落ち着かない注目度
「やっぱりシーズンに入るといいっすねぇ」
後期シーズン開幕を控えた週末の土曜日。
久方ぶりにエルネストの事務所に揃った俺達は、次期のリーグ戦に向けて初戦の対戦相手の分析と戦術の話し合いを行っていた。
その話し合いが一段落ついて休憩に入ったところで、レオがそんな事を言い出したのだ。
「この一ヶ月マジで辛かったっス」
「なんだ、そんなに戦いたかったのか?」
俺は漂流の時に対人ではないとはいえ戦闘を経験しているが、他のメンバーは前期シーズン後はとくに練習試合とかもやっていないので一ヶ月実戦をしていない。
ただレオがそう言い出すのはちょっと意外だ。
キャリアが短い分精霊機装に乗るのが楽しくて仕方ないサヤカはちょくちょく早く試合したいと口にしていたが、レオはこれまでそんなことを口にしているのを聞いたことがない。あまりバトルマニアという性格でもないし。
でもまぁ、なぁ。
レオはまだ実戦では使っていない新しく身に着けた力がある。
先の前期リーグ戦ではまだ精度に問題があったので使ってなかったが、この中断期間中もトレーニングで精度は上げていたハズだ。
だから俺はにやりと笑って、
「そんなに早くつかいたいのか、自分の新しい力」
「違うっすよ?」
あれ?
「じゃあ何が良いんだよ」
「いや、シーズンオフだと最近はユージンさん大体表に出ずっぱりじゃないっスか」
「まぁそうだな」
他のメンバーはともかく、週末だけの俺はここ一ヶ月は漂流の件やら撮影やらで殆どどこかに行ってばっかりだった。事務所には殆ど顔を出していない。漂流対応で予定詰まって忙しかったからな。ある程度滞在したのは内部の祝勝会の時くらいだろう。
「でもそれが何だよ」
「ミズホさんもサヤカさんも表だとユージンさんにあまりべったりくっつく事ないじゃないっスか。──供給不足で本当にしんどかったっス」
「おい」
「でも今日は朝からもう……俺の乾ききった砂漠の心に青々とした樹々がどんどん育っていくのを感じるっス」
「いや……そんなに今日はあんまりベタベタしてないだろ?」
「えっ」
待て、なんだその反応。
確かに今は二人はソファに腰を降ろした俺を挟むように座っているけど、さっきまで真面目な話をしていた事もあって今日はミズホも抱き着いてきてないし、サヤカは俺を膝の方に座らせようとかウザ絡みをしてきていない。距離が近いとは思うが、別に同性としては違和感のないいつもの状態だと思うんだが。
「……ああ、もう慣れ過ぎてあの程度のスキンシップだと気にも留めてないんスね……いい傾向っス……」
「何をぼそぼそいってるんだ?」
「何でもないっス。そのままのユージンさんでいて欲しいっす」
「お前は何を言ってるんだ」
「そんなことより、また大変な事になったっスね?」
「露骨すぎる話題転換だなぁ!?」
もうちょっとうまくやれよ。ほぼ直角の方向転換じゃねーか。
「ネット、またユージンさんの話題だらけになってきてますよ」
そのまま押し通すつもりか。
……まぁいい。
レオが何の事を言っているかは明白だ。
先週の日曜日、パネラさんによって知らされた情報。
俺が新たにこの世界現れたグラナーダの民に、戦女神として崇められているという件だ。
日曜日の昼に記事として配信された情報は、瞬く間にSNSで拡散されたらしい。
しばらくはSNSのトレンドワードランキングの上位に居座っていたそうだ。やめてくれ。
尤も流石に俺が女になった時や深淵討伐の時ほどではないらしく、俺を普段あまり意識していない層まで広がる大騒ぎではなく、元々俺に興味を持っている連中の中でお祭り状態になっている状態らしい。
……良かったのかな?
