B1リーグ第5節フェアリス戦③
視界を一瞬覆った赤茶色は、すぐに消え去った。モニターの向こうに再び戦場の様子が映し出される。その光景には特に何も変化はなかった。ミズホの機体以外は。
彼女の機体は今、その大部分を赤茶色した何かに包み込まれていた。先程モニターを一瞬覆い尽くしたその色だ。
そして自分では見えないが、俺の機体にも同じものがまとわりついているハズ。
それは、ただの土くれだった。赤茶色の土くれ。
ただし、膨大な霊力のこもった土くれだ。
それを今、俺とミズホの機体が纏っている。まるで鎧のように。
いや、これは鎧そのものだ。
【祝福の運び手】。本邦初公開となる、レオの魔術。
その効果は、防御と補給だ。
こちらの様子を見たリゼッタさんがその動きを止めた。警戒しているのだろう。
──なので、こちらから距離を詰める。
反撃の射撃が来る。その一撃は俺の機体に確かに命中し……だが、霊力のゲージに変化はない。
「【八咫鏡】!」
リゼッタさんに向けて銃撃を行いながら、俺も魔術を発動させる。これでウチのチームは全員魔術を発動させた。後は押し切れるか否かだ。
発動させた八咫鏡は即座に彼女の正面に向けて展開する。これでこちらの霊力弾による攻撃は増幅され、逆に彼女が霊力弾を放っても弾き返すことができる。
魔術の使用で、今度は俺のゲージが減る。だがそれだけだ、立て続けに攻撃を放っているのにその分の減少は見られない。
そろそろあちらも気づいただろう。この土くれに何の効果があるのかを。
そう、レオの魔術によって生み出された土くれは対象者の機体を守ると同時に、その攻撃に使用される霊力を肩代わりする。
Sランクのチームに"聖女"と呼ばれる精霊使いがいる。その彼女の魔術の効果はチームメンバーの霊力の回復。レオはそれに近い効果に対して適正を持っていた。
聖女のように"回復"させられるわけではないが、一定期間の間肩代わりする。ようは霊力の補助タンクだ。
ウチのチームであるミズホと俺の霊力の少なさ……それをフォローすることで戦術の幅が広がるのである。そう、今の様に。
「おおおおおお!」
俺はリゼッタさんの機体を照準内に捉え、雄たけびを上げながら立て続けに攻撃を叩き込む。
こんな距離で撃ち合うなんてのは滅多にない事だ。普段なら焦りを得るところだが、今は昂りを感じていた。
【祝福の運び手】の効果は、当然無尽蔵ではない。レオが込めた霊力に応じたプールを使い切るか一定期間の経過で消滅する。
それまでに出来るだけ相手の霊力を削る必要がある。
さすがに倒しきれるとは思っていない。だがある程度まで削れれば、大勢は決すだろう。フェアリスのメンバーはそれほど霊力が豊富なわけではない。B1としては平均的な枠を抜けていない。
その為にも距離を詰める。勿論近接距離までは近づかないが、向こうが攻撃を回避できない程度の距離までは近づく。
ミズホも恐らくはアルファに対して同様の戦闘を仕掛けているハズ。アイツの場合は得意距離だから俺より上手くやっているだろう。俺はあまり近めの距離はそこまで得意じゃないが、そこは【八咫鏡】でフォローする形だ。
ちなみに事前にシミュレーターで検証していたが、機体を動かすのに使う霊力や魔術に関しては肩代わりされない。どういう分類わけなんだろうな。
とにかく、今は攻める時だ。いつもうちらのチームの試合を見てくれているファンは、今の俺らの戦い方に戸惑っているかもしれない。俺がこんなに前に出て正面から撃ち合うなんて、過去に一度もない戦い方だ。
サヤカは変わらず5振の刀を展開し、素早く飛び回るファニィと激しい格闘戦を繰り広げている。……ミズホの魔術で動きが鈍っているのにほぼサヤカと対等に渡り合っているのが恐ろしい、これがB1上位チームのエースの実力だということろだろう。ただ、開始当初の霊力差のアドバンテージがそのまま今の残り霊力差になっている。このまま行けば勝ち切ることはできそうだ。
