送り狼
ある意味混乱していた頭が落ち着いた。先程まで頭をぐるぐるしていたことが、全て吹き飛んだのだ。
その上で改めて俺は混乱する。
「え? 結婚て何? どういうこと?」
完全に困惑状態にある俺の言葉に、ミズホはその美しい顔を赤く染め頬に手を当てて答える。
「一目ぼれだったの……」
そう言って顔を覆う姿は非常に愛らしい。
ミズホは知っての通り高レベルの美人で性格もフランクであり付き合いやすい。これまで彼女にそういった感情を抱いたことはないが、いいなくらいは思ったことはある。そんな相手に一目ぼれと言われ告白されるのは正直悪い気はしな──
ん? 一目ぼれ?
俺は引っかかりを感じ、それを言葉にする。
「一目ぼれって……いつからだ?」
「三日前」
彼女は即答する。
三日前──俺が論理崩壊の影響で女の子の姿になった日だった。
これ完全に外見だけじゃん!
いや、一目ぼれだし外見で好きになるってのは別に構わないと思う。だがそれ以前から大体2年半、俺と彼女は同僚として共に過ごしてきたのだ。それなのにこのタイミングで一目ぼれ──そこで初めて好きになったってことは、完全に内面部分ではそういう対象に見られてなかったってことじゃねーか!
しかも、しかもだ。今の俺の外見に一目ぼれということはだ
「あの、つかぬ事をお聞きしますが」
「うん。なに?」
「もしかして女の子が好きな方で?」
「うん」
また即座に回答が帰ってくる。
まぁこれはいい。俺はそういった事に対してはおおらかなタイプな人間だ。いや自分が関わっているのでよくはないけど、とりあえずは置いておく。それより、次の確認事項が重要だ。核心に迫る質問を、俺は口にした。
「ちなみに俺の姿が、実際の年齢に準じた大人のモノだった場合は告白した?」
彼女は首を振った。
……えーと。
ロリコンじゃねーか!
え、待って待って情報量が多い。
精霊使いの同僚で。
雑誌の表紙になったりもしているモデルでもあり。
C1というリーグにいながら精霊使いの人気ランキングでは上のリーグの面々の中に食い込んでいる美女が。
実は女の子が好きで?
しかも幼い姿の子が好きで?
あげく俺に求愛している?
「念のため再確認させてもらうけど、冗談じゃないんだよな?」
「勿論!」
そう言って彼女は身を乗り出してくると、俺の右手を取って両手で握りしめる。その目は大きく見開かれ鼻息も荒い。
あれ、これもしかして俺今ヤバいのでは?
獲物を狙う狼の巣の中に飛び込んでしまった一匹の子羊なのでは。
そう思った瞬間、混乱する頭の中で俺は一つの行動を選んでいた。
「誰か助けふぎゅ」
「すとーっぷ! すとーっぷ!」
叫びを上げようとした俺の口が、焦り顔のミズホの手のひらで塞がれる。
「ふごー!」
「変なことはしないから落ち着いて、ね。隣の部屋の人に聞こえちゃう!」
そう言って空いている手の方で口元に指を立てる。
「ちゃんといろいろ説明するからね?」
そう言って彼女は困り顔で訴えてくる。その瞳に懇願の色が見えたので俺は頷くと、口に当てられていた手をどけさせた。
「……本当に何もしないな?」
彼女はコクコクと頷く。
「合意なしなら何もしない!」
合意アリなら何かするってこと? いや合意はしないけども。
というか完全に別人ムーブになってるのなんなの。普段はどちらかというと飄々としているイメージがあるんだけど、今のミズホは落ち着きがなく、まるで思春期の少女のようだ。そのせいで彼女の言葉の真実味が増してしまう。
俺はとりあえずちょっとだけ距離を取ってから(微妙にあっ……て顔されたけどスルーした)一つため息をついてから彼女に告げる。
「それじゃべ……説明どうぞ」
「うん。まず最初に誤解を解いておきたいんだけど」
「誤解」
「うん、誤解。確かにアタシは小さい女の子が好きだけども」
そこは誤解じゃないんだな。というかさっきから割とオープンにぶつけてくるのなんなの。俺が言うのもなんだけどその辺巧みに隠せればもう少しうまく話を持っていけたんじゃないかと思う。その場合俺は送り狼の餌食になっていた可能性もあるが。
まあいい、話の続きだ。
「アタシは別に小さい子に手を出した事はないんだよ。じっと見ちゃうことくらいはあるけど、子供に対してそういった事をするのはいけないことだって分かってるし、そもそも犯罪だし」
ああ、ちゃんとこっちの世界でもその辺りはそういう認識なんだな。そしてどうやらウチのチームからお巡りさんのお世話になる人間を出す心配はなさそうだ。
「そんなんだから、アタシ恋人や結婚は諦めてたんだよね」
「男とかは選択肢に全く入らないのか? 或いは大人の女とか」
「別に苦手とかそういう事はないんだけど、そういった対象として見れたことはないんだよね……でも、そんな私の目の前に神の御使いが現れたの」
ん?
