になった一件。これに関しては偶然というか自然現象というか、何かの関与はない。
だがそれ以外は疑わしい結果が出ている。
スタンピード。発生自体は予測されたものだったが前倒しで発生させられた気配がある。
深淵に関する一連の事件は発生から時間が立ってしまっていて追跡しきれなかったが、あんな存在にこちらが気づけてなかったのはおかしいのだ。
そしてグラナーダの件。かの世界がこっちの世界へやってきた以降に、明らかに何か強力なものをこちら側へ持ち込んだのは間違いない。
そしてそれ以外にもデータをしらみつぶしにしてみれば、自然に発生したものよりは大分小さいものの、転移が発生したと思われる数字がいくつか見つかった。だが、いずれの場合もその近辺で論理崩壊が発生したり、小規模漂流なりは確認されていなかった。
つまり。
(この世界へ意図的に出入りしている存在がいる……)
ありえない話ではない。今だって、地球限定であるが異世界転移は普通に行えているわけだし、他所の世界には世界を渡る能力や技術を持った世界はあるだろう。
少なくともユキノは、一つはそういう世界がある事を知っている。そしてもしその世界の住人だった場合は……間違いなく面倒な事になる気がする。
その人物がこの世界に害をなさない相手なら別にいい。だがすでに関与したと思われる事柄は軒並みこの世界に害を成すものだった。
だとしたら。
(早急に見つけ出して対策しないと……絶対に護り切る)
自身の子供とさえいえるこの世界を。
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「つまんないなぁ」
女は椅子の背もたれに深く体を押し付け、独り言ちる。
あの召喚士の最後の一手は実につまらないものだった。せっかく奴が最大の力を使えるように、集められるだけ集めてきた力の触媒を渡してやったのに。結果は無策に突撃を行い、あっさりと全滅だ。奴自身も抹殺された。
もう少し頭を使えば他にいろいろやりようがあったろうに、あんないかにも策略向きな能力しておいて力押ししかできないとはあきれ果てる。戦略面だけではなく戦術面ですら力押しだったのはもう脱力感しかない。
「いつもに比べれば片方に肩入れしてやったってのに……」
彼女は通常、最初に種をまいたらそれ以降は関わらない。だが今回は明らかに一方的な状態になったので本来しない干渉をしたのだが……結局無駄な労力を使っただけだった。自分の所持しているアイテムだって無尽蔵に使えるわけではなく消耗するのだ。消耗分を返して欲しい。
「んー、この世界はもっといろいろ楽しめそうなんだけどなぁ……」
この世界はいろいろ不安定だ。だから様々なちょっかいを出せそうなのだが……厄介なのは、本来なら存在しないはずの自分に対抗できる存在がいることだ。あのちぐはぐな少女の一件など、あの女が関与してなければもう少し面白い展開になっただろうに。
(もうちょっと手を出さないとダメかなぁ……いや、待てよ?)
自分はあくまで種を撒くだけで、それ以降は傍観者だ。
それは面倒だからとかそういうわけではなく、自身が深く関与してしまえば、自分の望む結果になってしまうから。分かり切った結果になるなんて実につまらない。
盤面の向こう側に相手がいないのに、一人で駒を進めていくなんてのは趣味じゃないのだ。
だが。
(今回は盤面の向こう側に相手がいるじゃないか)
あの女は直接は知らないが、あの女がどんな存在なのかは自身は知っている。
間違いなく、対局の相手になりうる相手だ。それはこの世界や、そしてこれまで起こしてきた事柄に対する対応を見ればわかる。
(あは♪)
盤面の向こう側に相手が座ったなら、自分も盤面に座って問題ない。むしろ自分も盤面に座らなければどんな種を撒いても向こうに好きに進められるだけだ。
長い長い旅の果て、ずっと続く彼女の暇つぶし。
惰性ともいえるような彼女の趣味に、ようやく対戦相手を見つけたわけだ。
(だとしたらいろいろ駒を用意しないとね……しばらくは準備期間にするか)
暫く待っていて頂戴な。それから一緒に楽しく遊びましょうね。




