竜退治②
「この配置分けって、論理解析局の指示なんだよな?」
『そうっスね』
通常の防衛任務は細かい指示がでることがないが、今回のような緊急出動要請の場合は概ね論理解析局から指示が出る。今回も同様のようだ。
で、あればだ。
「他のチームの方は大丈夫だろ、少なくとも硬さに関しては」
『へぇ……それはどうしてだい?』
浦部さんわかってるでしょ、声が笑ってますよ。
「ハザマさん、アルファさん、それに俺。極大火力を出せる面子を一カ所に集めすぎでしょ」
『ああー……成程』
ミズホが納得の声を上げる。
フェアリスがここに配属された理由はリゼッタさんかパウラさんだと考えていたが、冷静に考えれば二人の魔術は地上の敵相手の方が明らかに有効なわけで。
だから実際の所、フェアリスがこの場所に配置された理由はアルファさんだろう。彼女の【ドゥームズディ】は使用するにあたっての制約がきつい分、その威力は全精霊使いの中でもトップクラスだ。
どういう手法かはしらないが(グラナーダの英雄達からの情報かもしれない)、論理解析局の方は相手の強さをある程度把握していたのだろう。それで今回の面子をここに集めた。でなければ俺達はもう少し分散して配置されたハズだ──少なくとも対空的にはそこまで有効的とはいえないフェアリスはここには含めないだろう。
『何にせよ、今は他所の心配をしている場合ではないだろう』
再び俺目がけて放たれた黒い球体を魔術の盾で弾き飛ばしながら、ルメールさんが言う。
『今は目の前の敵に集中して頂きたい』
「ごもっとも」
他の場所が苦戦していようがどうなっていようが、目の前にいる連中を倒すまでは援軍に行く事だってできないんだ。
周囲を確認すると、ボスクラス以外を相手にしているフェアリスとロンバルディアの面々は大丈夫そうだ、大きく苦戦しているような気配はない。
『一匹撃破したらアルファはこっちに回ってくれさね』
『わかりました』
浦部さんが出した指示に、応答が返る。確かに彼女は早めにこちらに回ってもらった方がいいだろう。
そうしたら、上手く浦部さんの【千手千限観音】で抑え込んで──
「浦部さん」
『何さね?』
「【千手千限観音】であいつ抑え込めますか?」
『無理さね』
即答だった。
『速度と馬力があって振りほどかれるさね。もう少し弱らせないと』
「了解です」
そこまで甘くないか。というか、それができるなら多分もうやってたよな。戦場はここだけじゃないし、正直片付けた後移動したところで間に合うかは微妙だが、早く終わらせるに越したことはないのだ。
『ユージン嬢』
「ひゃいっ?」
突然妙な呼ばれ方をして、声が裏返った。恥ずかしい。
それぞれが手を……いや機体を動かし、周囲に銃声や衝突音が響く中一瞬の沈黙が場を支配する。
その正直なんともいえない空気を破ったのは、声をかけた人物……ルメールさんだった。
彼は放たれる黒い球体を魔術の盾で捌きながら言葉を放つ。
『知っていると思うが、私の盾は任意の相手の攻撃は通す。貴女の攻撃は遮らないようにしているので、私の背後から銃撃してくれ、ユージン嬢』
「……助かりますっ!」
俺は元々遠距離での回避は得意でもこんな突撃を受け流すような技術は持ってないし、あんな攻撃何発もくらってたら俺は早々に戦線離脱だ。
ルメールさんは自分の火力を鑑みて、ディフェンダーの役目に専念してくれるようだ。霊力は確か非常に豊富な人なので、しばらくは問題ないハズ。
とはいえ、ずっと頼り続ける事はできない。
俺はまたこちらの周囲を高速で旋回している竜へ向けてライフルを向ける。
ライフルだけだ。他の武装はあの竜相手だと霊力の無駄遣いにしかならないだろう。
