要請
食事を終えて三人でのんびり雑談していると、テーブル隅に置いてあったスマホが電子音を奏でた。
誰だろう? 一年ちょっとくらい前、C1にいたときはかかってくる相手はエルネストの関係者からくらいだったが、この一年でアドレス帳の登録結構増えたからなー。
スマホを手に取る。
届いていたのはメッセージだった。通知をタップして開いたら、誰からのものか一目で分かった。
「……どしたのユージン? 味わい深い顔して」
味わい深い顔ってどんなんだろう。なんともいえない顔ってことかな。今の俺の気分がそんな感じだもんな。
「何が送られてきたんだ?」
サヤカは聞いてきたので、ディスプレイを二人に向けてやる。
「へぇ……」
「ほぅ……」
二人から感嘆の吐息が漏れた。
ディスプレイに表示されているのはカラーのイラストだった。
俺がリクルートスーツを着て街中を歩いている光景。俺的にはもっのすげぇ違和感を感じるけど、ただクオリティは高い。そしてその絵柄は見覚えがあった。
送り主はリゼッタさん。絵柄は見た感じ、前回彼女が送って来たイラストレーターと同じっぽい。
……しかしなんの意図で書かれた絵なんだコレ。イラストの画風的に顔が実物より更に幼めに見えるため、小学生くらいの子が無理して大人の格好している感じが否めないんだが。そもそもこんな格好CMやらメディア関係の撮影でもしたことないし、どういう妄想なんだよ。
「いや、これいいわね。なんというかアンバランスな魅力というか……誰のイラストかしら? みたことない絵だけど」
「わからん、リゼッタさんが投げてきた。多分お気に入りのイラストレーターかなんかだと思うけど」
「リゼッタちゃんから?」
ミズホの言葉に、俺は頷く。
しかしリゼッタさん何の意図で送って来てるの? まぁ自分で見るのが辛いタイプのイラストじゃないからいいんだけど、わざわざ送ってくる理由がわからない。推しのイラストレーターの布教みたいなもんだろうか?
それにしたってモデルになってる当人に送るのどうなのよ。
でも意図聞いても「うふふ秘密です」とか返ってきそう。
「とりあえずそのイラスト転送してもらっていいかしら?」
「ああ」
俺はスマホを操作して、ミズホのアドレスに画像を転送する。ついでにサヤカも自分を指さしていたので転送しておいた。
画像を受け取ったミズホは、じっと自分のスマホを眺めてから目を離し
「うーん、やっぱり見たことないイラストね」
「別にお前だって、そんな網羅しているわけじゃないだろうがよ」
「アタシ割とユージンのイラスト集めてるわよ? 画像フォルダ見る?」
「いらねぇ……というか、毎週実物にあってるのに画像集めてるのか」
「それはもっと本物のユージンを視ろと言う事かしら? ──ええ見るわ! 穴が開くほどに!!」
「一言もいってねえよ!?」
今でも散々視られている感があるのに、これ以上視られたら本当に穴が開きそうな気がする。
「しかしそんな画像集めているのか。見せてもらっていいか?」
「いいわよー」
ミズホのスマホを覗き込んでいるサヤカに、ミズホがスマホを手渡す。
「おおー……本当にたくさんあるな。ユージンも見るか?」
「いらねぇ……」
何枚あるかわからないし普通に見せてたからアングラ系の画像はないんだろうけど、それでもそんだけあると一般画像でも(精神的)ダメージを受ける画像を引いちゃいそうだからな……
例えば女児向けアニメとかの格好させられてたらダメージ受ける。多分。ユージン君二十代も折り返しに到達してるんで。
ていうかサヤカ結構スワイプさせてんな。どんだけ画像あんだよ。
呆れた気分でミズホのスマホを操作しているサヤカを何とはなしに眺めていたら、急に彼女の指の動きがピタリと止まった。
「どうした」
「いや、ファンタジー系の衣装イラストがあってな……」
サヤカにしちゃ妙に歯切れの悪い喋り方だ。
