異世界での夜の出来事
すみません、長くなりました
部屋の外、長く続く廊下は薄暗くはあるものの、歩くには充分な光量で照らされていた。壁に等間隔に設置されいるランプによるものだ。
ちなみにこのランプ、油などによる炎ではなく、中でなんかよくわからん淡い光が浮かんでいる。
──産まれて始めてちゃんとした異世界を経験して(アキツは大部分が日本と変わらないのでノーカン)、気づいた事がある。
それは、我々の世界のような科学技術が発展していなくても、文明が発展していないわけではないということだ。
ただ我々の世界とは異なる発展を遂げた、それだけである。
彼らがこちらの世界で発展した科学文明を理解できないように、この世界も俺達が理解できない技術で魔法文明のようなものが発達しているのだ。
それを感じさせるものはそこかしこにある。
炎でもなく電球などでもないこのランプもそうだし、これから向かおうとしているトイレだってそうだ。一度すでに利用させてもらったが、トイレ自体で排泄物を分解して処理する技術があるらしく、水洗式ではないにも関わらずこちらの世界のトイレより臭いがしないくらいだった。
それに食料もだ。
グラナーダがこちらの世界にやってきてから一週間。足の速い食材などはすでにダメになってくるころだと思うんだけど、今日の宴で出された食材は割と新鮮さを感じさせるものが多かった。これに関してはその場でセラス局長経由で確認してみたところ、食料を長期保存するための貯蔵技術もあるとのこと。
初めて体験するファンタジー世界の技術。他にもどんなものがあるのかなと興味津々ではあるのだが、いかんせん会話ができないのがこうなってくるとほんと残念だ。さすがに個人的な興味だけでセラス局長の手を煩わし続けるわけにもいかないしな。後、ここの人たち今の状況見ると会話できたとしてもまともに会話にならない雰囲気あるけど。俺の前に来ると大体興奮しだすし。
こういった異世界の技術、漂流してきた世界がこちらの世界に同化し出すと使えなくなっていくらしいので今のウチに見てみたいところもあるけど……ここはぐっと我慢して、今度誰かに話を聞かせてもらうくらいにしよう。
柔らかさを感じるうっすらとした暖色の明かりに照らされながら、石造りの廊下をゆっくりと進んでいく。先に一回案内してもらってよかった、こんな時間に誰か起こしてトイレがどこなんて聞けないしな。
周囲に人影はない。この階は来賓と幹部級の個室並びに寝室以外の用途の部屋があるだけらしく、一般兵士は基本立ち入らないそうだ。
ふと足を止めて窓から下の方を見れば、わずかだが動く人影が見える。彼らは夜番の見張り役だろう。あの化け物が再び襲ってこないかを夜通し番をしている。
もっとも、当面は襲撃がある可能性は薄いとのことだけど。
あれだけ強力な化け物に襲われてよくこれまで砦を護り続けられたなとも思っていたのだが、どうやらあれは敵方の切り札のようなものだったらしい。あのレベルの敵は召喚士の大部分の力の消費にプラスして、かなり貴重な触媒となるアイテムを使用しないといけないとのことだった。
そう数が用意できるものでもなく、今となっては新しく入手する当てもなくなったことから今後あのレベルの怪物が出現する可能性は限りなく低いようだ。
じゃあ何故そんな切り札を使ってまであちらさんは襲撃をしてきたのかといえば……そこはまぁ俺らが理由だろうな。
どうやら敵方の召喚士、戦いに対して遊戯と考えているような部分があるらしく、これまでは切り札を使うような襲撃はほぼなかったそうだ。だが今回奴の送った怪物をわりとあっさり屠った俺達が現れたせいで焦ったんだろうな。強力な援軍が現れた、更に増えない内に砦を壊滅させるべきって。
その判断は遅すぎたわけだけども。
今後彼らは召喚士の所在を調査し、ケリをつけるために動くという話だった。
まぁその調査が難航してあのクラスの怪物が再度現れても、アキツとしては脅威にならない事は確認できた。今回は6機だけだったが手間取ったが、スタンピードの時の様にSAやBランクの精霊使いが集まれば簡単に蹂躙できるだろう。
一安心という奴だ。
「……う」
窓から吹き込んで来た風に、身を震わせる。夏が近い時期とはいえ、この時間の夜風はさすがに肌寒いか。今はワンピースに下着だけだしな。さっさと用を済ませてこよう。
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「あっ……そういやここにもあったな」
部屋と同じ階にあるトイレで無事用をすまし、部屋に戻る途中の通路でのこと。俺は廊下の壁側に飾られている肖像画に気づき足を止めた。
やや暗めの位置に合ったのと、行きは窓の外の方に意識を取られていたので気づかなかった。
そこに絵が描かれているのは金髪の美しい女性だ。
