緊急事態
ここ最近、ここを利用することが多いなと思いつつロスティアの転送施設から飛び出すと、すでにそこにはミズホが車を回して待っていた。いつものミズホの車ではなく、チームの車だ。
挨拶もそこそこにその助手席に潜り込むと、車がすぐに発車する。
「他の面子は?」
そう問いかけると、ミズホはハンドルを操作しながら答えを返してきた。
「サヤカも含めて全員ロスティアの郊外に待機しているわ。アタシ達が合流したらすぐ出発よ」
「お前達は睡眠は? 夜通し移動してきてたんだろ?」
「移動中に寝てたから平気よ。足りないようなら、また移動中に寝るわ」
事の始まりは、今朝がたの事だった。
いや、実際は夜の内に事は動き出していたのだが、俺がそれに気づいたのが今朝だったのだ。
今日の朝、いつも通りの時間に目を覚ますとスマホに一通のメッセージが届いていた。
送り主は尾瀬さん。
そしてそのメッセージには、グラナーダの砦が陥落し、精霊使いの各チームに緊急要請が送られたと書かれていた。
その内容を見た瞬間、まだ半分寝ぼけていた俺の意識が覚醒した。
ひとまずすぐに向かうと返信し、なんとか髪を整え(寝ぐせを直しただけだが)、動きやすいラフな格好に着替えて自宅を飛び出した。サヤカは前日すでにアキツに向っていたのを知っていたので、特に連絡はしない。
……しかしこういう時は俺の幼い外見って助かるな。実年齢と同じくらいの外見だったら、さすがにノーメイクはありえないというだろうというのはここ一年で感じ取っていた。男の時はあまりそういうことを気にして女性を見たことなかったけど……というかどこまでがメイクかあまり分かってなかったし。
でも自分がある程度はメイクするようになり、時にはミズホやプロの手によってメイクされるようになるとああ成程あれもメイクの力とかわかるようになるわけで。確かに近くのコンビニ行くならともかく、人の集まるとこに行くならノーメイクはあかんなーと思うようになった。
思うようになっただけだけど。
俺の場合外見が幼いから下手に濃いメイクなんかしたらむしろ違和感がでるし、普段はしてもナチュラルメイクのレベルだ。ぶっちゃけ仕事に行くとき以外はいまだって大抵ノーメイクである。別に綺麗とか思われたいわけじゃねーからな。たまにおねーさん方にも
「ユージンちゃんのお肌、ほんと外見相応でぷるっぷるね! これならお化粧も必要ないわね! ──妬ましい」
なんて言われるが、最後の所はせめて羨ましいに止めるか口に出さないでおいてもらえませんかね? 冗談だと思いたいけどマジ目で言うから怖いんですよ本気で。
まぁそんなわけで俺はあまり時間をかけずに家を飛び出す事ができた。そしてそのまま尾瀬さんの家に突入して、待っていてくれた尾瀬さんと一緒に異世界アキツへと飛んだ。
その間に、簡単にだけ説明を受けた。
昨夜、突如数多くの魔物がグラナーダの砦を強襲したらしい。過去から比べても最大規模の襲撃だったらしく、それで砦は壊滅。その後グラナーダの領域を出てロスティアの方角へ向かうのが確認されたらしい。
あんな化け物が街へやってきたらそれこそ大変な事になる。その為、緊急で各チームに出動要請が出たそうだ。
尾瀬さんから聞けたのはそこまでだった。転送施設のエントランスまで俺を送り届けると、彼は再び日本の方へと戻っていった。どうやら今回は秋葉ちゃん達も参戦するらしいが、俺より大分遅れるらしくそれを迎えに行くとの事だ。うん、女の子はいろいろ準備あるからね。
だから、俺の元にはまだあまり情報が入っていない。なので、付き合いも後少しで5年目に突入する相方に俺は問いかける。
まず最初に聞きだすのは、勿論一番気になっていること。
「ルーティさん達は無事なのか」