ちなみにこの件、一応あの場にいた人たちには口止めしてある。といっても強く言えるような立場でもないし、手を合わせてお願いしといたくらいだが。
それでもヴォルクさんやフレイさんは「絶対に言わない」と強く誓ってくれたし、他の皆も他言しないと約束してくれた。
実際、記事が出たのはあの後2週間くらいだったので、漏れたのは彼らからではない。というか彼らがそんなことをするとは欠片も思っていない。
そして、論理解析局の人間でもなかった、
異世界の場合、あまり外部に広がると不味い情報がある事も多々あるため、基本的にああいったところへ派遣されるのは口の堅い職員なのだそうだ。
じゃあ、どこから漏れたのかといえば──どうやら、ヴェキア自体から漏れたらしい。
俺達と彼らグラナーダの民が接触してから、あの時点で大体3週間前後。
いまだ敵方の召喚士は発見できていないため、戦闘要員を筆頭に彼らの殆どはまだあの地にとどまっているが、非戦闘員の内アキツの言葉をある程度覚えた何人かが先発としてロスティアの街にやってきたらしい。
漏れたのは、その彼らに対するインタビューらしい。
ちなみにこのインタビュー自体は勝手に行われたものではなく、ちゃんと論理解析局の許可の下りた正当な物。そもそもこういった場合、しばらくは解析局関連の人間が一緒に行動するので無許可は不可能だ。
で、そのインタビューの中であの怪物たちとの戦いの話題が出たときになんというか、その中の一人がヒートアップして熱く語ってしまったらしい。すみません、抑えきれませんでしたと解析局の人に謝られた。
うん、まぁ、仕方ないよ。
襲撃の翌日、帰還するためにあの砦を去る時に泣いたりめっちゃ祈られたりされて、本気で俺に対する彼らの感情ヤバイのは体感したし。
……申し訳ないが、正直当面は近寄りたくない。純粋な好意なのはわかるんだけど、行き過ぎた好意はほんと怖いんだよ。
時間が経過すればそのうち彼らの気持ちも治まってくる……といいなぁ。
とにかく、そっちの方に関しては仕方ない。幸いな事に彼らの数は少ないし、現状街で鉢合わせるということもありえないから実害はない。
問題は最近ようやく収まりかけていた俺への注目度がまた上がってしまったことだが、
「話題になったタイミング的には、まだ良かったな」
「そうねー」
俺の言葉にミズホが頷く。
記事が出たのは最後のオフの日曜日。さすがにその時点ではあまり記事の情報は回っていなかったので、俺への注目度は上がっていなかった。
そしてシーズンインすれば俺は基本的には転送施設と事務所と各試合会場あたりまでしか移動しない。しかもそれぞれの間を移動するのは基本車だし。
後は事務所近辺でちょっと買い物にでるくらいだがさすがにこの辺の人間は概ね顔見知りだから今更だ。
今日ちょっとコンビニ行ったときに、子供たちに女神様だ女神様だと指さされたのがちょっとあれだったけど。こらー、人を指差しちゃいけないんだぞーと言ったら女神様が怒った~と言いながら逃げて行きやがった。クソガキどもめ。
ほんとどんな人生送られたら一介のサラリーマンが、子供に指さされて女神なんて呼ばれるような状況に陥る事になるんだろうな。
こんな人生です。
はぁ。
「どうしたユージン。なんか表情が死んできたぞ」
「はへほ」
頬を引っ張るんじゃないよサヤカ。
──ふにふに揉むな!
顔を大きく振ったらサヤカは素直に手をはなしたので、揉まれたところを俺はさすった。別に痛いわけではないけどなんとなく。
「いいっス……」
お前はお前で本当にカメラ出すのが速いな! お前のそのスキルなんなんだよ!
「全く……まぁ、とにかくシーズン中は実害ないし、気にしないことにするよ。ネットさえ見なきゃ対岸の火事みたいなもんだ」
シーズン中は取材受けないから、この件に関して深く突っ込まれる事もないだろうしな。
後はシーズン終了する頃にはその家事が小火程度になっていることを祈ろう。




