落ち着ける場所
「これで2勝4敗かぁ……なんか、申し訳ないな」
「ユージンが悪い事なんて一つもないでしょ」
俺がぼそりと呟くと、俺を抱きかかえたミズホがぎゅっと腕に力を込めて体を抱き寄せてきた。
レオとサヤカもそのミズホの言葉にコクコクと頷く。
「今回の件はユージンは完全に被害者だろう」
「こういったことが起こるのが予測できていたならまだしも、何の前兆もなかったんすよね?」
今回俺の身に起きたことに関して大まかな事はすでに論理解析局の方から説明があったらしく、三人は事情を知っていた。
確かに、三人の言う通り今回の俺に非があるかといえば全くない。
例えば、自分で治安の悪い所にいって誘拐されたとか、そういったことであれば不注意な俺にも非があることになるだろう。でも自宅で風呂から出てのんびりしてたら気が付いたら数百km離れた森に移動してたなんて、正直俺にはどうしようもない。
それは分かっているんだけど……自分に不備がなかったとしても急に不在になったことで仲間に迷惑かけた場合、何か自分が悪いことしたような気がしてこない? 俺はちょっとなる。
「ミズホとか、恥をかかすことになっちまったし」
「それは私自身が悪いわよ。まぁ自分でもあそこ迄集中力を欠くとは思わなかったけど」
ミズホは高い集中力で、精度の高い機体と霊力の操作を武器にする精霊使いだ。そんな彼女が集中力をかいてしまえば……どうなるかはお察しだ。
「なんにしろ、ユージンが無事帰ってきてくれたことに比べれば、そんな恥なんて些細な事よ」
ミズホはそう言って俺の髪に頬を擦りつけてきた。
いつにもまして過剰接触だが、今回のこれは心配と安堵の延長にあることは分かっている。
試合に関しても、俺の所在に関しても心配をかけたことだし、俺はもう今日は基本的にはされるがままにすることに決めた。
「ミズホ」
「何? サヤカ」
「後で交代な」
「……解ってるわよ」
何の話? ──いや解ってるけどさ。ペットを構うのを変わってくれみたいな感じでいうのはおやめくださいよ。
今日は暫くは人の温もりを感じ続けることになりそうだ。レオ君大歓喜だな。この状況下でいつもの行動抑制させてたら後ですごく後悔しそうな気がするし、なんなら精神に支障をきたしそうな気がする。
なので、こちらを見て微妙にプルプル震えている男にも言ってやった。
「レオ」
「っス」
「我慢しなくていいぞ」
「……それでは失礼するっス」
俺の事を気にかけてくれているのかいつもの性癖を我慢しているレオにそう声を掛けてやると、レオは懐からスマホを取り出してカメラをこちらへ向けた。
……うん、いつも通りの光景になって来た。
普段は「今日もか……」くらいにしか感じなくなってきているこの光景も、今日に限っては安心する感じがする。ああ、俺は無事日常に帰って来たんだな、と。
ほんの一晩の事だったのに、あの一件はそれだけキツイ出来事だった。って駄目だ、考えちゃ。
トリガーを引いたことで昨日の記憶が鮮明に脳裏に浮かんでくる。
蘇ってきたのは、あのスライムに襲われた時──ではない。
蘇るのは、どこからともかく聞こえてくるうめき声のような音に覚え、当てもなくひたすら暗闇を彷徨っていたあの時間の事だ。
あの時間は、本当につらかった。もし今あの時間と怪物に襲われた時とどちらかを再度体験しなければいけないのであれば、俺は怪物に襲われる方を選んでしまうかもしれない。
ひたすらな闇、持ち物どころか靴さえ持っておらず、そこがどこかすらわからない。あの時間はもう2度と経験したくなかった。
「ユージン?」
「どうした、ユージン」
その事を思い出した事が顔に出ていたのか、それとも体が震えたのか?
ミズホがは後ろから心配げな声を上げ、サヤカは座っていた椅子から立ち上がると、顔を覗き込んできた。
そしてさらに、ミズホが続けて優しい声音で囁いてくる。
「大丈夫だから安心して? なんなら今日はずっとこうしててあげるから」
「いや、何を」
「……無意識なんだ。本当に怖かったんだね、ユージン」
「無意識って何が」
「左手」
左手?