その問いに、ミズホは何故か笑った。ちょっと口の端を吊り上げて。
「ここでルーティさんの名前が出てくる辺り、王子様の方は全く見込みがないわね……ウフフ」
「うん、それでいいから質問に答えような」
ミズホの口から漏れ出た事は俺としても特に否定するようなことでもないので、続きを促す。
「……安心して、無事だそうよ。設置されているテレポータを用いて全員脱出できたみたい。何人か怪我人は出たらしいけど、死亡者や重体はでていないそうよ」
「そっか……」
安堵のため息を吐く。
あそこに行ったのは2度だけだが、ルーティさんや王子様だけではなく他の英雄組や騎士たちとも顔見知りになっている。そんな相手が犠牲になったとなれば、さすがに寝覚めが悪いどころの話じゃない。
怪我くらいなら、ルーティさんが俺に使ってくれた治癒術もあるし、アキツ側での医療技術もある。大きな問題はないだろう。ひとまず一番の心配事は解消されたのでそのまま続きを聞き出すことにする。
「他にも、俺は殆ど状況を聞けてないんだ。知っている状況を教えてくれ」
「そうねぇ……」
ミズホは少しだけ考えてから、彼女が入手している情報を教えてくれた。
まず今回の要請だが、現在こちらに向かっている怪物達を迎撃するのが目的だ。
要請の類としては、半年前のスタンピードと同じような内容だが、今回は要請先はB1の上位6チームまでになっているらしい。……6位のウチまでが含まれているのはまぁいつもの通り界滅武装だろう。
スタンピードの時より要請先が少ないのは、相手の戦力の強さを鑑みてとのこと。それ以下のチームの実力では被害の出るリスクが高いとのことだった。
それを聞いて、俺は疑問を感じた。
「戦力……? いや、そんなレベルの相手ではないだろう?」
「そうなの?」
聞き返してくるミズホに頷きを返し、それからすぐに運転中の彼女は当然こちらを見ていないことに気づいて「ああ」と改めて返事をした。
砦を襲った相手は確かに苦戦をした。消耗があったとはいえSランク二機、Aランク三機、そしてチート武器持ちの俺の精霊機装6機にグラナーダの英雄達も参戦してそれで辛勝だったのだ。
だが、あのレベルを召喚するには触媒が必要だといっていたし、それはもう相手側の手元にはないとの話だったはずだ。すでに補充の手立ても無いはずだからあのクラスはもう出現しないハズだ。
だとすると敵の強さは砦に着く前に襲ってきたレベル程度で、あのクラスなら少なくとも魔術が使えるBランク以上なら相手は出来るだろう。特に今回は前回と違いこちら側の数が違う。
あまりにも唐突な招集だったため招集を受けたチームの内7チームが不参加らしいが、それでも19チーム合計76機もの精霊機装が揃うのだ。
数としては充分すぎるのでBランク下位まで声を掛けないのはわからなくもないが、被害が出るほどのリスクは考えずらかった。
そう思ったのだが、次のミズホのセリフは予想しないものだった。
「今回の相手、前回ユージン達が苦戦した相手と同クラスだって聞いたけど。あの時って浦部さんも参加してたわよね。それで苦戦ってかなり難敵よね?」
「はい!?」
今度は俺が聞き返す番となった。
あのクラスと同等? あれを呼び出すための触媒はもう残ってなかったんじゃないのか? いや、もしかしたらまだ残っていたのかもしれない。見知らぬ世界で切り札を使い切る覚悟がつかず温存していた……その可能性は否定できないだろう。
だが、次にミズホが発した言葉はさらに俺を驚愕させる。
「そのクラスが5体。あとはグラナーダの人が言う通常クラスの怪物が12体。総勢17体がこちらに向かってるらしいわ」
「はぁ!?」
なんだよその大軍勢! どこから連れてきた!?




