B1リーグ第5節前日③
「厄介なのはリゼッタちゃんよねぇ」
ミズホの言葉に俺は頷く。
先週会ったばかりの少女、リゼッタ・スタンシエナ。幼さを残した可憐さを持ち、実際の年齢もチーム内最年少である彼女だが、今回の対戦相手であるチームフェアリスの中では一番俺達の頭を悩ませる存在となっていた。
その理由は彼女の魔術だ。
「【スワップロケーション】。位置交換の魔術は俺達にとってはクリティカルだよなぁ……」
リゼッタさんの魔術はその名の通り、自身と対象者の位置を入れ替える。
その魔術自体には攻撃力は全くないしバフ効果もデバフ効果もない。だが例えばだ、彼女に強力な魔術による攻撃を放った時位置を入れ替えられたらどうするって話だ。
「ユージンさんの術と系統は一緒っスよね」
「だなぁ。ただ使い勝手は正直彼女の方が上だろ」
同系統というのは要するに、魔術を使わなくても武器になるという事だ。
俺の【八咫鏡】は使用していなくても警戒させることで、相手の行動を縛ることが出来る。もし魔術や全開射撃を行った場合、俺が【八咫鏡】を発動させて相手の周囲に展開させていたらそいつは自爆する事になるわけで、安易な行動が行えなくなるからだ。その結果位置を調整したり、俺の行動を読んだりと余計な事をする必要が出てくる。
要するに相手の行動や思考のリソースを奪う訳で、これは結構大きいアドバンテージになる。逆に何も考えずにぶっ放してくるやつはそれこそ攻撃増幅して跳ね返してやればいいしな。
ま、当然俺としても考えなくちゃいけなことが増えるからリソース喰らうけど、こっちは元々感覚じゃなくてアホほど頭使って戦うタイプなので問題ない。──試合終わった後は以前にもまして疲労がヤベー事も増えたけどな。第三節の試合とか、試合終わったら冗談抜きに足に力入らなくてミズホにおんぶされることになったし(最初レオが抱きかかえると言ったけどミズホとサヤカが割り込んで、最終的にじゃんけんでミズホが勝った。皆元気だね)。いやー、ほんと脳みそ使うだけでも疲労するもんだね。実際は霊力消費による疲労とのコンボなわけだけど。
そんな感じの俺の魔術だが、使い勝手がいいかと言われると微妙だ。
まず問題点として、相手が近接特化だと俺の魔術はただの増幅・軌道変更の役しかなさないため先程いった相手の思考リソースを奪うという効果はガタンと落ちる。実体を持った打撃に関しては意味ないからな【八咫鏡】。
同様の理由で、実体弾に関してもアウト。相手の装備・編成によっては大分効力が落ちてしまうため、その場合全開駆動のコストを負って迄使う意味があるかというと微妙だ。軌道変更に関しては別に【八咫鏡】を使わなくてもある程度できるしな……威力の増幅と攻撃の統合で無意味という程ではないんだけど。
「あちらさんは相手を選ばないからなぁ」
「ユージンの上位互換という事か」
「悲しいけど、正直そうなるな」
向こうの魔術は相手を選ばない。近接だろうが実弾だろうが、位置を変えればいいだけなので有効になる。欠点といえば術者である彼女の位置が変わる事で自分の主戦場とする距離から外れることになるのだろうが、残念ならが彼女は近距離から遠距離まで一通りこなすオールラウンダーだ。どの位置の相手と交換したとしても大きな問題とはならない。
ということはだ。
「ユージンと位置交換されたらヤバイわよねぇ」
「だよなぁ……」
知っての通り、俺は近接系はからっきしだ。上位リーグに昇格するにあたって少し鍛え直す事も考えたが結局焼石に水と判断して得意分野の伸ばす方針にしたので、いまだ接近されればクソ雑魚である。
そんな俺が戦場のど真ん中あたりに位置交換されたら、うんまぁ。
「またタイトルにポンコツが入る記事が乱立するわねぇ」
「近接面に関しては自分でもポンコツと理解しているから、書かれる事自体は気にならないけどな。だからといってポンコツをするわけにはいかないが」
「何か対策はないのか?」
「一応あるっちゃある」
