オフの光景
「ユージン、これとかどうかしら?」
言葉と共に渡された服を自分の体に当て、姿見を見る。
……悪くないな。派手さもなく健康的な好みのチョイスだ。相変わらずきっちり俺のツボを押さえている。
「いい感じだな。これも買うことにする」
前期と後期の間の、リーグ戦中断期間最後の日曜日。
俺にとっては後期開始前の最後の休日となるこの日、俺はアキツの街のとある衣料品店にやってきていた。
仕事絡みではなく、完全なプライベートだ。
最近のオフシーズンの週末は大体取材やらCMの撮影が入っていてなかなか自由時間は取れなかったが、今日だけは鋭気を養う意味で完全なオフにしてもらえていた。ありがたい。
なので、ちょっと街に繰り出してみてるわけだ。夏物の服をあまり持っていないので、その辺りを買いに来たのである。
えーっと、後は……あ、これも良さそうだな。
目についた服を手に取り、先程と同じように体に当ててみる。うーん、自分としては悪くないと思うけど……ちょっとまだ自信は持てない。なので、そう言った事に関しては非常に頼りになる同行者へ、そのまま体を向けて聞いて見る。
「なぁミズホ、これとかどうだろう?」
「好き」
即答だけど判断に困る返事が返って来た。
「いや、そういうのじゃなくてな?」
「ごめんごめん。うん、デザインも悪くないと思うわ」
「そっか、じゃあこれは試着行きだな。……顔抑えてどうした?」
「ウッキウキで洋服選んでるユージンの姿が尊すぎて」
そんなウキウキしてたか? 確かにそこそこ楽しんでいるとは思うけど。
「ユージン、以前に比べてこういう買い物とかする時楽しそうにするようになったわよね。以前は割と事務的だったのに」
「この姿になってからもう一年経ったんだぜ。もう女であることや今の外見は完全に受け入れているんだし、だったら楽しめるところは楽しまないと損だろ」
「でも洋服選びとか楽しんでるのはちょっと意外かな。男の頃はあんまり気にしなかったじゃない」
「あー……それは、注目されるようになったからかな」
「見られることに興奮を覚えるようになったの?」
「変な性癖に目覚めたようにいうな。それにそんなんじゃねーよ」
以前、というか男時代の俺はリーグ戦でも下部、特に目立つ経歴や容姿を持っているわけでもなかったから、試合時はまだしも日常ではほぼ注目を浴びるような事はなかった。だから格好もそこまで気にしてはなかったんだけど、今の姿になってからはいろんなシーンで注目を浴びる事が多くなった。
その結果、あまりだらしない格好や似たような恰好をしているのはさすがに不味いので着る服に少し気を遣うようになった。そうなると、どうせなら自分も気に入る服を着たくなるのは当然の結果だろう。そうしているうちに、気が付けば服を選ぶのも楽しめるようになっていた。
今の姿になって一年経った今、そういった感情を否定することはもうない。それは慣れたということもあるけど、俺が気にしていた"元が男の癖に"といった目で見られるといった心配が、殆どただの杞憂に過ぎなかったと気づいた事が大きい。
最初の頃はその辺を気にしていろいろ行動や恰好に気を使ってたんだけど、実際の所俺の事を最初から女だと思っている人間しかいない日本側だけではなく、俺の正体を知っているアキツ側でもそんな目で見られたことなど少なくとも気づく限りでは一度もなかった。
完全に余計な心配だったわけだ。
それにうすうす気づくまでは結構かかったんだけど、気づいてからは自分の心に蓋をするのはやめるようにした。女としてやりたい事があれば素直に楽しもう、そう考えるようになった。
その最たる例が洋服関係というわけだ。せっかく可愛い子になったんだから、映える服を着たいじゃん? フリフリ系とかは好みじゃないから着ないけどさ。
まぁこの姿になって以降オフの時間が大分削られてるから、そういった事は実際はあまりやれてないけどね。シーズン中は普通に精霊機装の訓練とか作戦立案に当てたいからあまりプライベートな時間は取らないし。
でも男だと割と入りづらい雰囲気のスイーツ店も行ってみたいし、レディースしか買えなかったり入れなったりする所もちょっと気になってたりする。それにカラオケ! 自分の声、放送で聞くと自画自賛だけど可愛い声してるんだよなー。この声で男の時はキーが高くて歌わなかった歌とかも歌ってみたい気がする。
ただ、ネットでちょっと調べてみたらあった"女の子になったらやってみたい事ランキング"上位の「女風呂に入る」とか「女子更衣室」に入るとかはやる気ねーけど。
そういう意識で行ったらただの痴漢行為だろう。自分的にはNGライン、この意識は変わらない。
「でも本当に、女の子である事に抵抗は見せなくなったわよねユージン」
「お前から見てもそう見えるか?」
「うん、細かい所とかでもいろいろとね。吹っ切れた感じはある」
「否定はしないな」
「でもさ」
彼女はその言葉と共に俺の後頭部に手を回し、そのまま胸元に抱き寄せた。
「あ、こら、なんだよ!」
顔面に柔らかい感触を思いっきり押し当てられた俺は、慌ててミズホの体を押して身を離す。
彼女はそれに特に抵抗はせず、ただニコニコと笑みを浮かべて
「そう言ったところはちゃんと男の子のままなのよね~」
「当たり前だろ! こちとら24年間男をやって来たんだぞ、そんな簡単に意識変わるか!」
「自分の体にもついているものなのにね?」
「自分の物を自分の顔に押し付けられるか?」
「そういう話じゃなくない?」
そうですね。
でもまぁこのあたりの感覚、自分の体についてるから人のも気にならないってのはちょっと違うんだよなぁ。そもそも自分の胸とか変に揉んだりしないし、ナルシストじゃないから自分の全裸をつぶさに確認しないし。
そして何より男としては24年、女としてはまだ1年だ。意識の中で積み重ねてきた年期が違う。やっぱりまだ俺の意識の中では男の体は同性の体で、女の体は異性の体なのだ。
この辺の意識、5年10年を経て行けば変わっていくのかね?
三つ子の魂百迄じゃないけど、思春期超えて成人までいっちゃってるともうこの意識あまり変わらない気もするけど。
少なくとも男の体を見て何らかの感情を抱く事は一生なさそうだけどな。
「ま、私としてはユージンがどんどん理想の状態に育っていって、嬉しい事このうえないんだけど」
「俺は育成ゲームのキャラクターか何かか?」
「そういえばTS娘の育成シュミレーションが最近発売されたらしいけど、売れ行き好評みたいよ?」
いらねぇよそんな情報。
「お前もやるのかそーいうゲーム?」
「やらないわよ? そんなゲームやるより、ユージン見てる方が幸せな気持ちになれるもの」
うっ。
こないだのサヤカといい、こいつらは本当に……
「あらちょっと顔赤い。アタシの言葉、心に響いちゃった?」
「……うるせ」
「ウフフ、いい傾向。でもほんとユージン、女の子として可愛くなりつつも根幹の所が男であり続けるのって本当に最高なんだけど。一目ぼれした後もどんどん好きになると思わなかったわ。結婚しよ?」
「親友か相棒ラインでお願いします」
「ちょっと! そこは顔を赤くしてうんと頷くか、目を背けて「バカ……」っていう所でしょー!?」
「お前は俺に何を求めてるんだ!?」
それこそゲームキャラとかの反応だろそれは!
「大体、今の流れで俺がうんと言うと思ったのか?」
「いいえ?」
わかってんじゃねーか。
「まぁでもワンチャン頷いてくれたら、そのまま役所にいくつもりだったけど」
選択ミス一つで即死かよ。




