二世界間会談
青年が進み出ると、こちらを囲もうとしていた人間は一斉に立ち止まった。
そして全員が頭を垂れようとするが、それを押しとどめて青年が周囲の人間に対して語り出す。
……うん、だから何を言っているかわからないから。
視線をセラス局長の方に向けたら小さく頷かれたので、多分特に問題のあることをいっているわけではなさそうだけど。
周囲の人間達は青年の話を聞き終わると一度頷き、それから全員がこちらに向けて左胸に手を当て右手を顔の前に立てるという仕草をして立ち去って行った。ねぇ、その仕草何? なんか拝まれたみたいな感じがするんだけど?
まぁ、いいか。何か誤解があったとしても、この後のセラス局長の説明で解決するだろうし。
とりあえずいまだ視線は感じるものの、それは全て遠くからのチラ見になったのでさして気にならなくなった。この程度の見られ方ならしょっちゅうしているからな、もう慣れた。
俺も成長しているんだぜ。
……って、ん?
振り返ろうとしたら、目の前に手が差し出されていた。
その主は、青年だ。彼は顔に微笑みを浮かべて、俺の方に手を差し出してきていた。
えっと、差し出し方的に、握手かな?
ここで握手を求められる意味がわからないが、どうも先程の周囲の反応を見る限り彼はそれなりに高い立場の人間な気がする。
だとしたらスルーは不味いよな。
一応ちらりとセラス局長確認。
……特に反応なしと。だとしたら握手して不味いなんてことはなさそうだ。
だったら、よくわかんないけどいっか。
彼に向けて右手を差し出すと、彼は笑みを強くして俺の手を握ってきた。強くではなく、俺の小さな手を包み込むような握り方だ。そして、
「え、ちょっと」
彼はそのまま、俺の手を引いて歩き出した。
力を入れれば振り払えるかもしれないけどそういう訳にもいかず、俺はそのまま他のメンバーを抜いて最前列まで連れていかれる。
え、なんなの?
振り返れば、セラス局長がちょっと困り顔になりつつも笑っていた。浦部さんに至ってはククッという擬音が浮かびそうな笑いを浮かべている。アルバさんはよくわからん。
あ。
視界を塞がれた。というか、俺の後ろに壮年の男性が移動してきた。
更に、左側には女性が。右側には青年。
え、なんで俺囲まれてるの?
ちょっと理解不能の状況にきょろきょろと周囲を窺うと、目が合った女性が笑顔と共に前を指し示した。
……このまま進めと?
ポジションがなんか重要人物のそれなんだが? 俺多分このメンバーの中で一番下っ端なんだが?
あ、進まないとだめですか、はい。
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結局そのまま歩かされ、俺達は大きな建物の中の一室に通された。
──途中で気づいたんだけど、俺をこのポジションで歩かせたの多分さっきみたいなことにならないためだな。あれから移動する先々で視線を集めたけど、最初の時のように人が集まってくることはなかった。
この3人、立場的にはそれなりのポジションにありそうなので、その3人によって案内されている(俺的には連行の感覚だったが)俺は重要な来賓にでも見えていただろう。そんな相手に駆け寄るなんて当然するわけない。
実際は下っ端なのにねー。重要な来賓は後ろにいる綺麗なお姉さんですよー。
まぁでもじろじろ見られることもなかったし(ちらちらは見られたが)助かったけどね。
そんな俺達が招かれた部屋は、立派なテーブルといくつかの装飾が飾られた部屋だった。恐らく来賓向けの部屋なんだろう。
そのテーブルに、異世界人側は若い男女が二人、こちらはセラス局長が座って会談が始まった。
異世界人側の壮年の男と、こちら側の俺含む3人は立ったまま後ろに控える感じだ。こういうの、会談における部下とか従者のポジションらしくてそれっぽい。……俺の身長だと目線が座ってる青年たちとあまり変わらないのがアレだけど。
因みに何故か俺も椅子を進められたんだが、丁重にお断りした。やだよ、話している内容も分からないのにそんなポジションに座るの。
──実際問題として、会談は俺達3人にとっては退屈なものだった。
いや、重要な話してるのはわかるよ? ただ何一つ喋っていることがわからないんだよ。
これが例えば英語とかなら多少はニュアンスでわかりそうだけど、さすがに異界の言語とか何一つとしてわからんわ。
ところで青年がちらちらと俺の方を見てるのはなんですかね。あと一回目を見開いてたけど、真実を教えてもらったかな?
