B1リーグ第5節前日①
「うぉあっちぃ!」
密閉された空間がゆっくりと開き人が通れる隙間が出来た瞬間、俺はその場所から飛び出していた。
額から流れ落ちる汗を左腕で拭い取る。──その左腕も汗で濡れているので、ぬちゃッとなっただけだった。気持ち悪い。
一応周囲に人目がないことを確認してから、タンクトップの胸元を引っ張って谷間に冷えた空気を取り込んでいく。
うげぇー、胸の谷間とかも汗まみれだ。タンクトップにショーパンと見た目的にはかなりノーガード戦法的な恰好で挑んだんだが、それでもこの有様か。さすがに頭が茹る程の暑さまではいってなかったけど、やはり十数分籠るとこうなるか。
本当ならここでタンクトップを脱ぎ捨ててタオルで体を一回拭きたいところだけど、さすがにここでそんなことをしたらただの痴女である。
俺は、先程まで自分が居た場所を見る。
そこにあるのは、密閉型の大型筐体だった。
内部はそれほど広くはなく、あるのはシートとモニターにいくつかの物を置くためのスペース。
ぱっと見アニメに出てくるロボットの操縦席のように見えるが、そこにあるのは操縦桿ではなくシートの肘掛部分に設置された水晶球だけだった。
今俺達がいるここはゲームセンターやアミューズメント施設ではなく、エルネストのトレーニングルームだ。いつも通っている精霊機装の整備・保管を行っている事務所の方ではなく、チーム規模の拡大により最近になって増やした新規事務所の方だ。
新規事務所の方は整備班以外を除く大部分が務めるオフィスの他に、精霊使い用のトレーニングルームが新設されている。
ここが出来てから、トレーニングが非常にやりやすくなった。スポーツジムのような施設があるのでわざわざ表に行く必要がないからな。注目を浴びるようになった以上、これは非常に助かる。後天候気にせずトレーニングできるのもでかい。前の事務所も一応トレーニングルームあったけど、やっぱり充実度が違う。
尤も今いる部屋にはそういうトレーニング機器はない。あるのは4つの大型筐体と大型モニター、そしてテーブルと椅子だけだ。
その大型筐体の一つが開き、一人の女性が姿を現す。
「ちょっとユージン、汗だくじゃない! 大丈夫?」
「大丈夫だ」
心配そうに声を掛けてくる女性──ミズホに返事を返しつつ、俺は先程まで自分が居た筐体に半身を突っ込んで置きっぱなしにしてきたペットボトルと塩飴を確保。ペットボトルをそのまま口に着けるが当然冷たくはない。……うぉぉ、キンキンに冷えた飲み物がほしーぜ。
「割と際どい格好になっちゃってるけど」
「他に人いないし別にいーわ」
タンクトップも汗塗れなせいか肌に張り付いてミズホの言う通り割と際どい状態になっているが、別にこのまま表に出る訳じゃないしどうでもいい。ここに見られて困るような相手もいないし、チームスタッフも今はここには入ってこないハズ。
「いや、もうちょっと気にして欲しいっすよ」
別の声が部屋の中に響く。
気が付けば残りの二人、レオとサヤカも大型筐体から出てきていた。サヤカは無言で私物の置いてあるテーブルの方へ向かい、レオだけがこちらを見ている。
いや、見てないな。目を逸らしている。顔もほんのり紅いが、これは俺の様に暑さのせいではない。だってアイツの筐体は正常に空調働いていたハズだし。
純情君めー。もう20歳だろお前。
レオは俺とミズホやサヤカがベタベタしているとガン見してくる癖に、俺やミズホが少し際どい格好をしていたりするとこうやって目を逸らす。相変わらずのピュアっぷりだ。20歳とは思えない。
まぁフレイさん程ではないけど。レオは恰好が普通なら別に反応しないしな。
「だから俺がその筐体使うっていったじゃないっスか」
「そういうわけにもいかんだろ」
その純情君がこっちから視線を外して言う言葉に、俺は首を振って答える。
俺以外の3人は特に汗をかいている様子はない。
