彼女がこちらへ来た理由
そこからも至れり尽くせりの世話をされつつ、10分程時間が経過して。
寝起きと熱でぽやぽやしていた頭が冷えピタのおかげかようやくはっきりしてきたので、俺は気になっていることを確認する事にした。
勿論、ミズホの事だ。
先程も述べたが、アキツの人間は基本的には日本側へ来る事はできない。それに、先程から彼女が喋っている言葉も気になっている。
──彼女の喋っている言葉は、日本語だった。
「なぁ、ミズホ。お前いつの間に日本語覚えたんだ?」
少なくとも以前サヤカと俺が日本語で会話している時は聞き取れている感じではなかったし、勿論俺とも日本語で話したことなどない。多少は単語をレオやミズホに対して教えることはあったがその程度だ。
こんな流暢に日常会話できるなんて知らなかったぞ。
そんな俺の問いかけに、ミズホはふふ、と笑い
「ここ一年で頑張って勉強したんだよ、アタシ」
と答えた。
「勉強?」
「うん、丁度サヤカがアキツに来たあたりからかな?」
「でも、なんで?」
向こうの世界で暮らしている限り、日本語が必要になるシーンなんてまずない。唯一俺やサヤカのように日本からの彷徨い人に遭遇した時には役に立つだろうが、そんなレアケースのために覚えるには無駄すぎる労力だ。
そう思って怪訝そうな表情を浮かべて聞いた言葉に、ミズホは即答した。
「日本への渡航資格を取るために決まってるでしょ? 一定水準の日本語能力、及び日本に関する知識の習得が必須だもの」
「お前、資格取ったの?」
「いや、資格取ってなかったらなんでアタシここにいるのよ。こっそりこれるような所でもないし」
確かに。
尾瀬さんのように、日本側に来て滞在するのには資格が必要だ。
そしてその資格を取得するには、先程ミズホが話したように日本語に関する知識の他にも過去の素行なども調査され審査の対象になる。更には保証人となる後ろ盾──ぶっちゃけ企業クラスだ──も必要になるから、かなり狭き門の試験と聞いたことがあった。
「詳しい試験内容は知らないけど、それを一年未満で取ったのか。すげぇなお前」
「でしょ~。これも愛ゆえよ」
「なんじゃそりゃ」
「だってユージンがアタシを受け入れてくれる気持ちになっても、生活基盤をこちらから移したくないっていわれたら困るじゃない。だからその時はアタシがこっちに来れるようにね?」
……
「顔が少し紅くなったが、熱が上がったか?」
「うるさいよ」
明らかに解っている顔でそう言ってきたサヤカから顔を背ける。
そりゃこんなストレートな事言われれば顔も赤くなるだろうよ。というか、ちょいと重くないっスかねミズホさん? なんか俺がためらう理由を潰していこうとしていない?
基本的に俺はミズホの事は以前から好意的には見てるし(LoveではなくLikeな)、今のミズホが俺の事を完全に体目当てだけで見ているわけではないというのは以前盗み聞きしてしまったので解っている。
最終的に同性だっていう最大の壁は残るが、こうやって否定的となる部分を一個ずつ潰されていった時俺は最終的にどうなるのだろうか。
……うん、ちょっと熱に浮かされているな。話題を変えよう。
「それで、いつまで滞在するんだ?」
「まだ二種資格しか取れてないから3日間。今回は延長できそうではあるから最大で5日間かな」
「ああ、さすがに一種は無理か」
「そりゃね」
日本への渡航資格は二種類あって、二種は数日間のみの渡航が許可される。尾瀬さんのように長期滞在をするためには一種資格が必要で、当然試験難度はそちらの方が高い。
「まぁ一種もいずれは取るけど」
「マジか」
「目的考えれば当然じゃない」
……話が元の道に戻りそうなので軌道修正、軌道修正。
「そういや今回はなんでこっちに来たんだ? 俺の看病の為じゃないよな?」
サヤカが俺のメッセージに気づいたのは当然こっちに戻ってきてからなわけで、ミズホに伝えるタイミングがない。それに一度サヤカが向こうに戻って連絡したとしても、そんな即座に渡航許可はおりないだろう。
その疑問にミズホはコクリと頷くと、その答えを教えてくれる。
「ユージンが一人で寝るの寂しいと思ってね」
「はい?」
「ユージンが一人で寝るの寂しいと思ってね」
いやちゃんと聞こえてるから二度も言わんでいい。
「そんな理由で申請が通る訳ないだろ」
「通ったよ? セラス局長に頼んだら。あ、勿論さっきのは意訳で、もうちょっとちゃんと文面は書いたけど」
裏ルートみたいなもん使ってんじゃねーか。基本観光とかそういった類のもので許可が下りることはまずないっていうから、正規ルートだったら許可下りなかっただろコレ。
「そもそも、一人寝寂しいなら私がいればよくないか?」
サヤカも妙な事言い出した!まぁこいつは以前から一緒に暮らせばよくないか? みたいなことはいってたけど。
というか、だ。
「一人寝寂しいって、人を子供か何かみたいに……」
「外見上は子供だな」
「それに、まだ不安があるのは事実でしょ?」
うっ。
確かにまだちょこちょこ不安を感じるのは事実だけど、でも数日を経てそれも大分薄らいできた。向こうの世界のように異常な事が頻発しない(最近の俺の周りは頻発しすぎだが)日本に戻ってきたこともあるかもしれない。
「……あの時も、一緒に寝てくれとはいってないからな?」
そもそも目が覚めた時、両側に二人の顔があって変な悲鳴上げちゃったし。
「そこはわかってるよ。さすがに今日は添い寝しないわ、大体今ユージン病人だし。同じ部屋では寝るけど」
「確定事項なのかよ」
「そもそもアタシこっちで泊るところないし。ユージンが泊めてくれないと路頭に迷っちゃう」
「サヤカの部屋があるだろ」
「私も今週はこっちの部屋に泊るから無理だぞ?」
なんでだよ。
「というかそのつもりがあるなら一言断れよ」
「そこはちょっとサプライズしたかったというか。体調崩してるのは想定外だったけど。あと昨日の時点では最終承認下りてなかったしね」
こちらの予定も確認しないのはどうかと思うぞ?
そもそも今俺は会社をお盆休み中なので、今日こうして体調を崩していなければ墓参りに行って来る予定だった。向こう側で学生時代の友人に遭遇すると面倒な事になるから駅からタクシー利用して墓参り、終わったら即撤退というなんか悪いことした人間みたいなムーブする気だったんで日帰りの予定ではあったけど、いかんせん移動時間がかかる場所なので朝方出ていてもこっちに帰ってくるのは夕方だ。その間に来たらどうするつもりだった……あ、普通にサヤカの家で待っていればいいだけですね、はい。こっちの連絡先もサヤカがしってるしな。
「まあ結果として今日やって来て良かったわ。看病だとするとサヤカだけだと心許ないだろうし」
「私だって看病位問題なくでき……」
「その点に関しては感謝するけどな」
「何故だっ!?」
なんというか……サヤカはいろいろと不安がな。その点ミズホはこういった事には信頼置けるので。いろいろ器用な奴だし。
うん、あー、もういいや。いろいろ突っ込んだり考えたりするのが面倒になってきた、頭も痛いし。
結果論だけどこうしてミズホが来てくれたのは助かるので、何も考えずに今日は世話になる事にしよう。




