面倒くさい出来事
女性歴も一年を超えて、俺もいい加減女である事に慣れてきたのは以前お伝えした通りだが。
俺が女である事に慣れてきたのは、俺だけではなかった。
周囲の人間も、俺が女であることに慣れて来てしまっていた。
個人差はあったものの、当初の頃はやはり女子更衣室や女子トイレを使う事にいい顔をしない層はわりかし多く存在した。
それに対して俺は別に嫌な気分になったりとかは欠片もなかった。当然の反応だからだ。むしろ望ましいともいえる。
普通にそれまで男だった人間が、いくら外見が少女の姿とはいえ、そういった場所に立ち入られるのはいい気分じゃないし、無防備な姿やそういった音を聞かれるのは良しとしないだろう。
……一部の逆に面白がって俺を更衣室に引きずり込もうとしたお姉さま方は反省してください。
それに俺自身もそういった所に入って、つい余計な所を見てしまう可能性は否定できない。
だからこそ更衣室は使わない、トイレも出来るだけ人がいないところをっていうのをやっていたわけで、それは今もある程度続けているわけだが。
最近はもう全然そういうのがない!
俺が更衣室以外の所で着替えてるのを知って、「なんでそんなことしてるの?」とか言われる始末。
以前Aランクの女性精霊使いとかにもそんな事を聞かれて、「いや目線とか嫌でしょ?」とか答えたらきょとんとされて「なんで? 同性じゃん」とか返された。
ちげーよ、異性だよ中身は。どこまで行ってもそこは変わらねぇよ。
そんな感じで、俺の中身を知っているハズのアキツの人間も最近では普通に俺の事を女としてしか扱わなくなってきた。
勿論まだ一部気にしている感じの子もいるけど、その辺は極少数派だ。
後一部の女性陣、着替え終わってる俺を更衣室に引き込もうとするのはやめろ! 「着替え手伝って上げるね」じゃなくて 着替えはもう終わってるんだよ! 終わってなくても入らないけどな!
さすがにそんな連中は少数派だが。というか以前と面子さして変わらないけどなこの辺り。間違いなく遊ばれている。
ともかく、女性陣の俺に対する態度が完全にそんな状態になってきているので、さすがに最近は気にしすぎも馬鹿らしくなってトイレは普通に使うことにしている。それに対する苦情が来た事もないし……更衣室の方は今も使ってないけど。
ま、こっちの方に関しては実害は特にないので別にいいっちゃいいんだ。
面倒くさいのは、男連中の方も最近は俺の扱いがほぼ女性向けになっている点だ。
気を使われるくらいならまだ問題ないけど、明らかに下心を感じる事が増えてきたのはちょっとアレだぞ。
日本側でも会社の連中とか取引先の連中とかに明らかに下心のある態度を向けられることはある。元が同性だからこそそう言ったところは敏感に気づくので適当にあしらうのだが、これが割と面倒で疲れる。流石に会社の人間や、ましてや取引先の人間にあまり強硬な態度をとる訳にもいかないし。
基本的に多忙極まる注目を集めるようになってしまったアキツに比べて注目度の低い日本側の生活は癒しではあったが、その部分だけに関してはアキツの方がましと言えた。
アキツの連中は中身が男だと知っているからあまりそういう態度に出てくる奴はいなかったし、いるとしても揶揄うような態度だったからこっちも雑に対応できていたので。
だが、一年を経て連中は俺の中身など忘れてしまったらしい。いや、忘れてはいないだろうがその点に対する印象が薄れてきた感じなんだろう。
その結果、連中が動き出した。
そう、ロリコン野郎どもがだ。
超小柄で顔も童顔、そういった格好をすればやや胸の発育のいい小中学生程度の女の子。
だが実年齢は25歳。──そういった関係になっても合法。
最早男としての印象もほぼ残っておらず(元の印象が薄かったからな……)、普通に可愛い女の子に見れる。ならば手を出さないという選択肢はないのでは?
……そんな葛藤が連中の中であったかはしらないが、ここ数ヶ月でいよいよ行動に移す奴が出始めた。
ええ、すでに告白を受けましたよ、二人程から。
一人はA級クラスの精霊使い。一人は……よりにもよってエルネストの整備班から出やがりましたよええ。
精霊使いの方はまだいいけど(告白自体はよくはないが)、整備班の方は顔見知りだからしんどかったぞおい。ちなみに去年の夏俺が水着になった時に腰が引けてた奴だ。やっぱりロリコンだった。
勿論、双方ともお断りした。丁重にだ。
さすがに真剣な態度で言われた場合、相手が男だといえどこれまでの揶揄いのように雑に返すわけにはいかない。特に整備班はその先の付き合いもあるので。
幸いな事に、二人とも半ばダメ元で来ていたらしく、素直に引いてくれた。
──正直な所ダメだと思ったら来ないで欲しいという気持ちはあるんだが、それは言うまい。
少なくとも今俺の前でべらべら喋っている男よりは遥かにマシだからだ。というか比べるのが申し訳ない。
はい、今俺は産まれてから3度目の男からの告白を受けています。
しかもクッソ最低な奴から。
今俺がいるのはリーグ戦事務局の施設の中の一つ。撮影用のスタジオがある場所だ。
基本的にはリーグ戦開催中の取材や撮影は受けていないエルネストだが、以前のエルネスト本社からの依頼のように一部例外は存在する。
その一つが、リーグ戦事務局の公式番組の出演だ。流石にこれを断るわけにはいかない。参戦チームの義務的な部分があるし。
というわけで本日土曜日は、撮影の為にスタジオの方へ来ていた。場所は中央統括区域なので移動の時間がもったいないが、こればっかりは仕方ない。
その撮影も、今はすでに終了している。ただ残りの三人がまだ用件があったため、施設内の一角に設置された休憩スペースで待っていたわけだが……そこで一人の男に絡まれた。
男の名前はベイナイ・リングス。A級ランクの精霊使いである。要するに俺から見れば格上の精霊使いだ。
格上の精霊使いなのだが──今俺が彼を見る目は完全に呆れた顔になっていた。
その視線に気づいていないのか、それとも気づいても気にしない図太い神経の持ち主なのか。彼は戯言を紡ぎ続けるのを止めない。
──早くアイツらこないかなぁ。
彼の言葉を聞き流しながら視線を振るが、今の所その気配はない。
待ち合わせはここにしているから動かなかったけど、今としてはとっとと移動して女子トイレにでも逃げ込めばよかったと後悔している。
いや、今からでも移動すべきだろうか。でも付いてきそうだよなぁ、コイツ。
ここまでしつこいとは……
すでに何度も、俺はお断りをしている。なのに彼は断る毎に話題を変えて話を続けてくる。
特にその途中、女性としての悦びを教えてやれるとか自分はそういったことが上手いとか言い始めたときは正気を疑った。トチ狂っているとしか思えない。元が男とはいえほぼ初対面の女に言う事か?
さすがに俺がその発言に対して汚物を見るような視線を返したら自分がとんでもない失言をしたことに気づいたらしく、話題は切り替えたけど。もうおせーわ。
そもそも最初からダメではあったけどな。
あー、しかしこう考えるとこないだのナンパ少年たちとかは素直で可愛かったよな。
最早コイツの言葉を頭が受け入れる事を拒否しているので、ぼーっとそんな事を考えつつどうあがいても引きそうにないこの男からどこへ逃げれば大丈夫かと考え始めた頃だった。
「あらリングスさん。まだ懲りてなかったんですか貴方」
俺のでも男の声でもない、綺麗な呆れ声が聞こえてきた。




