チーム合流
「ユージィィィィィン!」
半泣きのミズホに抱き着かれたのは、ロスティアのホテルのロビーでの事だった。
グラナーダの地を去ることになったのは昼過ぎの事だ。
そんな時間まであそこにいたのは、迎えの車を待っていたため。あの地には当然公共交通機関なんてものはないし、スタッフの交代や物資の補給で行き来している論理解析局の車両もタイミング悪く滞在してなかった。
なので、セラス局長の用立ててくれた車を待つ事しかできなかったわけで。その車両が到着したのが昼過ぎだったというわけだ。
尤も移動時間を考えれば、昼をちょっと回った辺りで迎えが到着したのは充分に速かった方だ。恐らくは陽が昇る前には出発してくれていたハズ。ありがたいことこの上ない。
そんなこんなで、なんでかやたらごつい職員の方が同乗した車の中で揺られて9時間ほど(途中でふと思ったけど、彼らは護衛だったのだろうか?)。陽が落ちて辺りもすっかり暗くなったころに、俺はようやく六都市の一つであるロスティアへと到着した。
ここから先、カーマインまで戻るには更に数時間かかる。それに明日、検査やセラス局長との面談があり、通信で言われた通り今夜は日本へ戻らないことが決まっていたため、今日はロスティアへ滞在する事で話がついていたのだ。明日、局長もこちらへやってくるとのこと。
宿泊場所自体は解析局の方で準備してくれた。
以前ロスティアで泊まった場所に比べるとこじんまりとしたホテルだったが、論理解析局御用達のホテルらしくロスティアの支部に近いし、セキュリティ面も万全とのことだった。
俺としてもカーマインならともかくロスティアに泊まるあてなんてなかったので、この申し出はありがたく受ける事にした。
そしてそのまま車でホテルまで送ってもらい、ロビーに入ったところで先程のミズホのタックルである。
……うん、タックルだったね。それくらいの勢いだった。
その勢いに負けそうになるもなんとか踏みとどまった俺を、ミズホは今度はぎゅっと胸に抱き寄せてきた。それはもう力いっぱい。
──いくら自分にもあるもので、しかもミズホにはしょっちゅう押し当てられているものとはいえ、顔面をそこに埋められてるといろいろアレなんだが?
というか本当に目いっぱい抱き寄せられてるから呼吸もしづらい!
「うーっ!」
「あ、ごめん」
呻き声と一緒にミズホの体を押したら気づいてくれたらしく、謝罪の言葉と共に力が弱まったので俺はミズホの胸元から脱出する。
ただ少し勢いよく離れすぎたせいで、少しバランスを崩して後ろに倒れそうになって──そこで今度は背後が柔らかい感触に受け止められる。
「あっ、すみませ……サヤカ?」
慌てて振り返って謝罪しようとしたら、そこにいたのも顔見知りだった。
「……無事とは聞いていたが、顔を見てようやく心から安心できたぞ」
「本当っス。心配したっスよ?」
そういって安堵の息を吐きながら俺の頭にぽんと手を乗せてきたのはサヤカだった。更にその後ろにはレオの姿もある。
「お前等……なんでここに?」
「ユージンが心配で来たに決まってるでしょ!」
「そういう事だ」
そういって二人が身を寄せてくる。
いや、答えになってない。
ここはロスティアだ、エルネストの本拠や俺達の家があるカーマインではない。それに俺が心配だったとしても、彼らがここにくる余裕などなかったはずだが──
俺は二人の美女に挟まれながら、首だけ動かしてレオに視線を向ける。
その視線を受けたレオは、苦笑を浮かべながら言った。
「説明はするっスけど、とりあえず部屋に移動しないっすか? 視線集まって来てるんで」
「あ」
ミズホもサヤカも目立つ容貌だ。その二人が揃って幼い少女に抱き着いているのはそれは人目を引くだろう。
このホテルは規模が小さいからそれほど今ロビーに人影はあまりないが、それでも0じゃない。というか2グループほどこちらを見てなんかひそひそやってる。
「一応俺等もそれなりに有名人っすから。騒ぎになる前に移動しましょうよ。ほら、二人も心配だったのは分かるっスけど、ひとまず離れて離れて」
……レオが俺にひっついてる二人を離そうとしている、だと……?
そういやいつもならこのタイミングでスマホ取り出してるけど、取り出してないな。レオ君、君ちゃんとTPOを選べる子だったんだね……
なんて失礼な事を思い浮かべたが、よく考えたらレオは事務所とかだとぶっ飛ぶけど表では割と大人しかったな。人間的な評判も悪くないようだし、全く外面のいい奴め。
でも今は本当に助かりました。ありがとうございます。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……試合終わった後、カーマインから直行してきたのかよ」
「そうよ、当たり前じゃない」
露骨な呆れ声となった俺の声に、ミズホがそう返す声はすぐ耳元から聞こえてきた。
俺は今、ホテルのベッドの上、そこに腰掛けたミズホの膝の上に座らされている。
……部屋に入ってから自然な動きで気が付いたらこの体勢にされていた。魔法だろうか。
少しじたばたしてみたら腰に回された腕が引き寄せる力が強くなったので、俺は早々に諦めた今は大人しくしている。
正直な所、今は人の温もりは悪くなく感じる。それに、このくらいの触れあいは正直それほど珍しくないので……
ただサヤカ、こっちの方を物欲しそうな顔でじっと見るんじゃない。ええい、指をくわえるな。
閑話休題。
今は部屋の中に、エルネストの4人が全員揃っていた。
今日は試合日、しかも試合の場所はカーマインだった。本来こんな場所にいるはずのない四人だ。
どうやらミズホ達はチーム経由で今日俺がここに泊まる事を知ったらしく、試合が終わった後わざわざ数時間かけてロスティアまで駆けつけたらしい。
本当に心配かけたんだなと申し訳なさを感じると同時に、ちょっと嬉しさを感じてしまうのがさらに申し訳なさを感じてしまう。
ちなみに、試合の方は惨敗だったそうだ。
基本精霊機装のリーグ戦はよほどの事が無い限りはそのまま開催される。少なくとも一人が不慮のトラブルで参加不能になったくらいでは中止にならないのだ。なので今節のリーグ戦も普通に開催された。
以前俺が倒れて参加不能になった時はミズホも消耗していた事もあり試合自体を不参加になったが、今回の場合は俺以外は少なくとも霊力、機体は問題ない状態だったので不戦敗というわけにはいかなかった。
精霊機装リーグ戦は競技でありエンターテイメントだ、以前のように明らかに試合不可能な状態でもない限り試合放棄はペナルティが発生する。特に試合放映チャンネルの多いBランク以上は。
なのでエルネストは今日の試合もきちんと参戦したわけだが、
「いや、今日のミズホは酷かったぞ。後で試合映像を確認するといい」
「ちょっと、サヤカやめてよ。みなくていいからね、ユージン。今日の試合はその──見ても時間の無駄よ」
「それは否定できないっスね」
苦笑いをしながら、試合展開をレオがざっくり説明してくれる。
元々相手より一機少ない状態の時点で厳しい試合展開は予想されていたんだが、そこに更にミズホのひどい不調が重なったらしい。いつもなら相手が二機いても上手くポジションを取り、勝てないまでも時間は稼ぐミズホが、今日は酷いポジショニングをしてしまい早々に袋叩きにあったそうだ。
その結果、ミズホは試合開始からそれほど待たずに試合から脱落。こうなれば元々一機少ないエルネストに勝ちの目など万に一つもあるわけなく……結果、今期B1リーグの最短記録で試合が終了してしまったそうだ。




