B1リーグ第5節前日②
「また新しい属性の界隈のファンが増えちゃうわね」
「属性もファンもどっちも増えねぇよ」
いや自分の職業を考えればファンが増えないってのは言っちゃいけないんだけれども、そういう視点のファンはいらないかなぁ。だってそんなキャラ属性演じる気が欠片もないし、求められても困る。さっきのはほんの気の迷い、気の迷い。
あーでも、ヴォルクさんはどんな反応するか見てみたくはあるな。
……。
……。
いや、なんとなく真顔で説教される気がするな。 うん、アホな事を考えるのはやめやめ。
「ユージン」
「何だ……わぷっ!?」
おかしな思考から脱出しサヤカに名を呼ばれたからと振り向くと、突然顔に何かを押し当てられた。
なんだこれ……あ、タオルか?
押し当てられたのは白いタオルだった。彼女はそれを優しく動かし、俺の額から流れ落ちる汗を拭っていっいてくれる。
「いつまでもこのままじゃ風邪を引く。拭いてやるから少しじっとしてろ」
「いや、だったらタオル貸してくれ。自分で拭くから」
「じっとしてろ」
「いや、だから」
「じっとしてろ」
押し負けた。というかコイツこういう時基本ひかねーから大抵俺が押し負けるんだけど。
なんというか、最近サヤカは本当にこういうちょっとした世話を焼きたがるんだよな。別に当人世話焼きって感じでもないのに(というか日本側での面倒は俺が見ている気がするんだが……)、俺に対してこういった些細な事で面倒を見たがるのだ。
もしかして、外見のせいで俺に対して母性的なものを感じていらっしゃる?
母性というか、姉性というか。
ぶっちゃけ、そういったものを俺に見出している人間が数名いるのは感じ取っているんだけどな。秋葉ちゃんとかもその系統だと思うし。
まぁ、この程度なら別に……だ。慣れていいものかは知らんが、結果として慣れてしまってきているのが現実。
サヤカは、腕やら足やら肌が露出している部分を拭っていく。腕はともかく足はこそばゆいがまぁ我慢。
「……」
あ、気が付けばレオがこっちガン見している。お前さっきの純情モードはどうしたんだよ。
いやもうめっちゃ真顔だし。スイッチが入っていると多少色っぽい格好でも気にならなくなるのか。もうどういうことなんだよ本当にお前の脳内はさ。
「ねぇユージン」
「なんだよ」
「この後、シャワー浴びるのよね?」
「勿論」
ここまで汗かいたのに、そのままでいるのはありえないだろ。シャワーなければ我慢するけど、この事務所にもちゃんとシャワールームは設置されている。
ただ、
「入るのは後でだけどな」
この後またシミュレーター使うかもしれないし、使わなかったとしてもトレーニング設備の方で体動かすのでまた汗をかくのは確定している。今入る意味がない。
「んじゃ、制汗スプレー使う?」
「自分で持ってるから大丈夫だよ」
流石に体動かすのは分かっているので普通にそういったのは持ってきている。
その答えを聞いてミズホはちょっと考え込み、
「それじゃ、シャワーから出た後髪をやってあげましょうか」
「あ、それは助かるな。任せていいか?」
「勿論……ちょっとサヤカ、アタシの事をそんな目で見るのはやめなさい。今は任せたんだからそっちはあたしに譲りなさいよ」
俺の体を拭いていたサヤカが、気が付けば手を止めて不満そうな目でミズホの事を見ていた。だがミズホに肩を竦めてそうやっていわれると一応納得したらしく、再び腕を動かし始める。
そして俺の両腕両足、全部を拭い終えて彼女は立ち上がった。
「さんきゅ、サヤカ。スッキリしたよ」
「まだだ」
「え?」
「レオ、ちょっと顔を背けるか、一度出ていてもらってていいか?」
「……あ。うい、サヤカさん了解っす。目隠しして後ろ向いてるっスよ」
突然のサヤカの指示に、レオは何を考えたかタオルでセルフ目隠しをしてこちらに背を向けた。
