竜退治⑥
巨大な質量の衝突に、機体に衝撃が走る──なんてことはなかった。
黒い膜を纏い、当初に比べて速度が落ちたとはいえ回避の難しい高速で突っ込んできた竜は、レオの魔術によって構築された土くれの鎧を紙切れのように貫き、そして──
俺の胸元に走った光によって弾き飛ばされた。
……っしゃぁ! 成功!
切り札が完膚なきまで綺麗に決まったぜ!
今俺がやったのは単純だ。別段新しい装備を使ったわけでもなく、使ったのは【八咫鏡】とライフルだけ。レオの【祝福の運び手】は霊力供給と目隠しに使っただけだ。
以前から考えていた事。【八咫鏡】で攻撃方向の変化が出来るなら加減速も出来るんじゃないかと思い、以前からシミュレーターで折を見て検証していた。
で、結論から言うと減速は出来た。加速はあまりうまくいかなかった。せいぜい1.1倍程度くらいか? という感じだ。
減速だけだと使い道が難しいよなぁ……と考えてて、そこでふと思いついたのが今回の切り札だ。
減速ではなく完全なる停止。
減速レベルだとちょっと微妙だが、完全なる停止となると話が変わってくる。
相手に命中をさせるのにはあまり役に立たない。だがある一点で非常に有効に使える。
砦の防衛戦で行った、力の集束だ。エネルギーをそこで一度静止させれば、タイミングを無理に合わせなくても複数の攻撃をまとめることができる。
だから、今回はそれをやった。【八咫鏡】にライフルを数発撃ち込んで、それを停止して集束させた。
後は射出するだけ──なんだが、奴の動きが速いので狙いがつけにくい。しかも静止させておくのは非常に霊力を使うらしく、狙いがつけられるまで長々と維持できない。
なので、奴の突撃の軌道上に【八咫鏡】が配置されるように機体を移動させた。更に奴が気づかないように、それほど意味があるかはわからないものの【祝福の運び手】で目隠しもかけた。
その結果。竜は強力なエネルギーの渦巻く場所へと自ら突っ込んだわけだ。
奴は弾き飛ばされ、地面に転がる。その姿からは……頭部が綺麗さっぱり消えていた。だが、奴はまだビチビチと動いている。……さすが異界の召喚生物、頭飛ばしたくらいじゃ死なないのか。
竜は横倒しになった体を起こし、その胴体だけが宙に再び舞い上がろうとして、
『オーゼンセ!』
『はいっ!』
浦部さんが怒鳴り、ミズホが呼応する。舞い上がろうとした竜の姿がガクンと沈み、さらにそこにいくつもの手が絡みついてゆき、竜を再び地面へと引きずり降ろした。
ミズホが【沈む世界】の出力を一時的に最高レベルまで上げ、更に【千手千眼観音】で奴の動きを拘束したのだ。
これまでその動きを止める事のなかった竜が、完全に動きを止める。
『はああああっ!』
『フンッ!』
完全な"的"になった存在に対して、【刀神演舞・天下五剣】の刀が、【風刃】の飛ぶ斬撃が叩きつけられていく。更にはルメールさんやクレーベさん(ラブジャの最後の一人だ)、ヴォルクさんまで参加して無数の弾丸を竜に向って降り注がせる。当然俺もライフルを立て続けに叩き込んでいく。
地面に拘束された竜はなんとか逃げようと暴れるが、間断なく行われる攻撃と絡みつく腕、そして見えていないが発動しているはずのミズホの魔術により思うように動けない。そこにこれまでの鬱憤を晴らすような攻撃のラッシュ。
更には、
『【ドゥームズディ】』
最初から俺の背後に位置を取っていたアルファさんの声が通信機から響き、竜の真下に紋様が産まれる。
竜はそれが危険なものだということを察知したのか更に激しく暴れ出すが、そこにどこからか駆けてきた猟犬が喰らいつく。
──それで勝負は決した。
