迎撃準備
「成程……そうなると戦力としてはわりとカツカツか……」
「一応突破された時の為に、こっちに召集されてないチームもロスティア方面に集結しつつあるそうだがな」
車内に設置された大型モニターに映し出される召喚獣の予測進路とこちらの配置図をみて呟いた俺に、サヤカがそう補足をいれる。
あの後チームに合流した俺達は、今度はチームの指揮通信車に乗り換えて論理解析局から指定された迎撃ポイントへと向かっていた。
勿論、向かっているのは俺達だけではない。俺達の乗る指揮通信車以外にもトランスポーターも含めてチームの車両が数台走っているし、他のチームの車両も走っている。
集まった計19チームは、すでに5つに振り分けられ目的地へ向かって移動を開始していた。5つに分けられたのは、向こうの戦力が化け物クラス1体毎に別れて向かっているためだ。
こちらの戦線には4チーム分けられた。
1チーム目は俺達エルネスト。
2チーム目はリゼッタさん達のフェアリス。
3チーム目はAランクのロンバルディア。これはヴォルクさんの所属するチームだ。
正直ここまで見ると、戦力的には弱い。ウチとフェアリスはBランクだしロンバルディアは──ちょいと失礼な言い方をすればヴォルクさんのワンマンチームだ。他のメンバーの戦力はウチやフェアリスのエースクラスと同等かそれより少し下だろう。
だが、もう一つのチームで一気に戦力が跳ね上がる。
ラブジャ。浦部さんの所属する現最強チームが俺達と同じ相手に当てられていた。
ラブジャの実力はSランクでも群を抜いている。これで戦力としてはバランスは取れたと言える。
尤も俺達もおまけとして選ばれたわけではなく、きちんと理由があるんだが。
その理由だが、俺達がこれから相手をする化け物が飛行型だということだ。
俺達精霊機装は、通常空を飛ぶ敵を相手にすることはまずない。
精霊機装は当然空は飛べないし(魔術で強引に飛ぶ奴がいるにはいるが)、アキツはとある理由から航空技術が発達していない。なのでアキツ内では対航空戦をすることは基本的にない。
鏡獣で飛行型が出る事はたまにあるがかなりのレアケースだし、今回のような漂流はそれこそまず起きる事ではない。
今回の面子は、まだ飛行型との経験がある人間は多い方だろう。アズリエルの二人とフレイさんは別チームになってしまったが、前回の砦防衛戦を経験した俺とヴォルクさん、浦部さんがいるからな。
ただ選抜の理由はそこじゃない。ヴォルクさんと浦部さんは選ばれた理由だが、うちのチームが選ばれたのは俺じゃなくてミズホが理由だ。
それぞれの魔術が、飛行型に対して有効だからである。
進行路を塞いで足止めできない飛行型でも、ヴォルクさんの【封印される世界】を使えば足止めすることができる。
そして浦部さんの【千手千限観音】なら、上手くいけば相手を捉えて引きずり落とす事が可能だろう。前回は相手の数が多くその余裕はなかったが、今回は今の所そういう情報は入ってきていない。
そしてミズホの【沈む世界】は、かなり相手の飛行能力を奪えるはずだ。
フェアリスが選ばれた理由だけがちょっと不明だが、パネラさんの【灰色の猟犬】かな。上手く叩き落したところにぶちこめれば、後はフルボッコに出来る。リゼッタさんの【スワップロケーション】は相手が空を飛んでいる以上使いずらい気もするが(リゼッタさんが空中に放り出される事にもなるし)、叩き落とした所で位置替えしてもらえばフルボッコタイムをより長くできるか。
まぁとにかくそんな感じで、選別理由は魔術の有用性だろう。とにかく今回は突破されて六都市に接近されないように強く要請されていた。
攻撃ではなく、接近されないようにだ。
その理由は、過去の漂流と同じ。
──世界観の書き換えが観測されている。
過去の事例と異なるのは、グラナーダの世界観がアキツのものとそこまでかけ離れたものではないということだ。例え世界観が書き換わっても普通に暮らしていけるのは俺達がすでに実証済み。
ただ、一つの世界観の中に別の世界観があるのはそれ自体が異常な状態な訳で。
これまでもグラナーダの地はあったんだが、あれはある意味世界の中で別の世界が完全に隔離されていたような状態だったらしい。そのため、その周囲であまり歪みが生じる事はなかった。今後緩やかにグラナーダはアキツに取り込まれ、ゆっくりと消失する、その予定だったらしい。
だが、今回グラナーダの力を持って飛び出した召喚獣達によって、グラナーダの世界観の書き換えが発生した。
アキツの世界観の中に強引に異物をまき散らしていっている状態だ。それは歪みを巻き起こす。場合によってはスタンピードなどの二次災害を起こす可能性があるそうだ。
砦の住人がこっちに来る分にはほぼ影響は出なかったんだが──まぁ奴らがそのままグラナーダの力の塊みたいなのが理由なんだろうな。
だから出来るだけ早く、少なくとも六都市に接近するまでには撃破する必要がある。
「相手方の進行状況は観測できてるんだよな?」
俺がそう問いかけると、ミズホは頷いた。
「出来てるみたいだよ。敵は真っすぐロスティア方面に向けて侵攻中。なんでだろ、見えているわけでもないと思うんだけど」
「なんか感知能力でもあるのかもしれんな。或いは遥か高い高度まで上昇して確認したとか」
「あれ、サヤカさん知らないんっスか?」
「ん、何がだ?」
レオの突っ込みにきょとんとしたサヤカに、俺は説明してやる。
「アキツは、一定以上の高度に行くと浮力を完全に失うんだ。だからあまり高い高度での飛行はできない」
「はぁ?」
うん、その反応が出るのは分かる。
だがアキツはどれだけ日本と似通っていても、異世界なのだ。俺達の常識が通用しないことがあることを忘れてはいけない。
「アキツではヘリだとか飛行機だとかみたことないだろ? それが理由なんだよ」
「……なんでそんなことになっているんだ?」
「俺が知る訳ないだろ」
「そもそも詳細な原因は確定してないっスからね。いろいろ諸説あるっスけど、どれも明確な根拠がないっす」
俺が聞いた話だと、遠い昔に上空で漂流が起きて、そういう謎の力が充満したとかあったな。眉唾だけど。
「とにかくそういう理由があるので、こちらが手出しをできないほどの高高度を取られる心配はない」
「それは……まぁいい方に分類される情報だな」
数百メートル上空なんか移動されたら、もうこっちは手出しもできないからな。尤もそういう制約がなければ航空精霊機装なども開発されていたのかもしれないが。うぉなにそれめっちゃ乗りてぇ。
ではなく。
「接触予測時刻までは後どれくらいだ?」
「20分後。そろそろ機体に乗り込む時間ね」
「だな」
20分だと残り時間にそれほど余裕がない。
精霊機能に乗り込み、リフトアップすればいいだけではない。その後、精霊機装を残してチーム関連の車両は大きく後退する必要がある。
銃弾が飛び交うだけではなく、怪物が暴れまわり人智を超えた魔術が飛び交う戦場だ。操縦席を覆う繭に護られた精霊使い以外は、巻き込まればただではすまないどころではない。
「もう数分でポイントに到着するわよ。準備はいいかしら?」
車内にナナオさんからの声が響く。
「大丈夫です」
俺が言葉を返し、俺達は頷きあう。
さて、異世界転移モノらしく怪物退治をするとしようか。




