ふきふきしましょう
あんなこといったけど、意外とサヤカも看病の手際は悪くなかった。
俺は二人に甲斐甲斐しく看病され、昼過ぎくらいにはミズホの作ったお粥も頂いた(※ふーふー付き)
。
丁度その頃になると薬が効いてきたのか、気が付けば俺は再び眠りの中に沈んでいた。
それからどれくらいたっただろうか。
目を覚ますと、必ずどちらかが近くにいた枕元に人の姿はなかった。
サヤカの部屋にでも移動したのかな? と寝起きのぼぅっとした頭で思ったが、どうやらそういうわけではないらしい。隣の部屋から物音が聞こえる。
どうやら二人で談笑しつつテレビでも見ているようだった。恐らく俺が眠った事で、起こさないように移動してくれたんだろう。
開け放しのドアの向こう側、テーブルを挟んで座っている二人の姿が見えた。
見慣れた部屋の中。だがまるで自分の部屋の感じがしない。
そりゃそうだろう。金髪と銀髪の美人が並んで話している光景が、自分の部屋でのことなんて思える訳がない。
というか、一年くらい前まではそもそもこの部屋に入った人間なんてほぼいなかったから、自分以外の姿があること自体まずありえなかった。最近はそこにいる金髪の方の姿がちょくちょく見かけられるが。
あ、別に俺が寂しー奴というわけではないぞ? そもそも休日なんかはほぼこっちいないしな。少なくともアキツに通うようになってからは誰かを呼んだ記憶はない。
そういう意味ではここ一年ではかなり人が来ていることになるな。サヤカに秋葉ちゃんと金守さん、それに二宮さんとミズホで5人か。元が0だから凄まじい上昇率だ。
しかしこうしてみると美人か美少女しか来てないなこの家。もし俺が男のままだったらあらぬ噂を立てられそうだ。二宮さんはともかくとしてJKにJC(当時)、金髪美人に銀髪美人とかどういうラインナップだよ。
まぁ俺が男のままだったら、彼女達が家に上がってくるなんてことはありえないけども。
ふふふ、悲しくなんかないぜ。ここ数年は精霊使い稼業に身も心も捧げていたからな。
実際の所、そんな相手を作る余裕なんざなかったしなあ……
そんなことを考えつつ、ぼぅっと二人の方を眺めていると、ふとこちらを向いたミズホと目が合った。
すると彼女は立ち上がり、こちらの部屋へとやってくる。
「目が覚めたんだ? 具合はどう?」
言われて自分の体の状態を確認してみれば、寝る前よりはよくなっている、気がする。少なくとも頭痛は大分マシになっていた。なのでそれをそのまま伝えると、彼女は柔らかい笑みを浮かべ、
「そう、よかった。とりあえず体温計ってみましょうか」
そういって体温計を差し出してきたので、俺はそれを受け取り脇の下に突っ込む。
ピピッ
15秒で測定できる奴なので、電子音はすぐに鳴った。
取り出し、数値を確認してみる。
「37.5度……」
「大分下がったわね」
「ああ」
この調子で行けば、もうしばらくすれば回復しそうだ。今日一日くらいは大人しくしている必要はありそうだが。
「おお、熱下がったか。……結構寝汗かいたか?」
ミズホの後を追ってやってきたサヤカが、俺に顔を寄せて言って来る。
風邪ひいてる相手にあまり近づきすぎんなよと思いつつ自分の体を確認すれば、確かに来ているシャツが湿っている気がした。
……気づいちゃうと、なんかべたついて気持ち悪いな?
