防衛戦③
爆発が起き、人の姿がその中に飲み込まれる。
一瞬スプラッタな状態が頭の中に浮かんでくるが、次の瞬間にはその爆発の中から吹き飛ばされる感じで人影が出現した。
見た感じ、少なくともどこかが欠損しているような感じではない。また吹き飛ばされてその姿は放物線を描くように飛んで行ったが、その途中で態勢を立て直し速度を落としながら落ちて行ったので死んではいないようだ。他の英雄たちがそちらを一瞥した後フォローに行く事をしなかったので、間違いないだろう。
残りの英雄達は二手に分かれて、それぞれがある地点を目指して飛んでいく。一つは先程目指していた位置、もう一つは狙撃が射出された位置。双方とも脇目を振る様子もなく真っすぐに突っ込んでいく。目標を明確に捕捉している動きだ。
後は順当に彼らがそいつらを掃討してくれれば──
そう思った時、森の中から二つの異形が空中に向って飛び出した。
蠅ではない。
一つは、蜘蛛のような8本脚の生き物だった。ただ胴体部分は蜘蛛ではなく馬のようなものに近い。
もう一つは、漫画家何かで見たような……そうだ、バフォメット! 山羊頭の悪魔によく似た姿。
その二体は勢いよく飛び出し、そちらへ向かっていた英雄達の横をすり抜けると、空中で衝突した。
は?
「って、うわっ!?」
意味不明の行動に思わず一瞬意識がフリーズしてしまい、その結果こちらに向かって来ていた蠅を捌くの忘れて突撃喰らった。アホかな?
いや、それよりもだ。
衝撃で一度外してしまった視線を先程の方へと向け直す。
その空間には一体の怪物が存在していた。
そう、一体だ。二体いた怪物は、一体になっていた。
下半身は蜘蛛のような8本脚の怪物の物。その頭部分にバフォメット擬きの上半身が生えている。
なんだろう……なんだろうこれ、出来損ないのアラクネ?
とりあえず造形的に……さっきの二体が合体したんだよな?
その異形の怪物(いや、元の姿も充分異形だったが)に向けて、周囲を囲うようにして一斉に英雄達が動いた。
炎、雷、更には武器を持っての突撃。立て続けに攻撃が叩き込まれる。が、
「効いてない……?」
いや、まったく効いていないということはないだろう。炎や雷撃はともかく叩きつけられた光の剣は、怪物の体に傷を付けた。ただ、付けただけだ。切り裂いたと言えるほどではなく、とても大きなダメージを与えたとはいえない。
逆に斬りつけた光の剣の持ち主、確か将軍のジャズという壮年の男性。その体に、突如産み出された半透明の紫の何かが叩きつけられ、爆発が巻き起こる。ただ、その爆炎の中から飛び出してきた彼は大してダメージを負っている様子はなかった。きっちりガードをしたのだろう──
『お嬢ちゃん、注意力が散漫さね!』
「……っ!」
モニターに映るその光景に意識を奪われていた俺は、突如通信機から流れ出た怒声に身を震わせた、
『まずはアタシ達がやる事はこの蠅たちを落とす事さね!』
「……っ、すみませんっ!」
浦部さんの言葉の通りだ。狙撃元の怪物が姿を現し彼らヴェキア達と交戦に入った以上、そこまで向こうに注意を払う必要はなくなった。それにあの形態になってから、その周囲に蠅が出現する気配はない。
ということは、俺達がすべきことはまず蠅を一掃することだ。どうせ彼らが接近して戦っている以上、向こうへの援護はできないのだから。
自分の頬を左手でぺしっと叩いて気合いを入れる。俺が向こうに気を取られていたのはほんの十数秒程度だろうが、戦闘中では短い時間ではない。その間他のメンバーに負担をかけてしまった。
働かないと!
