防衛戦④
浦部さんの号令を合図に、全員が怪物に対して銃撃を放つ。勿論俺もだ。
霊力弾による光だけではなく、実弾の砲撃も撃ち込まれていく。
怪物はサイズこそ精霊機装より小さいものの、その動きは鈍重だ。一流の精霊使い達が放ったその攻撃は、狙い違わず怪物の姿を捉えていく。
だが──
「うわっ!?」
その攻撃など気にもしていないかのように、その周囲に紫色の光が産まれこちらへ向けて放たれた。
俺の機体の周囲でも爆発が起こる。放たれた攻撃がいくつか、精霊機装へと直撃したのだ。
「……アルバさんっ、すみませんっ!」
『お嬢ちゃんは攻撃の要じゃ、気にするな』
俺の方にも攻撃は飛んできたが、それはアルバさんの機体が受け止めてくれた。確かに霊力残量を考えれば俺はもうそこまで余裕はない。数発被弾したらもう戦力外になるので、ここはご厚意に甘えて置く。
放たれた攻撃は精霊機装だけではなく砦の方へも飛来したが、これは浦部さんが腕で受けたため被害は出なかった。しかし、
『さすがのアタシでもそろそろ限界が近いさね』
彼女は、戦闘開始当初からずっと術を発動しっぱなしで砦を守り続けている。俺から見ればむしろまだ限界を見せていないのが脅威だったが、もう猶予はない。彼女の術が切れれば後は砦の防衛に回れるのはヴォルクさんだが、彼こそもう限界間近だろう。
それまでにはあの怪物を倒しきる必要があるが──
『厳しいですね』
攻撃の向こうから姿を現した怪物の姿を見て、パストロさんが呟く。
精霊機装6機からの集中砲火。その攻撃の殆どを被弾したハズの怪物は、だがまだ消失することはなく中空へと浮かんだままだった。
それだけじゃない。あれだけの攻撃を受けたにも関わらず、奴は相変わらず大きなダメージを受けていないようだった。
『奴の持つ"世界の壁"はそんなに強力なのか……?』
「いえ、違います」
驚愕を含んだ響きで紡がれたフレイさんの言葉を、俺は即座に否定する。
"世界の壁"に強弱があるのかは知らないが、強かろうが弱かろうが俺のライフルの攻撃はそれを無視して相手にダメージを与えるはずだ。
だけど、俺が攻撃を叩き込んだ位置。バフォメット部分の腹部の辺りには、ある程度えぐられた後はあるものの、貫通はせず耐えきられた感じだった。全力射撃だったにも関わらずだ。
俺の界滅武装は異世界の存在への特効武装ではあるが、その効果はあくまで"世界の壁"というバリア効果を無視するだけであって、威力が上昇するという訳ではない。
ようするにアイツは、
「単純にベースの防御力がくっそ高いだけですね……!」
奴が鏡獣と同じエネルギー体のようなものならあまりその点も関係ないのだろうが、恐らくあの怪物の体は受肉に近いものなんだろう。だから元の体の耐久力が反映されている……根拠の無い考察だがそんなところだろう。
だが、そうなると厄介だ。
効いていないわけではないから、攻撃を叩き込み続ければ倒せないわけではない。だがここまでの移動で元々消耗していた上に、俺達はこの戦闘開始後はほぼ全開駆動で動き続けている。何人かはそろそろ限界も近い。奴を倒しきるまでの霊力が残っていない。
だとすれば奴の防御力を貫ける攻撃を叩き込むしかないが、生憎今回の面子は高火力型の魔術を使う面子が殆どいない。唯一一人だけいるが、
「アルバさん、貴方の魔術ならどうですか?」
『宙に浮かれているとどうにもな。ユキ江、お主の魔術であ奴を引きずり落とせるか?』
『距離が遠いし、今の残り霊力だとちと難しいね』
アルバさんの魔術は自分の周囲へ展開するタイプだ。強力な分効果範囲も狭いので相手が飛行している限りは無理。
そうなると、あと思い浮かぶ手立ては、
──リミットブレイクコード。
精霊に掛けられた出力のセーフティを外し、限界を超えた威力を発揮させる禁断の手。
正直やりたくない。以前使用としたときは運よく普通の女の子への変化で済んだが、その後に聞いた話を思い浮かべれば今度はまともな影響で済むとは思えない。
ただ前回は後先考えずすべての霊力をぶち込んでの一撃だった。そこまでしなければリスクの可能性は減るか……?