なんだ? と思ったがすぐにその理由に気づく。
「グラナーダっぽいと思ったのか?」
「ああ、うん」
上目遣いに頷くサヤカに、思わず笑みが漏れる。
サヤカは恐らくグラナーダの事を話す事で、俺が辛い記憶を思い出すと思ったのだろう。気づかいに嬉しくなる。だが、
「大丈夫だよ、グラナーダに関しては」
俺に関してはトラウマに近いものになっているのはあの暗闇だ。グラナーダ、特にそれっぽい衣装はむしろいいイメージしかない。なにせその衣装をした人間に救われてるからな。
「大体その程度でダメなんだったら。要請を受ける訳ないだろ?」
「……そういえばそうだな」
サヤカもこの件に関しては納得してくれたらしい。そうしてもらえる方が助かるな。こっちが気にしていないことをいろいろ気にされると、こちらとしても心苦しい。
ちなみに、今話で出てきた要請に関してだが。これは今日日中にエルネストに入った論理解析局からのものだ。
その内容は、グラナーダの英雄を街で案内する事。
……なんでそんなものが俺達エルネストに回って来たかと言えば、先方からの要請です。
間違いなくあの王子様がいいだしたんだろうなー。俺を完全に戦女神と重ねている(自主規制)王子。
正直ちょっと気が重い。
あの王子様とエンカウントしたのは最初の一回と、こないだの事件の時。だが最初の一回の時は言葉が通じなかったからそこまで長い絡みはなかったし、二回目の時は俺の状態が状態だったので、俺に近寄ろうとする王子をルーティさんが排除してくれていた。なのでなんだかんだでそこまでの接触はなかったんだが……
今回は絡まれるだろうなぁ。
ルーティさんもそうだった通り、グラナーダの英雄たちはやはり基本スペックも高いのか、皆すでにアキツ語を習熟していたので。前回ダメだった分、猛烈なアタックを受けそうな気がする。あ、アタックって口説かれるって意味じゃなくてな? あの王子様が俺に向けてる感情はそういうのじゃないだろう。
どっちにしろ厄介なのは間違いないが。
じゃあなんで要請を受けたのかと言えば──なんだかんだで、あの砦の人たちには世話になったので。特に今回は王子様だけではなくいろいろ世話になったルーティさんが一緒だ。そうなると断りづらい……というかむしろ恩返しがしたい気持ちが強いので普通に受けさせてもらった。
王子様だけだったら、即答で断ってた。
ちなみに、グラナーダの砦が長期的に空くので大丈夫なのかという心配もあったのだが。敵対する召喚士は、すでに3か月近く経つのに未だ発見できていないそうだ。
発見できていない理由は圧倒的人手不足だろう。あの砦からはすでに非戦闘員を中心に結構な人数がロスティアへ移住しているし、そもそも捜索に回れる一定以上の戦闘能力を持った人材が足りていない。さらに言えば機械が動作しないからこっちの住人の協力もなかなかうまくいかない。
これだけの期間が経過すると間違いなく召喚士の力は回復しているはずだそうで、そこから長期間人員を抜いて大丈夫なのかと聞いて見たところ、問題ないとの回答が返って来た。
どうやら例のテレポーターの解析が完了し、使用可能となったそうだ。そしてその片側をグラナーダの砦に設定したので、もう片方をカーマインに設定すればほぼ時間の問題は無くなるそうだ。超便利。ただエネルギーの問題で、さすがにいくらでも使いたい放題ってわけにはいかないらしいけど。
そういうわけで緊急の案件が発生すれば即帰還できるので、今回の1件となったわけだ。
「シーズン中なら要請断ったんだけどな」
期日は2週間後。後期シーズンが終了しオフシーズンに入った後なので、時間的にも余裕があるタイミングだった。休暇を一日潰されるとも言えるが。
「それにしても、お姫様が王子をエスコートすることになるのねぇ。普通逆じゃない?」
「だから俺に余計な属性を増やすのはやめろ!」




