異世界の王子
「いえ、ちゃんと物理崩壊という事象と、それが原因で貴女が元は男性であることは説明しましたよ。ただ……」
「ただ?」
「彼らヴェキアは実際には更にいくつか異なる種族に別れており、その中に幼少期から青年期に成長する際にその時の精神状況により性別が反転する種族がいるらしいのですよね。なので性別変化に関してはさして驚かれていませんでした」
「マジですか」
そんな種族もいるのか……まさにファンタジー世界って奴だな。俺が言うこっちゃないけど。
あ、というか。ちょっと気づいたんだけど。
そういう種族の方々がいるなら、俺にそういった性癖を向けて来てる方々の注目はそっちにいくんじゃないか? それこそ俺みたいな紛い物じゃなくて天然物のTS種族になるわけだし。
ふむ。
「セラス局長。その種族の方々はこちらの世界には……?」
「それほど数が多くない種族ではあるらしく、この砦にはいないそうです」
「ア、ソウデスカ」
うん、知ってた。わかってたよ。というかあれだよね、特殊性癖の人たちの視線を他の人に押し付けようとしちゃいけないよね、うん。
「……なんでそんな落ち込んどるんじゃ? 自分と似たような経験をした者に会いたかったのかの?」
「あー、ちょっと違います。大した話じゃないので気にしないで」
こちらの顔を覗き込んでそう聞いてきたアルバさんに首を振って答えていると、その横で浦部さんが怪訝そうな顔で口を開いた。
「だとすると、途中で彼らが一度お嬢ちゃんの方を見て驚いた様子を見せたのは何でさね?」
「年齢の事ですね。こちらの世界では子供も最前線で戦っているのかという話をされたので、彼は立派な成人ですよと説明したところ非常に驚かれました」
そっちか……性別が変化するような特殊な種族はいるのに、ハーフリングみたいな種族はいないんだな。
ん、まてよ?
「セラス局長」
「なんでしょうか」
「先程戦女神ルクルに瓜二つといってましたけど、そのルクルって人物って子供だったんですか?」
小柄な種族がいなくて瓜二つっていうならそういうことだよな? そう思って聞いて見たが、セラス局長は首を振った。
「いえ、普通の成人女性だったようですね。外見年齢自体は離れているようです。なので、転生体か子孫なのではないかと疑ったようです。否定はしておきましたが」
「転生体?」
「グラナーダでは、強い力を持った存在はたまに記憶を保持したまま新しい生を受ける事があるそうです」
なるほど。話を聞くほどどんどんファンタジー感が増すな。
「とりあえず詳細に説明をして、ユージンさんがそういった存在ではない事は納得していただけたと思いますよ。ホロウさんは最後まで疑っていたようではありますが?」
「ホロウというのは誰の事さね?」
「あ、すみません、その辺りを説明していませんでしたね。ホロウさんは先程の若い男性の方です。彼はトルキラの王子で、この砦の総指揮官になるそうです」
「えっ、嘘っ」
思わず言葉が口をついて出てしまい、俺は慌てて口を押える。
「? どうしました?」
「いえ、何でも」
ぷるぷると首を振っておく。
だってさ、顔面強打君がまさか王子さまで一番偉いとは思わないじゃん。しかも2回目に地面に顔面強打した時とか、思いっきり他の二人に雑な扱い受けてなかった?
「それより、他の二人の立場はどうなんですか?」
とりあえずごまかす意味で、そう聞いておく。王子にあんなことをしているあたり、立場が気になるのも事実だし。
「若い女性の方はルーティさんと言われるそうです。貴族のご令嬢で、ホロウさんの副官を務めているそうで。もう一人の男性の方はジャズさんで、将軍職の方です。実務上の責任者の方となりますかね」
……明らかに部下的ポジションだと思うけど、王子にあんな扱いして不敬罪的なものにならないのだろうか?