別に俺だけ異常に汗っかきなわけでは勿論なく、3人の使用していた筐体は普通に空調が効いていただけ。
俺の使用している筐体だけ、その空調がイカレていたのでこの有様である。
「シミュレーションの今回の主役お前なんだから、こんな集中しづらい筐体に乗せられないだろ」
この筐体は、精霊機装のシミュレーターだ。
精霊機装は霊力を機体に馴染ませるという目的もあって本来はトレーニングでも実機に乗った方がいいんだが(サヤカのようにキャリアの浅い精霊使いは特にだ)、当然トレーニングだろうと何だろうと霊力は消費するわけで。試合の前日に一晩で回復できない量の霊力を消耗するわけにはいかず、その結果実機を使ったトレーニングはなかなかやりづらい。
特に全開駆動からの魔術なんて論外だ。というか魔術の使用に関しては一部例外を除きトレーニングでの使用を認められていない。
というわけでシミュレーターなのである。以前のエルネスト事務所にはなかったため、予約を入れて専用の施設に出向かなければいけなかったが、今は昇格により更に順調に増えつつあるスポンサー方のおかげで事務所に俺達専用の筐体を置くことが出来ている。マジ感謝ですスポンサー様方。でもCMとかはあまり恥ずかしくないやつにしてくださいね。
あ、ちなみにリースですこれ。実は購入しようとすると精霊機装以上の金が掛かるらしい。マジか(ランニングコストを入れると最終的には精霊機装が上回るけどね)。
で、そのリース機の筐体の一つなんだが、先週使用した時には大丈夫だった空調が前述の通り壊れていたわけで。
ウチのチームには精霊機装の整備のプロはいてもシミュレーターのプロはいないからリース元に連絡して点検してもらったんだが、どうやら一部部品の交換が必要かつわりと大がかりな整備が必要なようで即日修理というわけにはいかないようだった。
だからといって、大事な前日練習だ。しかも今回はある理由があって全員での連携トレーニングは必須だった。というわけで誰が内部がしんどいことになりそうな筐体に乗るかという話になった時、俺が立候補したのである。
レオを乗せなかったのは今回のトレーニングの主役が彼だったため。そして
「アタシがそっち乗っても良かったんだけど?」
「女を環境の悪い所に放り込んで、自分がのうのうと冷房の効いた中にはいられないだろ」
「あら差別発言?」
「なんでだよ。ジェントルマンと呼んでくれ」
「今はロリ幼女だけどね」
うるせえ。あとロリと幼女で意味被ってないか。
というか、レオはいつまで目を背けてんだ。
俺は別にそういった目で見られるのが嫌なだけであって、そういった意図が無ければ今はもう下着や水着姿でない限りそこまで見られるのはしんどくない。そして今は露出が高めとはいえ普段着である。
……というかあれだな。ここまでアレな反応をされるとちょっと揶揄いたくなるというか。フレイさんだとそういう揶揄い入れるとヤバイ事になりそうだから。
「どうしたんだ? ちゃんとこっち見て話せよレオ」
露骨に行くとミズホ達に突っ込まれそうなので、そうレオに言いながらさりげなくハンカチで胸元を拭くだけにとどめる。別に見せたいわけではないし。ただちょっと反応をね?
なんて思ってたら、反応が別の所から帰って来た。
「あらあら、ユージンが純情な子を手玉に取ろうとする悪い女の子になっちゃったわね」
「ちょ」
今の程度で気づかれるのかよ!
「男を揶揄おうなんて、何かに目覚めちゃったのかしら?」
「いやそういつつもりじゃ……」
あったけどさ!
くそ、ミズホがニヤニヤ見てきやがる、完全に感づかれている。
アホな事考えるんじゃなかった!
更に自分の荷物からタオルを取り出しているサヤカが追撃を掛けてきた。
「ユージンがざぁこ❤ざぁこ❤とか言うようになるのか?」
「絶対に言わねえよ!?」
というか、妙な日本文化を取りいれてるんじゃないよ!
こいつらが馬鹿話をしているシーンが一番スムースに書けます。