「着替えるか?」
俺が自分の来ているシャツを見て露骨に眉を顰めたのに気づいたのだろう、サヤカがそう聞いてきたので素直に頷く。
「そしたらついでに体も拭いてしまいましょう。アタシは濡れタオルを用意してくるから、サヤカは着替え準備して」
「了解だ。……衣類はそこの引き出しでいいのか?」
「ああ。寝間着替わりにしているサイズのでかいシャツは上から二段目に何着か入ってるから適当に選んでくれ」
「わかった。下着はどうする?」
サヤカの言葉に、俺は少しだけ悩んでから頷いた。この際折角だから変えてしまおう。
「わかった」
着替えの準備はサヤカに任せ、俺はゆっくりと体を起こす。うん、眠る前よりは大分楽だな。正直これくらいなら自力でいろいろなんとでもなりそうだが……まぁ許して貰えそうもないし、素直に世話になろう。
とりあえずベッド横に置かれていたペットボトルを手に取り、眠っている間に消費したであろう水分を補給していると、ミズホが洗面桶を抱えて戻って来た。
彼女はベッド横にそれを置くと、俺の横に座ってくる。そして俺のシャツに手をかけた。
「はぁい、それじゃユージンちゃん脱ぎ脱ぎしましょうね~」
「やめろその口調」
明らかに幼児向けの口調で話しかけてくるミズホに突っ込みつつも、大人しく脱がされる。ブラは着けていないので、これでパンイチになってしまった。
「……毎回思うが、体に対して立派なものがついているよな」
「セクハラだぞそれ」
「おっとすまん」
言いながら彼女は、洗面桶でタオルをぎゅっと絞っていた。そして水が滴らなくなったところで、それをミズホに投げ渡す。
「それじゃ背中拭くわよ」
「頼む」
頷きを返すと、背中に温かい感触が当てられた。そしてそれがゆっくりと動かされていく。
うん、ストレートに気持ちがいい。
「それじゃ私は足の方を拭くか。布団めくるぞ」
「大丈夫だ」
サヤカの手によってかけていたタオルケットがめくられ、素足が露わになる。
それを見たミズホが手は止めずに呟く。
「……さっきは言わなかったけど、ユージンて家ではセクシーな恰好しているのね」
「セクシーて」
「シャツの下ショーツ一枚だなんて、さすがにガード甘すぎない?」
「人前じゃしねえよ!」
「今、人前ではないか?」
「……今はしょーがないだろー。寝てた時のままなんだからさ」
「ねぇサヤカ。貴女が来てる時もこんな格好なの?」
「いやさすがにショートパンツとかは穿いてるな」
「……ねぇユージン、やっぱり一緒に暮らさない?」
「話の流れおかしくない?」
というかな、今の話の流れだと貞操の危機的なものを感じるんだが?
「なんでよー、今でもサヤカとは半同棲状態なんでしょ? 私ともしていいじゃない」
「半同棲なんてしてねぇよ」
「いや部屋も隣同士だから半同棲といっても差し支えないのではないか?」
「それだとここのアパートに住んでる人間全員と半同棲になるだろ!?」
こっち病人なんだからいらん突っ込みさせないでくれませんかね!?
ちなみにこんなやり取りしている間も二人はきっちり体は拭いてくれている。さっぱりして気持ちがいいです。
「それにしても、こんな格好他の人には見せられないわねぇ」
「あ」
ミズホの言葉に、サヤカが何かに気づいたようで手を止めた。
「どうしたの?」
「いや、ユージン。確か、向こうでもこの格好で過ごしているといっていたよな?」
「そうだけど」
「この格好のままでグラナーダに飛ばされたのか?」
あ。
「えーと」
「飛ばされたのね?」
「………………まぁ」
「どこまで見られたの!?」
なんで"誰に"じゃなくて"どこまで"なんだよ、おかしいだろ。
「心配しなくても見られたのは二人だけ、しかも相手は女性だよ」
見られた相手はルーティさんと、着替えを持ってきてくれた女性騎士だけ。この件に関しては本当にルーティさんに感謝だな。
「ってことはアタシは四番手?」
「そもそもお前には下着姿とか試着でさんざん見られてるし、今こうしてほぼ全裸見られてるんだが?」
「そうね。はい、拭き終わったわよ」
コイツ……病人にいじりはやめてくださいよ。いやきっちりやる事はやってくれて……あ、サヤカさんそこは自分でやるんでいいです!
──なんてまぁそんな感じでドタバタがありつつも、無事体調は回復していき今は深夜。
俺の部屋には穏やかな寝息が聞こえていた。ミズホとサヤカだ。サヤカの部屋から布団持ってきて、二人仲良く寝ている。
昼間寝すぎて眠れない俺は、暗い部屋の中でそんな二人の寝顔をぼぅっと眺めながら、「なんかだんだん浸食されてるなぁ、いろいろと」なんてことを考えていた。