レオに関しては引き気味の戦いをしていた。先程まではパネラさんがレオの動きを抑えるようになっていたが、今は逆の立場だ。
魔術の行使によってレオの霊力ゲージは大幅に減ったが、それでもパネラさんと大差ない霊力を残している。
そしてレオは攻撃よりも防御よりの方が得意に成長している。上手く相手の行動を縛ってくれるだろう。
そして俺達は激しい攻撃を続ける。
リゼッタさんは退避することを諦め、全力で反撃をしてきていた。
そもそも今は彼女の機体はミズホの魔術の影響下にあるからな。動きが鈍った状態では逃げる事ができないだろう。そして今の状況下だと位置交換も意味がない。
俺と切り替えるのは完全に意味がないし、ミズホと切り替えてもそこまで距離は空いてないからやはり意味をなさない。ファニィとの入れ替えをした場合は彼女はサヤカに蹂躙されるだけになるし、サヤカは対象にならないよう基本的にファニィの向こう側になるよう陣取っていた。そしてレオと入れ替えれば取り残されたアルファが間違いなく落ちるし、そのアルファとの入れ替えは単純に相手が差し変わるだけだ。
現状で、彼女の魔術はほぼ封じ込めた。ただアルファとの距離が近いのだけが不安要素だが……近づきすぎなければ大丈夫なはずだ。
攻撃を放つ、放つ、放つ。ライフルや滑腔砲の実弾がリゼッタさんの機体を捉え、霊力の弾が【八咫鏡】で増幅され、軌道を変えて叩きつけられる。リゼッタさんの霊力が目に見えて減っていく。
それに対して俺の霊力ゲージは殆ど減っていない。その代わりに機体を動かした際に赤茶けた土がどんどん飛び散っていく。リゼッタさんの攻撃や、俺の攻撃によって霊力を失った土が、ただの土くれに戻りはがれていっているのだ。
恐らく、もってあと少し。土に蓄えられた霊力を使い切れば、彼女の攻撃は俺の霊力を削り始める。彼女の霊力はまだ5割弱残っている。想定より削るペースが遅く、機能停止まではまだ遠い。
爆音が、固いものが衝突する音が響き続ける。
そして、ついに俺の霊力ゲージが削れ始めた。レオの魔術が効果を失ったのだ。
だが俺は、戦い方を変えない。距離をそのままに保ち、リゼッタさんとの激しい銃撃戦を続ける。
レオのお陰で俺の霊力はまだ余裕がある。それに【八咫鏡】のお陰で手数は俺の方が勝っている。その分展開しっぱなしの【八咫鏡】に霊力は削られていっているが……このまま行けば押し切れるハズ──
そう思った時、通信機から声が響いた。
『"猟犬"っす!』
その言葉の意味を即座に理解し、俺はレオ達の方へと視線を向ける。
そこには、電光を纏った灰色の犬が出現していた。その数4匹。突然パネラさんの後方に出現したそいつらは、正面のレオには目もくれず駆け出した──こちらへ向けて。
『こんのっ……!』
レオの怒声。同時に四匹の犬の内二匹が弾けるようにして消滅した。恐らくレオが【祝福の運び手】で残していた土をぶつけてくれたのだろう。だが残りの二匹は止まらず、こちらへ向けて駆けてくる。
【灰色の猟犬】。追尾型の犬型弾を放つパネラさんの魔術。犬の様に見えてあくまで弾だからずっと追いかけてくることはないが、誘導性能があるから大きく動かないと回避できない。
攻撃を加える事によって消失させることは可能だが、動きが速くサイズも精霊機装のひざ下くらいのサイズしかないので銃撃で捉える事は難しい。サヤカの刀なら迎撃できそうだが、今の彼女にその余裕はない。
どうする?
彼女の魔術は命中すると相手にダメージを与えると共に、ほんの数秒だけだが相手の動きを静止させる。
その数秒で、リゼッタさんは一気に近接戦を仕掛けてくるかもしれない。そうしたら形勢が一気に逆転してしまうかもしれない。
俺は一瞬だけ悩み、そして判断を下した。
このまま攻撃を続ける!




