同棲開始(3人)
とりあえず、週末の土曜日に引っ越しをすることになった。
別に問題ないとは思ったんだけど、一応その旨を事前にアキツ側に戻ったミズホに論理解析局に連絡してもらっておいたら、当日立ち合いが来た。
ユキノ・セラス局長が。
ねぇ、なんで局の一番偉い人……というか、ある意味アキツで一番すごい人が来てるの? 暇なの?
ちなみに当人曰く
「問題はないことは確認してありますが。私がいた方がユージンさんも安心できるでしょう」
との事。
いや確かに間違いなく側にいてくれたら一番安心できる人ではあるけど! とはいえたかだか一般人一人の引っ越しに立ち会うとか過保護過ぎませんかねぇ。
というかこっちに戻ってきたらどこから知ったのかヴォルクさんやフレイさん、リゼッタさん、アズリエルの面々やウチのチーム関係者から概ね心配する内容のメッセージがガンガン入っていた。
そのメッセージの傾向的になんか全般的に過保護にされそうな気配を感じて、少し脅威を感じている。特に最初の二人は次に会うときがちょっと恐い。
気にしてもらえるのはありがたいけどさぁ……
まぁそんな感じのメッセージにぽちぽちと返信を返しつつミズホの車で現地到着。引っ越し作業に入った。
大した荷物量ではないので業者は呼んでいない。テレビとか冷蔵庫とかの家電製品は持っていく意味がないしな。いつもの4人とニコニコしているセラス局長だけだ。チームスタッフが何人か手伝いに来ようとしたけど、どう考えても過剰戦力なのでやめてもらった。
とりあえず持っていくのは、衣類と持ち運び可能な電化製品等とか、あと一部の日用品。ほぼ風呂入って寝れる倉庫みたいな扱いにしていたので、あまり私物は置いてないので荷造りはすぐに終了した。4人がかりだと早い。
ちなみにその4人は俺、ミズホ、サヤカ、セラス局長である。何セラス局長まで手伝ってんの?
レオは自分から辞退した。まぁ一応下着とかもあるからネ。あいつある一点を除けばピュアボーイだから俺としては別に気にしないんだけど、人手は足りてたからわざわざやってもらう必要もなかったんで。詰めた荷物を車に運ぶのだけ手伝ってもらった。
……部屋に関する不安感はそれほどでもなかった。一人じゃない事、特にセラス局長がいたのが大きかったかもしれない。ただやはりリビングでは落ち着けなかったから、この部屋で暮らすのは暫く諦めた方が良さそうだ。
そんな感じでちょっと俺が行動をためらう事があった程度で引っ越しはつつがなく進み、1時間と少し程度でミズホの部屋への私物の移動は完了した。
尚、セラス局長は明らかにいる必要のない荷ほどきの方にも参加した上、引っ越し祝いのようなプチ食事会にも参加してから帰って行った。やっぱり暇なんですか?
あ、でも部屋に到着した後なにやらミズホと話してたから、一応用件はあったのかもしれない。
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というわけで、更に翌週の土曜の夜。俺はミズホの家で過ごしていた。
なんで翌週かっていうと、あの引っ越しの日、次の試合がルーベンダインっていう六都市の中で一番カーマインから遠い都市近郊だったんで泊ってないんだよね。引っ越し終わったらそのままチームと合流して現地一泊だったので。
ちなみに試合は勝った。これで3勝4敗。この時点で昇格も降格もほぼ消えているから後は消化試合と言えるかもしれないけど、できれば勝率5割超えはしておきたいところだ。
で、だ。
今週の試合はカーマイン近郊。なので引っ越し後初の夜を、ミズホの家で過ごすことになっているのである。
「……いやぁ、最高だわ。うん、最高。サヤカはちょくちょくこれを見ていたのね」
「ユージンは家にいる時だいたいこの格好だからな」
「制裁が必要ね」
「何故そうなるっ!?」
「後ろで妙な会話するのやめて貰えるか? 手元が狂う」
俺は背後でロクでもない会話をしている二人に背を向けたまま、そうクレームを入れる。手元から視線は動かさない。包丁扱ってるんで。
今、俺はミズホの家のキッチンで夕食を作っていた。
言い出したのは俺自身からだ。何せしばらく週一ではあるが居候させてもらう事になる。こうなってくるとこれまで何度かお邪魔した時と違い、何もしないでいるのは落ち着かない。
ミズホは別に気にしなくていいっていったし、実際泊るのはオフシーズンでなければ月に3日くらいなんでこれまでと対して変わらない気もするんだが、まぁ俺の気分の問題だ。
それにメシはそもそも以前からミズホの要請でたまに作ってたりしてたからな。それを当人の家でやってるだけなので、全般的にこれまでの延長線上だな。
自宅からは調理器具は持ってきていない。ミズホ自身も料理はするから、持ってきたところでダブるだけなので。別にプロの料理人でもないんだから、使う道具や調味料にこだわりはない。
というかすでにここのキッチンで料理した事は何度かあるので、ある程度はもう慣れている。俺は手際よく夕食の準備を進めていく。
「……それにしても素晴らしいわ。あのTシャツの下から伸びる白く細い足。芸術品よね」
「見ていると護ってやらなきゃって感じになるな」
「おうセクハラ発言やめろや」
人の家とはいえこれから何回もお世話になるのに休息できない恰好でいるのは無意味すぎるので、今の俺は自宅にいる時に近い格好をしている。いつものだぼだぼTシャツだ。
さすがに下はショートパンツ穿いてるし、Tシャツの下にブラは着けてるけど。
ミズホが「いいのよ気にしなくていつもの格好で」とかのたまったけど、誰がするか。
あ、ちなみにエプロンも着けている。何故か俺の知らない内に準備されてた例のエプロンな。
「いいわよね、本当にあのラフな恰好。なんというか、この、くるのよ」
「拳握りしめて力強く言ってるところ悪いが、何を言いたいのかよくわからん」
「同棲感が強く出ている」
「成程、それならわかる」
いい加減突っ込み待ちな気がしてきたので、スルーすることに決めた。最後の一品である炒め物を菜箸でサッサとかき混ぜていく。
……今後、ここで料理するときは常にこんなこと言われるのか? と思ってもう作るのやめるかなどと菜箸を操りながら思ったが、よく考えたら今考えた事をそのまま口に出せば余計な事を言うのはやめそうだ。後で言おう。
「よし、完成だ」
野菜炒めも充分に火が通ったようなので、手を止める。フライパンから用意した皿の方へ移してミッションコンプリート。
俺はトレイに完成したものを乗せて二人の待つテーブルの方へ移動する。すでに料理の一部は並べてあるが、つまみ食いという行儀の悪い事はしていないようだ。
──むしろ、つまみ食いして俺の方から視線を外してくれてても良かったんだが。
「ほいよ、これで全部だ」
淡々とトレーからテーブルの上に料理を移していく。
「新妻みたいでいいわね」
「こんな幼い新妻いるか」
「ないとはいいきれないんじゃないか? というか自分で言うんだな」
まぁ身長面だけでみれば俺より小さい人とかは普通にいるからな。
「いいわねぇ、幼新妻」
「これ以上人の属性を増やすのはやめてくれませんかね」
嘆息とともにミズホに言い放ちつつ、俺は束ねていた髪を解いて自身も席に着く。
「おら食べるぞ」
「はーい、いきただきます」
「いただきます」




