竜退治③
まぁ気ぃ抜いてるわけじゃないけど、前回の砦防衛戦よりは余裕があるのは確かだ。
前回は奇襲だった上こっちは消耗状態、更には相手の数はこちらの数倍上だった。
それに対し今回は敵の強さは上とはいえ準備万端での迎撃、霊力も万全な状態、他の怪物たちはフェアリスとロンバルディアがきっちり抑えてくれているので、こちらは竜のみに集中できる。
今現在、こちらの砲撃は抑えめだ。【風刃】以外はあまり有効なダメージソースにはなっていないし、動きの早さと規則性のなさで命中率も低いから砲撃をばら撒いても消耗するだけだ。
動きが速いとはいえ、こちらに対して突撃を行ってくる時はある程度動きが読める。そのタイミングを狙ってラブジャの面々は的確に攻撃を叩き込んでいた。さすが現役№1チームということころだろう。
『長期戦になるわよね、これ』
ミズホがそう、口にする。
彼女は砲撃すらしていない。口にした通り長期戦になるであろう判断から、総ての霊力を【沈む世界】の維持に回すことにしたんだろう。
術の影響化にあってあの速度だと、術が切れた時にシャレにならない事になりそうだからな……正しい判断だと思う。
『フェアリスとウチの連中があっちを片付けてからの方が良さそうだな。向こうにもうちょい戦力回すか?』
『そりゃ止めといた方がいいさね。アタシらの攻撃削ったらルメールとお嬢ちゃんが一気に攻められるよ』
ミズホと同様に、ゼロではないがほぼ攻撃に霊力を回していないヴォルクさんの言葉を、浦部さんが否定した。
確かに、彼女の言葉の通りだろう。今竜への対応はほぼラブジャが担っている。【風刃】やもう一人の砲撃、それに浦部さんも【千手千限観音】を発動して竜の突撃を止められないまでも受け流している。
うちのチームはミズホは前述の通り、サヤカはすでにフェアリスと共に戦っているし、レオはあまり有効な攻撃手段がないことから"補給役"をこなすためにやはり攻撃を絞っている。まともに竜の相手に回っているのは俺だけだ。
「今はこのメンバーで削っていくのが精いっぱいですかね」
『もう少しで恐らくこっち側のウチ一体は落とせます! そしたらノイエとサヤカさんにそっち回って貰いますので!』
リゼッタさんの声が響く。
攻撃の手が増えれば、それまで向こうの動きの誘導や制限が出来る。それに多少無茶な作戦が取れる。
『もう一体も一気に倒してしまった方が良くないさね……おっと?』
喋りかけた浦部さんの言葉に疑問が浮かぶ。その理由は俺にも見えていた。
竜が、再び黒い球体を産み出している。それ自体はこれまでと一緒。ただ、
──俺を狙っていない?
先程まで突撃は他の相手に向かう事もあったが、あの黒い球体はこれまで常に俺目がけて放たれていた。だが今回は竜の首はこちらの方を向いてはいるものの、俺の方を狙っている感じはない。
先程から俺を狙った奴は全部ルメールさんが弾いてくれているから、諦めたのか。だがなんというか……狙いが曖昧だ。こちらを向いているだけで、誰かを狙っている感じが読み切れない。
狙われるとしたら【風刃】で一番ダメージを出しているハザマさんが可能性が高いと思うが──
そんな事を考えている間に、竜が黒い球体を射出した。
黒い球体はこれまでと同様、瞬く間にその姿が大きくなっていき、そして、
──破裂した。
「散弾!?」
空中で破裂した黒い球体は、数十の小さな黒い球体に分化した。そして、俺達全体を包み込むように襲い掛かる。
『ぐっ……!』
誰かのうめき声が通信機から流れる。
高速で飛来した散弾は、さすがに皆反応できなかった。俺自身はこれまで同様ルメールさんに護られてノーダメージだが、竜と戦っていた他の面子は軒並み霊力が削られる。分化した分ダメージ量は少ないようだが……これまで何度か【風刃】で切り落としていたハザマさんや、浦部さんすらダメージを受けている。
『のんびりこっちの戦力が揃うのを待ってはくれないってことかい』
浦部さんの声に焦りの色は見えないが、彼女の声によく含まれている喜の色は薄らいでいる。
『火力自体はそこまでじゃないけど……これ回避は無理よね』
ミズホの言葉の通り、それぞれが複数発被弾したにも関わらず、ゲージの減りはそこまででもない。少なくとも先程の単発弾の威力よりは劣っている。その代わり、弾幕の密度が高い。図体のデカイ精霊機装では完全回避は不可能だ。
『ジジイは何発くらい斬り落とせるさね?』
『二発が限度じゃな。あれが破裂する前に切り落とせばいけるかもしれんが』
「斬った時点で散弾になりませんかね?」
『そんな感じはするさねぇ……』
『ある程度ばらけて戦うっスか?』
相手が範囲攻撃を持っているのであればそれも選択肢の一つではあるだろうが、それは浦部さんに否定された。
『現状奴にまともにダメージを与えられているのは、奴が突撃してきたときさね。ばらけてみろ、お嬢ちゃんが集中砲火くらうぞ』
『護り切るが』
『そこまで連打で貰ったらあんただって持たないだろうよ、ルメール』
「……とりあえずレオ、ミズホ、ヴォルクさんには離れてもらった方が良くないですかね」
『そうさね、三人ともちょいと距離を取りな』
浦部さんの言葉に、精霊機装が3機、戦域から距離を取る。あの三人は現状霊力の温存を優先し攻撃をしていないので、戦域に残る意味があまりないからだ。
勿論奴の速度や移動範囲を考えると離れた方が狙われる可能性もある。なので、俺はルメールさんに言った。
「ルメールさん。俺のガードをもう少し甘くしてください」
『──承知した』
さすがだ、俺の意図を即くみ取ってくれたらしい。まさに護衛騎士のように貼りついていたルメールさんが俺から少し距離を取る。俺を覆うように展開していた魔術の盾も一つ残して移動した。
さて、露骨な誘いだが……
「おっと!」
竜がこちらに向けて突撃を敢行してきた。俺はそれをすんでのところでルメールさんの盾の影に入る事でやり過ごす。
よし。
どうやらあの竜の知能レベルはさほど高くないようだ。先程迄ガードが完璧すぎたせいで俺への攻撃の優先順位を落としていたが、ガードの質を落とした直後にまた俺を狙ってきた。
正直、俺狙いが明確な方が防御も攻撃もやりやすいのだ。その分ルメールさんには負担をかけることになるが……ここは信頼して甘えさせてもらう。
それに、罠もかけやすいしな……
「【八咫鏡】」
俺はこれまで発動していなかった魔術を発動させる。長期戦になる可能性を考えて発動を見送っていたが、向こうに範囲攻撃があることが分かった以上、のんびりとはやっていられない。少なくともサヤカ達が合流するあたりで一気に行く必要がある。
だったら火力も命中精度も上がる【八咫鏡】を使わない理由はない。幸いな事に今の俺達にはレオという優秀な回復役がいるから、多少の無理も効く。事前に決めた軌道でしか曲げられない変化弾とは違い、その都度方向を変えられる【八咫鏡】を使えばアイツも削れるだろう。
とりあえずはオーソドックスな使い方で行く。もう一個使い道を考えてはいるが、それはもう少し確実に命中させられるようになってからだ。……わりとコストがおっもいんだけど、アイツの攻撃方法を考えると有効だと思うんだよな。