残る蠅の数は十数匹。浦部さんとヴォルクさんを警戒しているようで、やや引き気味の位置から隙を狙ってはこちらに集団で突撃を掛けてくる。
流石にこちらはトップクラス(俺除く)の実力者ばかりなので、それをうまく捌いてはいるが……いかんせん速度が速いので落とすのには手間取っていた。
一撃で落とせれば苦労はしないんだが、異世界の存在である以上"世界の壁"がある。それを無視できる俺のライフルを除けば、一撃ではまず落としきれていない。
だとしたら、一撃で落とせる状況に持っていく!
「タマモ、【八咫鏡】」
一度消していたレンズを再び発動させる。
倒しても倒しても次から次へと増える状況ではただ消耗するだけなので一度消してはいたが、増加しなくなったのならこれの使いどころだ。
「一気に削ります! 撃ち漏らし、よろしくお願いします!」
そう通信機に向って告げると、即座に皆から了承の言葉が帰って来た。それを聞きとげて、俺は発動したレンズへ向けてライフルを構える。
狙う角度は上向け、正面に向って放つとその向こう側で戦うヴェキアの英雄達まで巻き込んでしまう。だからそちらへと影響は与えないように細心の注意を払い角度を調整。
イメージした効果の範囲内に、出来るだけ蠅が入るのを待つ。
視界の中、低空飛行をしていた蠅がこちらに突撃してくるのが見えたがこれは無視。そのルート上にアルバさんの機体が消えたからだ。あっちはアルバさんが何とかしてくれると信じ、俺はタイミングを待つ。
それは、ほんの一秒間の中の一瞬。
──ここだ。
効果範囲の外を飛んでいたグループが飛び込んで来た瞬間、俺は引き金を引いた。
再び、視界が光に包まれる。
とはいえ、今回は先程より範囲も分割本数も絞っている。先程までの脱力感はない。
そして、光は瞬く間に蠅たちを飲み込み、そのまま天へ向けて伸びて行った。
「よっし!」
総てを巻き込めたわけじゃないから完璧とは言わないが、出来る限りの最大限の効果だ。
発射時に低空を飛んでいた三匹を除いて、宙にいた蠅たちはその総てが体の一部を抉られていた。特に羽を貫かれた個体に関しては飛ぶことが出来ずに墜落し、待ち構えたフレイさんやアルバさんにとどめを刺されていく。
なんとか飛行している連中も、体の一部を失った状態ではこれまでのような素早い飛行はできず、ヴォルクさんやパストロさんの銃弾に撃ち落とされていた。
10数匹いた蠅たちは、瞬く間にその姿を青い空の下からかき消された。
……いやぁ、自分でいうのもあれだけどすっげぇなぁ俺。
正確に言うと魔術と武装がすごいんだけど、こと異界のエネミーや鏡獣相手にするなら間違いなく最強クラスだろう。まぁヒーローになりたいわけではないから本当はリーグ戦で勝てる力が欲しいんだけど、それはそれとしてやっぱり役に立てるのは嬉しい。
さて、残るはあの合体怪獣だが──
戦いはまだ続いていた。状況は、
『芳しくないようじゃな』
通信機から聞こえてくるアルバさんの言葉の通り、順調とはいいがたい状態だった。
相対するヴェキアの面々の数は4人で変わっていないし、大きなダメージを負っている様子もない。
問題は、相手側だ。
立て続けに攻撃を叩き込んでいるにも関わらず、相手側にもまた大きなダメージが入っている様子がない。
攻撃が通っていないわけではないのだが、どれも怪物の巨体からみれば大した傷にはなっていないのだ。
この調子では、相手を削り切る前にヴェキア側のスタミナが切れるのでは? それに最初にやられた一人は戦線復帰していない。一度直撃を喰らえばそれだけのダメージを喰らうという事だ。
状況が悪すぎる。このまま戦っていても戦局は悪化していく一方だろう。
だったら──
そう考えたのは俺だけではなかった。むしろ俺がそう思いついたときにはすでに行動に移していた人物がいた。
再び、戦場にセラス局長の声が響き渡る。
そしてその声に応じて、ヴェキアの英雄たちが攻撃を続けながらも一気に怪物から距離を取った。
『よし、全員アイツに攻撃をぶち込みな!』