言われて俺は自分の左手が、気が付けば何かをぎゅっと掴んでいるのに気づく。
──握っていたのはミズホの服の袖だった。完全に無意識に、まるで子供が親にどこかにいかないでと縋りつくように強く、彼女の服を握りしめていた。
「あ、ごめっ……」
「いいから」
それに気づいた俺は、慌てて掴んでいた手を離そうとして……だが、その上から被せられたミズホの手により止められた。
更には、もう片方の手も、サヤカの両手で包み込まれる。
それをレオは微動だにせず撮影していた。
──うん、二人のお陰で不安は薄らぎ、そしてオチ担当のおかげで少し冷静になった。
「ありがとう、二人とも。もう大丈夫だ、落ち着いた」
「大丈夫か? 私は一晩ずっとこうしてやっていてもいいんだぞ?」
本気で言っているとわかる顔でそう告げるサヤカに首を振ると、彼女はそうかと頷いて握った手を離した。
あわせてミズホも俺の手にかぶせていた手を元に戻したので、俺も握っていた彼女の服の袖を離す。
「なんというか……情けない姿を見せたな」
「仕方ないわよ、それだけつらい事だったんでしょう?」
そうなんだけど、この中で一番最年長のいい年した男のとる行動じゃないよねっていうか。
恐怖を感じるのは年齢とか性別とか関係ないと思うけど、その結果取った行動がなぁ……俺の精神はともかく無意識に取る行動、どんどん低年齢化してない? そっちの方にも不安を感じてきたんだけど。
「なんかまた顔が曇って来たけど大丈夫か」
「あ、うん。これは全然別の理由なので」
「そうか? ならいいいんだが」
「あーでもそれにしても、今になって考えるとやっぱりユージンうちに住まわせておけば良かったって思うわ。そうすれば一人で泣かせるような事もなかったのに」
「いや、お前たちが一緒だったら別の意味で心配に……ん? ちょっと待て」
「なぁに?」
「一人で泣かせるようなって、なんで……」
「え、だって不安がってすごく泣いてたって聞いたわよ?」
「うぉい!?」
ちょっと待て論理解析局、なんでそんなことまで連絡してるんだよ!?
いや、それ以前にルーティさんも何そんなところまで伝えてんの!? 必要ないでしょ、その報告! プライバシーの侵害だわ!
──いや脳内とはいえ言葉遣いなんだよ、俺!
疲れてるんだな、うん。
「なんか今日のユージンさんいつにもまして表情がコロコロ変わるっスね」
「可愛くていいな」
「はいはい……」
この辺も疲労のせい疲労のせい。疲れてる時ってガードが甘くなるよね、いろいろと。
「あ、ユージン、もしかして疲れてる? もう寝る?」
あ、周りから見てもそう見えたか?
ミズホの言葉に、俺はちょっとだけ考えてから首を振った。
「さすがにまだ眠くは。風呂も入ってないしな。ただずっと車の中だったし、少し横にはなりたいかも」
「じゃあどうしよっか。さっきずっとこうしてようかっていったけど、少し静かに休みたいならアタシ達は一度部屋に戻ってもいいけど」
「……」
「ユージン?」
「あ、いや……できれば部屋にいてくれると嬉しい」
ミズホの言葉に、俺は思わず情けない声音でそう返してしまった。
正直な所、昨日の今日で部屋に一人になるのが少し不安があった。ましてや部屋を暗くしたら、昨日の光景がまたフラッシュバックしそうだ。
だから、少し今日は甘えさせてもらう。
「今日は、この部屋泊ってもらっていいかな……」
今日は、今日だけは皆と一緒にいたい。
その思いから後ろのミズホを振り返りながらそう聞くと、何故か彼女は目を背けてからやや鼻息を荒くして言った
「……今日アタシこの子抱いて寝るわ」
「私もそうしたいのだが?」
やめろ、そこまでしなくていい。というか俺が寝られなくなるだろ、それ!
30万PVと総合ポイント2000を達成したようです。
開始当初は考えてもいなかった望外な数字を達成できたのも皆さまのお陰です。本当にありがとうございます。