ルールの違う異世界の事でそんな心配しても仕方ないんだけどさー。
「お三方がこの砦でのトップという事になりますね」
「成程ね。でもだったらわざわざ話し合わなくても、この場で決定できたんじゃないさね?」
「砦全体に関わる重要事項は英雄級全員で話し合って決定するのがルールなんだそうです。ただ今回すでに過半数が同意していますし、状況的に考えても事実上はほぼ決定のようですが」
「とはいえルールはルールということじゃな」
アルバさんの言葉に、セラス局長は頷いた。
「それで、この後はどうするんさね?」
「頻繁に通うには距離が遠すぎますし、幸いな事に友好的な相手ですのでまずは回答を頂くまで待ちですね。その結果、アキツ側に合流するようでしたら私とスタッフはしばらく残って細部の調整に入ります。その場合は浦部さんとアルバさん、よろしくお願いします」
「了解さね」
「了解じゃ」
「え、何の話ですか?」
詳細な説明もなしのセラス局長の言葉に、だが二人は躊躇なく頷いた。
何の話かわからず浦部さんとアルバさんを見上げて聞くと、浦部さんはポンと俺の頭の上に手を置いて答えてくれる。
「元々アタシらは、交渉が順調に進んだ場合は護衛としてしばらく滞在する予定だったんさね」
「え、私何も聞いてない」
「残るのはワシとユキ江だけじゃよ」
「お嬢ちゃんは日本の方で仕事があるさね? こういうのは暇なジジババに任せておけないいさね」
「その婆さんな、強すぎてずっとメディア出ていたせいで最近は聞く事もなくなってきて大分暇になってきてるんじゃよ」
「あんただって暇だろうジジイ」
「ウチのチームはそもそもメディア出演は控えめじゃからな。それにメディアが求めているのは秋葉と千佳子じゃからあの二人がおらんとワシは呼ばれんよ」
そういって二人で豪快に笑う。
「そういうわけで、私とお二人、それに一緒に来ているスタッフ3名が居残りですね。ユージンさん達は方針が確定したらお話しました通りキャンプ地まで引き返して頂き、明日帰還して頂いて大丈夫です」
えーっと……
いいのかなともう一度二人の方を見上げると、浦部さんが頭をくしゃくしゃと撫でてきた。
「若いのに細かいこと気にしなくていいさね。そんなに会社を休んでいるわけにもいかないだろ?」
「……すみません。でもお二人の実力は理解していますが、大丈夫ですか? 友好的とはいえ未知の種族の本拠地ですよ」
確かに彼らにはこちらを害する気配は今の所全く感じられないが、それでもやはり全くのアウェイでほんの数名だけというのは不安がある。
だがセラス局長はその俺の心配に、笑みで答えた。
「大丈夫ですよ。私自身にも身を守る手段もありますし、ちゃんと緊急時の手段もありますから」
「えっと、それはどういう」
にっこり。
「あ、はい。なんでもないです」
聞いちゃダメな内容な訳ね。
「それじゃ、私は回答が来次第機体に戻って帰還ですかね」
「そこまでまだ遅い時間じゃないし、少し残っててもいいんじゃないさね? 向こうの連中も多分食事の場くらいは設けると思うよ」
「針のむしろになりそうな気がするから嫌です……」
間違いなく視線が集中するのが目に見えている場所だ、出なくていいならそれで済ませたい。
「おやおや、残念がられそうだねぇ。特に王子様にさ」
俺もそんな気がするけども。
でも俺はそういう役目でここに来ているわけじゃないので。話をまとめるのに俺がいた方がいいなら協力するけど、話がまとまった後なら護衛という理由がない限り付き合う理由がない。
「よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げて、すっぱりお断りする。
「あはは、仕方ないさね」
「それで局長、話し合いとやらはどれくらいかかると言っておったのじゃ?」
笑う浦部さんの横で、アルバさんがそうセラス局長に聞いた時だった。
──激しい振動と共に、爆音が響いたのは。