そんなことを俺が考え始めた時だった。
『ユージンちゃん!』
名を呼ばれた。ヴォルクさんの声だ。
そして続けて、彼の声が届く。
『前期リーグの初戦で見せた【八咫鏡】で複数の攻撃を束ねる奴、アレをやったら界滅武装の効果を持ったまま威力を上げれませんかね』
……ミズホと合わせたアレか! 確かにあれなら威力は上昇させられる。複数人で合わせれば高火力魔術レベルの威力も出せるかもしれない。
だが、特効効果はどうなんだろう? さすがに判断は聞かないので、有識者に聞くことにする。
「セラス局長。今ヴォルクさんがいった手法、いけますか?」
『行けます。界滅武装という属性は非常に強いものですから、複数の力を統合した場合その属性が最優先されます』
──希望が出てきた。
実は【八咫鏡】は先程出した後は消していない。なので後は、
「私の銃撃に合わせてもらう必要がありますけど、いけますか?」
『行けます!』
一名から即答が帰って来た。
『ユージンちゃんの事は完璧に研究済みなので! 完全に合わせてみせます』
ちょっと恐い気もするけど、今は頼もしいセリフだ。
『というかお嬢ちゃん、アタシらちょっと甘く見てないさね? ここにいるのはアタシも認める一流の連中だよ?』
「そでした」
余計な心配は不要って事だ。
「そしたら、3カウントで撃ちます。0のカウントに合わせてください。多少のブレなら大丈夫なので」
各機から了解の声が帰ってくるのを待って、俺はライフルを構える。
怪物の攻撃は当然続いている。だがヴェキアの英雄たちが遠距離から攻撃を続けているのもあって、攻撃の数は分散している。こちらに飛んでくるものは浦部さん任せだ。……本当にとんでもないな、この人。
なので俺は攻撃だけに集中。
「3」
奴は自分の防御力に絶対の自信を持っているのか、回避をする様子は全く見せない。
「2」
好都合だ、狙いの調整をしないで済む。
「1」
その自信をぶち抜いてやる。
「0!」
引き金を引いた。
同時に【八咫鏡】のレンズに向けて光が伸びて行き──それがすべて重なり合って、一本の太い光となる。
その光は怪物の半身を飲み込んだ。
どうだ……!?
これ以上の火力を出すとしたらそれこそリミットブレイクするしかない、
祈りを込めて、怪物がいた場所を見る。光が消えて、その跡には──
上半身、バフォメット部分を失った怪物の姿が残っていた。
「よしっ!」
思わず歓声を上げる。が、そこに浦部さんの怒声。
『まだ動きがある! もう一発さね!』
確かに、半身を失ったにもかかわらず残された下半身部分はまだ動いていた。なので俺は再びカウントを行い、追撃の一撃を放つ。
そして、その光が消え去った跡には、今度こそ何も残っていなかった。
「終わ……った?」
その呟きに対する回答は、鈴を転がすような局長の声で提供された。
『走査しましたが、これ以上の存在は確認されません。戦闘終了です、お疲れ様でした』
「終わったーっ!」
思わず叫びをあげてしまう。直後に「可愛い……」って事が聞こえた気がするけどヴォルクさんかな。ちょっと声が違った気がするけど。
とにかく、まずは全開駆動状態を解除。モニターに表示される自分の霊力ゲージを見たら残り4割を切っていた。本当にギリギリのラインだったな。
あー、体が怠い。とっとと機体から降りて地面の上でもいいから横になりたい。
『皆、お疲れ様さね』
「お疲れ様でーす」
『いや、本当に疲れましたね……これ今日の帰還は無理ですよね』
パストロさんの言う通り、当初予定の日帰りはもう無理だろう。正直消耗しすぎた。バッテリーも残量厳しいから途中からは全開駆動で行く必要があるだろうが、それには今度は霊力が厳しい。一度休息を取らないとどうしようもない、
『まぁ防衛戦に協力した形だし、寝る場所くらいは貸してもらえるだろう。……それでいいですよね、局長?』
『元々数名滞在で話をしておりましたし、一日くらいであれば受け入れてもらえるでしょう。承知しました、イスファさん。調整はこちらでしておきます』
『よろしくお願いします』
一泊かー。これは有給休暇一日追加かなー。
『いやー、しかしそうなるとお嬢ちゃんはこの後大変さねぇ』
「ん? 何がですか?」
いきなり浦部さんにそんな事を言われて聞き返すと、彼女はクックッと笑いながら
『昔の英雄に瓜二つの娘が自分達を護って大活躍したんだから、この後の反応は推して知るべしさね』
「あっ……」
『蠅共を一掃したのも、最後にアイツを屠ったのもお嬢ちゃんだからね』
「あれは、私の力だけじゃないですし……」
『はたからみてれば、まぁお嬢ちゃんが中心人物さね』
「……あの、実はあの一撃は浦部さんの力だったとかには……」
『ならないねぇ』
すっぱり切られた。
「……私、明日出発までここに居ようかな」
『トイレはどうするんですか?』
パストロさんから、的確な突っ込みが入る。
当然漏らすなんてわけにはいかないわけで。
うう……