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最終的には、【ドゥームズディ】が止めの一撃となった。精霊機装の中でもトップクラスの高火力を誇る魔術の一撃を受けた竜は完全に動きを静止。その後ゆっくりと消失していった。
こうなればもう勝負は完全に決した。残っていた2体の怪物も、それぞれ8機がかりの攻撃を受ければなすすべもなく消失。戦闘は終了した。
終了直後、他所の戦域の状況を確認したところ、5カ所の内2カ所は撃破済み。残りの2カ所の所にはすでに撃破をすました2カ所のチームが向かっている為まもなく戦闘は終了するだろうとのことだった。
……やっぱりウチが一番ヤバイのぶち当てられた気がするな。ラブジャがいるのにこれだけ手間取ったし。
『今まで戦った怪物の中で、一番きつかったわ……』
大きな嘆息と共に疲れ切った声が、通信機から漏れる。パネラさんだ。
俺達は今、精霊機装を静止させて休息していた。機体からは降りていない……俺も含めて何人かは操縦席のハッチを開けているけど。吹き込んでいる風が心地よい。
今は安全圏まで退避していたトランスポーターが迎えに来るのを待っている状態だった。
『鏡獣とは違う……異世界の怪物を相手にするのはこんなに大変なんですね』
『ピンキリじゃ』
感慨深げに言うリゼッタさんに、ハザマさんが簡潔に返す。
ハザマさんは年齢を考えると過去何回か起きてる大規模漂流を経験しているだろうし、それ以外にも単体単位で流れ着いた怪物とかの相手をしたこともあるのだろう。経験者は語るだ。
語る、なんだけど。ピンキリかぁ。
俺もここ一年ちょっとで深淵、グラナーダ探索時、今回と何故か三回も異界の怪物相手にしてるんだけど、なんでかピンの方ばっかりひいてる気がするんだが。
ま、深淵を除けば要請で動いてるから偶然というわけではないけども。
通常は精霊使いをやってても異世界の怪物を相手にするのなんて生涯で一回か二回くらいだと聞くし、じっさいフェアリスもさっきのリゼッタさんの口ぶりだと今回が初めてなんだろう。それが普通だ。というか年に何回もこんな化け物を相手にしたくない。
大体、話によればこのクラスの化け物は触媒が必要で、その触媒はもうこの世界にはないって話だったはずなのに、なんでこんな大量発生してんの?
「実は触媒の製造方法があったとかなのかなぁ」
『だとしたら数か月後にまたこのレベル相手しなくちゃいけないのよね? 嫌なんだけど』
がっつり疲労感に捕らわれている今の体の事を考えると、ミズホのその言葉には激しく同意したい。
『それに関してはグラナーダの方々に期待っすね』
「ん、なんで?」
『今回強力な召喚を行ってくれたおかげで、逆探知が出来そうだって話さね。今グラナーダの地で捜索してるはずだけど、それが上手くいけば今回の一件はこれにて終幕、さね』
『それはとみに願いますね』
リゼッタさんの言葉に、何人かが頷く気配があった。その反応を見せなかった方々はぶっきらぼうなのかバトルマニアの方々だろう。勿論俺は御免こうむる側だ。精霊機装の戦闘は試合だけでいいですわよおほほ。
「ま、そっちに関しては俺達に出来る事はなんもないし、ルーティさん達が上手くやってくれることを祈ろう」
『そこで王子様じゃなくてルーティさんの名前が出る辺り、王子様には万に一つの希望もないわね、ご愁傷様』
『そもそもユージンは私達のものだしな』
「お前たちのものでもないんだが?」
『何の話ですか?』
「なんでもないです」
冗談で話すにしても、人のいるところであの話持ち出さないように後でアホ二人は言い含めとかないとな。せっかく王子様の例のアレは情報流出しなかったんだから、こんな大勢人がいる中で余計ない事いわないで欲しい。浦部さんやヴォルクさんとかの前回探索組とかには感づかれかねないし。まぁこの二人が余計な事をネットに流す事はないとは思うけども。