いや、この言い方だと自画自賛だと取られかねないんだけど。でも仕方ない、率直な感想がそれだし。
そう、その女性は彼らが俺に瓜二つといい、女神と呼ばれるヴェキアの過去の英雄ルクルだった。
俺は肖像画の前に立ち、その姿をじっと眺めている。これまでも何カ所かで彼女の肖像画は見かけたが、状況的にゆっくり見ている余裕がなかったので。
年の頃は20歳前後だろうか。外見的な年齢差があるのでまったく一緒とは思わないが、確かにそっくりではあった。俺の年齢が外見相応で今後成長をしたとしたら彼女に瓜二つになりそうだな、というのは確かに想像できる。髪を染めて一緒にいれば間違いなく姉妹と勘違いされるだろう。
だけど、彼女が俺のベースってことはなさそうだ。
俺の姿が異世界の誰かの姿を写し取ったものではないかというのは、以前ミズホがあげていた可能性の一つだ。俺は瓜二つだと話を聞いたとき、もしかしたら……と少しは思ったのだが、肖像画を見て違う事を確信した。
理由はいくつかある。一つは彼女が過去の人だということ。ただこれはそもそも異なる世界の事を映すという出鱈目な事象なので、過去の人物を映していてもおかしくないかもしれない。
それから髪の色だ。彼女は金髪、俺は純粋な黒髪、全く違う。それにヴェキアの特徴である角も俺にはない。
最後に──胸だ。
その、彼女はなんというか、非常に慎ましやかな体型をなさっていた。写真じゃなくて絵なんだから少しは盛ってやれよと思うくらいに。いや、当人は恐らく気にしてなかったんだろうから余計なお世話なんだろうけど。
20歳くらいの年齢でこの胸だ。彼女が成長する程胸が小さくなるような種族でもない限り、俺くらいの外見年齢の時にこの胸のサイズだったことがありえない。まぁ結局は他人の空似だろう。
世界には3人同じ外見の人間がいるとか言うし、異世界にいたっておかしい話じゃないしな。
可能性として彼女の子孫を映したとかはあるかもしれないが……まぁそこまで考えだすとキリがないしな。
「うん、戻ろ戻ろ」
用をすませたらなんか一気に眠気が戻って来た。俺は自分によく似た肖像画の元を離れ、さぁ部屋に戻ろう──そう思って再び歩き始めた時だった。
廊下に、靴音が響いた。
俺のものではない。誰かが廊下の向こうからやって来ていた。
あ、王子様だ。
こちらのメンバーにはいない、特徴的な白髪と体格で気づいた。この砦の最高権力者がゆっくりと歩いてくる。
えーっと、どうしよ。会釈しながら通り過ぎればいいかな。
これまでの事から別に横に避けて通るのを待つとかはしなくていいだろうと思い、俺は彼とすれ違えるように歩くルートを窓側へ寄せる。
あ、王子も窓側に寄って来た。というかめっちゃにこやかにこっち見てる!
えー、ちょっとどうするんだよー。
再びルートを変える訳にもいかず、結局俺は彼と正面から鉢合わせる形になって立ち止まる。
「────」
なにやら彼は俺に向けて話しかけてくるけど、わからないって。
彼が何を求めているのかわからないけど、かといってこの状態で喋る彼を無視して進むわけにもいかず、仕方なしに彼を見上げたままただ彼の言葉が止まるのを待つ。
すると充分30秒ほどしてようやく話が止まった。
そして今度は、彼は俺の方に手を伸ばしてくる。
えっ、何々!?
思わずビクッとして身を竦めるが、彼は俺の顔や肩に触れるのではなく、手を取っただけだった。そして軽く引き俺の手を前に差し出すようにしてから、彼は俺の前に跪く。
何々本当になんなの!?
意味わからなすぎて、なされるがままになってるんだけど俺!?
一度手を離した王子は、自身の胸元と額に一度手を当てたあと、頭を垂れて額に当てていた手を俺の手に重ねた。そして数秒静止した後立ち上がり、満面の笑みと共に一礼してゆっくりと立ち去って行った。
……
……
……
な ん な ん だ よ!!
意味わからねぇー。
手を取られたとき甲にキスでもされると思ってビビったけど、されなかったのは良かったけどさ。
「異世界の文化ってわからん」
「どうしたの?」
「ぴうっ!?」
突然後ろから声が聞こえて、思わずビクンと体を震わせてしまう。……あれ、でもこの声。
「フレイさん……」
「ご。ごめん。驚かせちゃったかな……」
「いえ、大丈夫です」
正直めっちゃ驚いたけど。トイレへの復路じゃなかったらちょっと危なかったかもしれない。
「こんな夜中に、こんなところでどうしたんだい?」
こんなところでって……あれ、王子様もういねぇ。もしかして理解不能の展開に俺しばらくフリーズしてた?
んーと……いいや、説明しづらいし当初目的だけ。
「トイレに行ってきただけですよ。それで戻りにぼんやり外見てただけです」
「あ、ごっごっごめん」
ちょっと、妙な反応されるとこっちが恥ずかしくなるのでやめてくださいますぅー? 思春期ですかフレイさん。
……あり得るな、この人の場合。