サヤカの問いに、俺は頷き答える。
「厄介極まりない魔術だが、さすがに無制限に使えるわけじゃない。一応発動の条件があるんだ」
「具体的には?」
「一つは距離だな。正確な数値はフェアリスの人間しか知らないだろうが、一応過去のデータから推測は立ててある。ただ推測なだけで確実ではないのが難点だな。能力が成長している可能性もあるし」
「もう一つは速度っスよね?」
「そうだ。基本的に過去のデータを見ても一定以上の速度で移動している相手と位置交換したケースはない。こっちは割と確実性が高いとは思うんだが……」
「それ、ユージンの強みを消すわよね」
「なんだよなぁ……」
俺が一番有利に戦えるのは遠距離だ。距離を取って相手の動きを予測して狙撃する。だが常に動き回っていたら当然狙撃は当てにくくなるし、思考リソースも喰うわけで。
「不確定だけど、距離の方で対応するしかないだろうな。視線が通ってない部位があるとできないらしいけど、エリア的に身を隠して戦うのは無理っぽいし」
「だねぇ……こう考えると、増幅面を除けば本当リゼッタちゃん上位互換だね。可愛さはユージンが上だけど」
「ひいき目が過ぎる……」
客観的に見てもリゼッタさんの方が確実に上です。後今の発言外に漏れたら凄い調子に乗ってると思わてフェアリスのファンにめっちゃバッシングされそう。
「んー、でも私もユージンの方が可愛いと思うが」
「俺も思うっすよ!」
「……」
こいつら世辞で言っていないのが解るので、さすがにこう全員から言われると照れるんだが……ってミズホは写真撮ってんじゃねぇ!
「あーもー、そういう話じゃないだろ! 作戦会議作戦会議!」
「とはいってもな。私は気にしないでいいんだろ?」
「ああ。お前の場合は近接戦闘中に入れ替えられても対応できるだろ?」
「勿論だ」
「それに距離を取られても術で一気に戻れるからな。問題はレオの方か」
「俺の場合は遠距離の場所に移動させられると無力化するっスからね。でもどうしようもなくないっスか?」
「だな……正直がっつり注意するのは俺だけでいいと思う」
彼女を警戒しすぎて動きが鈍るのは、それこそあちらさんの思うつぼだ。
「それに彼女だけ警戒すればいいわけじゃないしね」
「そうっスよね、割とフェアリスのメンバークソ厄介な術が多いっスし」
「そうなのか?」
知識が薄いサヤカに向けて、説明してやる。(ちなみに彼女が不勉強ではなく、キャリアの浅い彼女には慣れるまでこちらから説明や指示を行うスタイルにしているからである。レオの時と一緒だ)
パウラさんは追尾系の攻撃魔術。更に移動制限を掛けてくるデバフ付き。
近接型のアージェス・ファニィは一時的な能力強化。
中距離型のノイエ・アルファはいくつかの制限と引き換えの超高火力攻撃魔術。しかもその制限によるデメリットはリゼッタさんの魔術で大分緩和できるという卑怯臭いコンボ魔術である。
説明聞き終えたサヤカがため息を漏らす。
「……全員厄介と考えた方がいいな。これだけ厄介な術を持つ連中ですらB1なのか……」
「まぁ、魔術は毎試合ぶっ放せるわけじゃないからねぇ……」
「魔術以外のスペックに関しては、まぁ順当にB1レベル。だから上手く魔術に対策できれば勝てない相手ってわけじゃねぇんだ」
基礎スペックでいえば向こうのエースであるアージェス・ファニィが高いが、試合毎に成長しているサヤカなら充分対応できる範囲だ。
「難しい相手だけど勝ちたい所よね。黒星先行は避けたいし」
「そうっスね」
第4節までの俺達の戦績は2勝2敗。
今期でのリーグ優勝はありえない話ではあるし、昇格組としては悪くない戦績ではあるんだがその気持ちは分かる。
「だとしたらとにかく作戦考えないとな。レオの新技も絡めて徹底的に詰めよう」
「むしろ完璧な作戦決まるまで今日は寝かさないぞ❤ とか言ってくれてもいいのよ?」
「言わない。というか徹夜して試合なんかしたら俺は吐く」
「あ、はい」