そんな調子の会談は、だが思ったよりは早く大体30分程度で終了した。まぁ会談というか、お互いの情報共有がメインだったらしいが。
異世界人3人が部屋を出て行った後、セラス局長は入手した情報を俺達に説明してくれた。
漂流してきたこの世界の名前は、グラナーダ。見ての通りの魔法と怪物の世界だそうだ。
ヴェキアと呼ばれる種族と、エニモアと呼ばれる種族の闘争が続く世界。
ヴェキアが先程の角を持つ彼らで、エニモアというのは……話を聞く限りは魔族的な存在っぽい。
この砦はそのグラナーダに存在するヴェキア側の国家の一つ、トルキラの物であり、エニモアと戦いの最前線の場所。
確認する限りは、こちらの世界に転移してきたのはヴェキア側はこの砦にいる人間のみ。範囲が広いから全体は確認できていないが、最前線という立地からして恐らくは他にはいないだろうとのこと。また少なくともエニモア側も、彼らが戦っていた相手がこちらに来ているのは確実だという。
敵対するエニモアの存在は一人。
「たった一人だけなんですか?」
「ええ。確実にこちらに来ているのが確認出来ているのは、一人だけだそうです。ただ、その一人がこの砦の戦力のすべてを相手しているそうで」
「全員を……?」
この砦に滞在しているヴェキアの数は大体200名程。ただその大部分は非戦闘員で、実際に戦闘を行えるのは
英雄級 5名。ヴェキアの中でも突出した戦闘能力を持つ存在で先程の3人もここに含まれる。俺達の前で見せたように飛行をしたり、魔術を放って攻撃を行う存在で戦闘の要だそうだ。
それから、騎士級が25名。彼らも同じように戦う事が可能だが、英雄級に比べると大分実力は落ちるらしい。
すなわち、戦闘可能なのは30名のみ。他はあの化け物を相手できるレベルにはないそうだ。
決して数が多いとはいえないが、それでも一人で相手をするには厳しい数だろう。だが、それが可能な理由が存在する。
「召喚、ねぇ。いわば鏡獣……"異界映し"を産み出す力みたいなもんさね?」
「原理としては違うでしょうが、生じる事象としては同種でしょう。ただ、体のベースがその術者の力となっているため、鏡獣よりは強力な存在になると思います」
「ワシらを襲撃してきた怪物も、その召喚された存在じゃったのかの」
セラス局長は、こくりと頷いた。そしてそのまま言葉を紡ぐ。
「こちらサイド。ヴェキアの方々には漂流の事等今回の事象に関する事は、一通り説明しました。これから主要なメンバーで話し合うとのことでしたが、恐らくは我々に庇護を求めることになりそうだとのことです。少なくとも敵対することはないと明言されていました」
「それは良かった」
ちょっと安堵のため息が出る。雰囲気的にはそちらの方面に向かっているのは分かっていたが、なにせ異なる世界の住人。文化の違いから決裂する可能性も想像していた。
実際の所は、向こうとしてはわずか200人で見知らぬ世界に投げ出された状態だ。選択肢は殆どない状態ではあると思うが、明確にそういう話が出たのなら一安心だ。
そうして胸をなでおろしている俺の様子を見て、セラス局長がうふふと優雅に笑った。
「……なにか?」
「いえ、話が順調に進んだのはユージンさんのお陰な部分が大きいんですよ」
「俺の?」
「はい。きっと戦女神ルクルに瓜二つの姿である貴女のこの世界に来たのも、きっと何かの導きだろうと」
「ちょっとまって、その件ちゃんと説明してないんですか!?」