「意識を失って倒れているその姿を見て脳髄に電撃が走った気がしたわ。まさに最高の造形だった。触れたその体は柔らかくて」
「いや待てお前どこ触った?」
「持ち上げるために背中と膝裏に手を回しただけ! あと起こすためにちょっとだけほっぺつんつんしただけ!」
まぁこの辺りは純粋に助けようとしてしてくれたことなので何か言うことはないか。
「しかし神の御使いて」
「まさに神の御使いよ。あたしの理想の造形」
造形て。
「アタシの為に神が遣わしてくれた存在だと思ったわ。ただそれも時限性のもの、ほんの数日が過ぎればその子は元の姿に戻ってしまう。だからせめて記憶に焼き付けるだけで我慢しようとしたわ」
「お前ここ数日妙に見てくると思ったらそういう……」
というか今俺が着ている服もそういう魂胆か。ああもう思い浮かんでくるここ数日の行動全てがそういう意図のものに見えてきたぞ。
そのせいでミズホを見る目がジト目になるが、彼女はそれをまるで気にも留めずにむしろ恍惚としたものをその美しい顔に浮かべて言葉を続ける。
「だけど、だけど! ユージンには申し訳ないけど、元に戻らないし成長も止まってるって話を聞いてきっとこの子はアタシと結ばれるために産まれてきたと確信したの」
しないで。
「なにせ中身の年齢はアタシより年上だから手を出しても問題なし。戸籍上は男性だから結婚もできる。まさに合法ロリ」
こっちの世界にもあるのかよそのフレーズ!
「だからこれから先、ユージンの事はアタシが護るわ。ね、一緒に暮らそ?」
「お断りします」
「なんで!?」
むしろこれまでの俺の反応を見てどうしてOKが出ると思った? 俺はわざとミズホに見せつけるように大きくため息を吐く。
「そもそもとんでもないことを宣言された直後に、別のとんでもないことをぶつけてくるのやめて貰えませんかね……」
「あー……それは御免。本当はもう少し落ち着いてからにするつもりなんだけど、感情が高ぶって迸ってしまったというか」
「あと、口説き落とすにしろいろいろストレートすぎん?」
「それは多分隠し通せないかと思って、だったら後からバレるより最初から伝えておいた方が印象は悪くならないかなって。あと運命の相手に嘘をつきたくなかった」
悪くはならないかもしれんが、タイミングと内容のせいで決してよくもならんわ。酷い目にあって沈み込んでいる女につけこんで、自分の家に連れ込み落とそうとしているみたいな感じになってるじゃねーか。それとそんな運命は存在しない。
はぁ……
なんかぐるぐるもやもやとしたものはいろいろぶっ飛んでいってしまったが、その分どっと疲れてしまった。もう布団に潜って寝たい。こいつの側で寝るのは嫌だけど。会社まで送らせてまた仮眠室で寝るか……
ああ、そういえば一つ気になる事があるのでついでに聞いておこう。
「ちなみにもし結婚した場合、なんらかの理由で俺が元に戻ったらどうするんだ?」
「離婚します」
清々しいほどに下衆だった。
特にこの後濃厚な百合展開が始まるとかはないです