「……ちっ」
ライフルの照準を合わせようとして、俺は舌打ちした。動きが速すぎる上に、あの竜は上下左右へと波打つような軌道を取っている。規則性のある動きでもないので、照準が定まらない。
拡散させれば命中はする。だが以前砦を襲撃してきた奴と同様で、あの竜の防御力の高さは"世界の壁"のものだけではなく元来の硬さが由来になっている。そのため、たいしたダメージを与えることはできなかった。
厄介な事この上ない。
サイズが小さいのも面倒だ。でかければいい的なのに、アイツのサイズは全高は3m前後しかないだろう。全長はあり、羽を含めれば全幅もあるが、奴はそれらを大きくさらけ出さない様に動き回っていた。この知能はあの怪物が元来持つものなのか、召喚者が植え付けたものなのか。
──とにかく、今は削るしかないか。
ある程度弱らせれば、浦部さんの【千手千限観音】なり、レオに組み付かせるなりで一時的にでも動きを止められるだろう。そうしたら後は【灰色の猟犬】で動きを止めてタコ殴りにすればいい。
ハザマさんも恐らくそう考えているのだろう。竜が有効距離に入る毎に【風刃】を叩き込んでいた。
初撃より出力を上げたんだろう、竜の鱗にはいくつもの傷が生み出されていた。だが致命的なものではない。
……とりあえず命中優先だな。体力ゲージ削りだ。
相手の動きの軌道を予測し、ライフルの引き金を引く。
放たれた光条は竜の進行方向を的確に捉え──だがその竜の体が急速に浮き上がった事により、目標を見失いその下を通りすぎる……ようかに見えた瞬間、光の軌道が浮き上がり、竜の体に叩きつけられた。
「っし!」
軌道設定した銃撃ではない、誘導性能を付けた銃撃だ。霊力を多めに消費してその分誘導性能を上げたので、見事にぶち当たってくれた。
霊力の消費のわりには個人的には有効性がイマイチなので普段あまり使わない誘導弾だが、ルメールさんに防御を頼り切り、霊力が切れてもレオからの補給が望める今の状況なら有効な攻撃手段となりそうだ。どこまでも追い続けるというわけではないからちゃんと相手の動きを予測し狙いを付ける必要があるが。
相手の動きが速いからこっちが動き回る意味もないし、俺はもう固定砲台になる腹積もりをきめる。
「ルメールさん!」
『はい』
「防御は貴方にすべて委ねます! よろしくお願いします」
『お任せあれ』
ラヴジャの男性陣、端的で話が早くて助かるな。浦部さんがくっそ明るくて喋り好きなんでそっち方面のイメージだったけど、まるで正反対だ。もう一人はさっきから無言で淡々と正確な射撃を繰り返しているし。
『……』
『……』
『……』
『……』
あれ、なんか無言のプレッシャーが。いや通信機越しでなんで無言でわかるんだよって思われるだろうけど、
しかも複数人から来てるなこれ!?
「なんだよ」
『ユージンさぁ』
口を開いたのはミズホだった。
『そういうセリフはアタシに向けて言って?』
「なんの話だ!?」
『出来れば二人っきりの時に』
「だから何の話だよ!?」
毎度のことだけど、こっちのちょっとした言動を拾い上げてぶっ壊れるのヤメテくれないかな!? 今戦闘中ですよ!?
『とりあえず、後で通信の音声データは回収しとかないと』
『あ、ミズホ、そのデータ後で私にもくれ』
『あ、そっか。チームで通信データ録音しているはずだから、それもらえばいーのか……』
リゼッタさんも何か言ってる……ミズホウィルスに侵されちゃダメですよ?
『あんたら戦闘中ってことを忘れないんで欲しいんだけどね? 気ぃ抜きすぎじゃないさね?』
「「「「「すみません!!」」」」」
俺悪くないと思うんだけど、つられて謝ってしまった。




