竜退治①
「【沈む世界】」
「【封印される世界】」
ミズホとヴォルクさん、二人の魔術の行使が、戦闘開始の合図となった。
16機の精霊機装達が、それぞれ定めた相手に対して一斉に砲撃を開始していく。
通常ではまず見る事のない壮観な光景──宙を舞う怪物たちはそれを避けるために散開していき、それらを相手取る役目の精霊機装達の攻撃もそれを追いかけることにより、砲撃は広範囲に拡散していく。
ただ一匹を除いて。
ボス格である竜……そいつだけは砲撃から逃げるような動きはせず、逆に加速した。
「……速っ」
まさか砲撃の雨あられの真っただ中へと向けて加速するなど思っていなかったので、反応が遅れる。小さかったその姿がどんどん大きくなって迫ってくる……って、俺狙いかよ!
動きがえらく速い。ミズホの術の影響化にあってこの速度かよ。だったら元は……なんて考えている間にも、機体に衝撃が走った。
「きゃっ!」
──って、ああくそ、今の悲鳴はないだろう! きゃぁって何だよきゃっって! 通信機からなんか複数の「可愛い……」とか言う声が聞こえたぞ、多分ウチのアホ二人とヴォルクさんだろうけどさ!
なんて阿呆な思考をしている俺に今度は背後から再び衝撃が来る。今度は詰まったような声にならない悲鳴しか出なかった。
いや、あの速度でもう旋回してきたのかと思い機体を捻る。が、そこにいるハズの怪物はおらず、大分離れた距離を高速で移動していた。
俺に攻撃を加えてまた離れた……? いやでも先程の衝撃から考えてさすがにあの位置にこの時間で戻るのは無理だろう。だとすると、だ
『遠隔攻撃さね』
俺が頭に浮かべた予想を肯定するように声を掛けてくれたのは浦部さんだった。俺の反応から疑問を持っていることを読み取ってくれたんだろう。
『口から何か吐き出してたさね。エネルギー弾か何かだろうさ』
その彼女の言葉が途切れるのとほぼ同時くらいに、宙を舞う竜が口を開いた。
その口内に、黒い球体が出現する。
狙いは──やっぱ俺かよ!
明らかに竜の首はこちらを向いている。機体を横に動かすが、首の向きもそれに合わせて角度を変える。完全に俺ターゲットだ。
そして攻撃が放たれる。
……予想してたけど、速度が速い。当然といえば当然ではあるが、先程の竜の突撃よりも速い。
弾道を予測して回避運動には入っていたが、予測より速く三回目の被弾を覚悟した時だった。
『【風刃】』
通信機から聞きなれない声が響いた。
そして次の瞬間には、こちらに向かっていた黒い球体が断ち割れ、破裂するようにして消失した。
その光景に一瞬呆気にとられたが、すぐに目の前で起きた光景を起こした人間が誰かに気づき、俺は視線を横に向ける。
そこにはサヤカと同様に刀をひっさげた一体の精霊機装が佇んでいた。
「……ありがとうございます、ハザマさん」
『うむ』
感謝の言葉に対する応答は、短い。だがこの人が基本的には言葉少ない人物だということは知っているので、それに対してどう思うかなどはなかった。
といっても直接面識がある相手ではない。アワードとかで見かけたことがあるがその時も会話は特にしていないし、俺が彼の事を知っているのはモニターを通してのことだ。なにせ彼は有名人なので。
シゲン・ハザマ。御年72歳のご老体にて現役№2の精霊使い。最強チームラブジャの一員にて、刀一本
で敵を蹂躙する化け物。
たった今球体を断ち切ったのは【風刃】という魔術で、その効果は斬撃を飛ばすという非常に単純なもの。
だが高速で飛来する射撃を切って捨てるあたり、そのおかしな実力のほどが解るだろう。
その彼は、俺の前方へと機体を進める。俺を護るというよりは、相手の目標が俺狙いなのが明確だから迎撃しやすい位置に移動しただけだろう。
『これは前回の戦闘から明確にターゲットを絞ってきていますね』
ヴォルクさんの言葉の通り、明確に俺の事を狙っているのは、前回の戦いから俺が尤も火力を持っていることを認識していたからだろうな。
さすがに何がなんでも俺狙いって事はなさそうが、最優先目標にされているのは事実だ。
『ユージンさん、【祝福の運び手】そっちに回しますか?』
「……いや、大丈夫だ」
2回の攻撃はかなり痛いものではあったものの、致命的なまでのダメージというわけではまだない。
今回レオは、言い方は悪いが半分くらいは燃料タンクとしての参戦だ。空中の敵に対する攻撃手段が少ないからな。
まだ俺に対して術を発動していないのは、見極めの為だった。
今回のこっちのチームのキーパーソンは3人。ミズホ、ヴォルクさん、俺だ。その3機の残存霊力が心許なくなった場合に、その相手に対して【祝福の運び手】を使う手筈となっている。
『また来るわよっ!』
ミズホの怒声が響く。竜は大きく旋回しつつ加速していた、どこかで軌道を変えこちらに向かってくるだろう。
『ルメール、お嬢ちゃんを護ってやりな』
『承知した』
通信機から響いたのは浦部さんともう一人男性の声。いつものことだけどお嬢ちゃんは止めて欲しいな……そんな事を思っていると、竜と俺の間を塞ぐように一体の精霊機装が俺の前に躍り出た。
それと同時、竜が加速をする。目標は──やはり俺。上空から降下軌道での攻撃。これでは前に出た精霊機装は何の意味もなさない──などということはなかった。
『【アラウンドシールド】』
言葉と共に、ルメールと呼ばれた彼の機体の周辺に白くうっすらとした透明の盾が複数出現する。
その内の一枚がこちらへ勢いよく向かって来ていた竜に叩きつけられ、その軌道が大きく逸れた。そこに対して他のメンバーが攻撃を叩き込んでいく。……が、
『あまり効いてないさねぇ』
浦部さんの言葉の通り、何発もの直撃弾があったにも関わらずほぼダメージが入ってないようにも見える。唯一ハザマさんの斬撃は通ってはいるようだが、
『ジジイの【風刃】でも大してダメージになってないか。これはいろいろ面倒だねぇ』
『まだ火力はあげられるがな』
「何にしろ戦いづらい相手ではありますね……」
竜のサイズはこちらの半分程度、そして速度はこれまでの中でもトップクラスに速い。ミズホの【沈む世界】がなかったらそれこそ捉えるのも困難であろうと思わせる速さだ。そしてこの硬さ……さらには俺が受けたダメージを見ると攻撃力も高い。
前回の防衛戦のように多数の雑魚はいないが、その分単体としての強度が上がっている──いや、体感ではあるが前回のアラクネ擬きを超える実力なのでは? わずかな戦闘時間でもそう感じられた。
『こんなのがあと4体いるのか……他のチームは大丈夫なのか?』
心配げな声を上げるのはサヤカだった。
彼女がそう思った理由は、相手の固さだろう。すでに全員が全開駆動状態に移行している。さすがにまだみんな出力を最大値には上げてないだろうが、それでもほぼダメージを与えられないのは想定外だった。
ましてや【風刃】の威力は全魔術の中でも最大級とされている。その攻撃ですら大してダメージを与えられない……そんな奴を相手に、切り札の界滅武装もない他のグループでは苦戦は必死だと考えたんだろう。
だが、俺はそうは考えなかった。
恐らくではあるが、俺達が相手をしているコイツが恐らく相手の中でも最強の存在のはずだ。少なくとも総合力は間違いなく。
最近更新が遅くて本当に申し訳ない……