「何してんの?」
「いや、さすがにこの先は見ているのは不味いと思うので。音声だけで楽しませてもらおうと思いますっス」
「何言ってんの?……うひゃっ!」
頭沸いたの? と思ったら、突然背中に腕を突っ込まれた。
「何してんの!?」
「汗を拭いているんだが?」
犯人であるサヤカは何を言っているんだという呆れ顔でしれっとそう答えると、背中に突っ込んだタオルを動かしていく。
「いやいやいや待て待て待て後は自分でやるから」
「服を着たまま、この位置を自分で拭くのは難しいだろう。遠慮しなくていいぞ」
「そりゃそうだけどやめやめやめくすぐったい」
「背中弱いわねぇ、ユージン」
「あーっ!!!」
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「しくしく……もうお嫁にいけない」
「ネタに走る余裕があるから大丈夫ね。それに、別にアタシがお嫁に貰うから大丈夫よ?」
「そういう話ではなく」
「そもそも私がやったのは背中と手足だけだろう」
まーね。
流石に胸元まで拭くのは同性でもセクハラでは? と言ったら(どっちからどっちに対してというのは置いておいて)サヤカが素直に引いてくれたので、タンクトップ下の前面は自分で拭いた。流石にこの部分はそのままにしておくのは気持ち悪かったしな。あと臭いそうだし。
その後制汗スプレーもきっちりかけたので、今は大分さっぱりした状態になった。……タンクトップや下着が多少まだ湿っているのは仕方ない。
先程迄セルフ目隠しをしていたレオも、今はそれを外して普通にこちらを見ている。それぞれが椅子に向って腰を降ろしている状態だ。休憩兼、ミーティングタイムである。
「それじゃそろそろ真面目なお話しましょうか?」
「そうっスね、エネルギーも補充しましたし」
「そうだな」
音頭を取るミズホに、そう言葉を返すレオとサヤカ。なんのエネルギーを補充したかは聞かない。というか俺だけエネルギーを消耗した気がする。
「それで、皆さんから見てどうだったっすか?」
なんだかお肌がつやつやしている気がする(多分気のせい)レオが、そう口を開く。
先程述べた通り、今回のシミュレーターを使ったトレーニングの主役はレオだった。
これまで精度の問題から実戦投入を見送っていたレオの魔術。それがいよいよ仕上がってきたので、その最終確認を行っていたのである。
彼の魔術は少し特殊で、ぶっ放しタイプの魔術ではない。だから使いどころなどを上手く考えて制御する必要があるんだが、それを実践に近い訓練を行う事で確認していたわけだ。
その問いに、最初に答えを返したのはサヤカだった。
「私は問題ないと思う。どちらの使い方も及第点には達していた」
その言葉に、ミズホも頷く。
「アタシもいいと思うわ。というかこれ以上を訓練で仕上げるのは難しいかなって。後は実戦の中で鍛えていくしかないと思うわ。ユージンは?」
三人の視線がこちらに集まる。
俺はその視線に対して頷きを返した。
「OKだ。次の試合からチャンスがあれば使っていこう」
「ういっす!」
レオが右手でガッツポーズを決めて、嬉しそうな声を上げる。まぁここまで自分だけ魔術無しで戦ってきたからな、いよいよ使えるとなればそりゃ嬉しいだろう。
「これで戦術の幅が大分広がるな」
「そうね。──基本的には、アタシに使ってもらう形になるのかしら?」
「だと思うぞ。私には必要ないしな」
レオの魔術は、サポート系だ。そしてその効果や目的を考えれば確かにサヤカにはあまり必要ないだろう。むしろ近接と遠距離戦をどちらもこなすミズホのユーティリティ性を上げるのに役立つはずだ。
「ただ、次の試合に関しては俺に使ってもらう可能性も割と高いからな、その辺詰めていくか」
次の試合はリーグ戦第五節。チームフェアリスとの試合だ。




