女神降臨?
「外部スピーカーをオンにしてもらえますか?」
「了解です」
セラス局長の指示に従って、普段滅多に使う事のない外部スピーカーのスイッチをオンに切り替える。
精霊が融合してる時は大抵の事は思考だけで操作できる精霊機装だけど、音声関係の操作だけは何故か手動なんだよなぁ。なんでだろ、意図せずオンして通信誤爆するのを防ぐためなのかな。
「どうぞ」
そう伝えると、セラス局長が身を前に乗り出して喋り出す。
その口から出てくるのは……日本語でもなくアキツの言葉でもなく、何を言っているのかさっぱりわからない未知の言語だ。マジでこの短時間でこの世界の言語を解析したのか……
とりあえず、余計な事をしないように大人しくしておく。後はセラス局長任せだ。
見ている限りセラス局長の動きに合わせて樹の上の3人にも反応しているのが見える、確かに言葉は通じているっぽい。
……
……
いや暇だな。
することがないし、喋っている言葉も分からないから今の状況もわからない。かといってモニターから目を離すわけにもいかないし、他の機体の人たちと通信で話すことも出来ないしなぁ。
そんな状態が数分続いたときだろうか。ふとセラス局長達の会話が途切れた。
向こう側に大きな変化はないので話が物別れに終わったというわけではないだろう。
どうしたのかと思ってセラス局長の方を見ると、彼女は手元の端末をいくつか操作した後にこちらを見返して来た。そして口を開き、
「ユージンさん。ハッチの方を開いてください」
「は? さすがに危険ではないですか?」
当然の懸念だ。精霊機装の外に出れば完全に無防備になる。現状彼らも武器を構えているわけではないが、もし彼らが先程城塞の所で放っていた雷撃などをその身で放てるのであれば、距離があっても危険なことに代わりはなくなる。
だが、その懸念にセラス局長は首を振った。
「大丈夫です、彼らにその意思はありません。それにもしそのような事になっても、もう対策は施しましたので」
「対策?」
聞き返したが、笑顔だけを返されてしまった。そしてセラス局長はそのまま言葉は足さずに、じっとこちらに向けて笑顔を向けてくる。
にっこにっこ。
……はい。
「わかりました。本当に大丈夫なんですね?」
彼女が改めて頷いたので、俺は覚悟を決めた。
「タマモ、コクーン解除して。それからハッチオープン」
操縦者の中の人間の命を精霊使いの霊力が残っている限り護るコクーンだが、これを展開したままハッチを開くことはできない。なので先にその解除を指示し、それからハッチを開かせる。
ガタンと音が響き、ゆっくりとハッチが動き出した。同時に外の世界の光景がモニター越しではなく直接視界へと入ってくる。
横ではセラス局長が体を固定していたベルトを外していた。……もしかして降りるつもりなのだろうか?
椅子から離れると、彼女は開いていくハッチの前に立つ。
そしてハッチが開き切った。
前に立つセラス局長の向こう、肉眼で異世界人達の姿が見えた。ちょっと距離があるのではっきりとはわからないが、目が合った気がする。
そう思った瞬間だった。
三人の表情が変わったかと思うと、その中の一人、若い男が突然枝から飛び立った。
──文字通り、飛び立ったのだ。
足場を失ったはずの若い男はだが下に落下することもなく、そのまま空中を滑るようにこちらに向かって飛んでくる!
ハッチを閉じてコクーンを再展開するのは、どう考えたって間に合わない。なので機体の腕を操作し──ダメだ、これも間に合わない! せめてセラス局長をと慌てて固定用ベルトを外し彼女の前に飛び出ようと席を立とうとした、その時だった。
男の姿が視界から消えた。
同時。機体のちょっと下の方に何かが衝突する音が聞こえ、その後に何かが地面に落ちる音がする。
……ええと? 何が起きた?
状況が理解できず中腰のまま動きを止めた俺の視界の中で、枝に残っていた二人が慌てた様子で木を飛び降りていくのが見えた。それに合わせてセラス局長が、彼女にしては珍しく厳しい顔でそちらに怒声を飛ばす。
んーと。
「……大丈夫なんですか?」
さすがに判断に困りセラス局長に聞くと、彼女は異世界人に向けていた表情を一変させていつもの柔らかい笑みに戻してから答えてくれた。
「ええ、大丈夫です。今向こう側はこちらに平謝りしています。突撃してきた彼に関しても、何故そのような真似をしたのかはわかりませんが、害意はなかったのは確かです」
「突然姿が消えましたけど、局長が何かをしたのですか?」
「事前に彼らの魔術のようなものを無効化するようなフィールドを展開しておきました。なので彼は途中で失速して──そのまま機体の方に激突したようですね。まぁこちらに落ち度はないので大丈夫です」
さっきの音それか、いたそー。結構な勢いだったけど、生きているのかなアレ。
あと、何その謎フィールド。今更この局長のすることを深く追求する気はないけどさ、こういうの見てるともうこの人一人でいいんじゃないかな? とか思えてくるよな。
「いえ、直接物理的な攻撃などを受けてしまうと私としてはどうしようもありませんので、一人では無理ですよ」
ひえっ……心を読まれた!?
「心なんて読んでいませんよ?」
読んでるじゃないですか!
「読んでないですってば、ユージンさんの顔に考えてる事が出過ぎなだけですよ」
絶対嘘だ、そんなレベルじゃないでしょ今の。
でも言い続けたところで認めてはくれそうにないので諦める。とりあえず彼女の側では妙な思考だけはしないようにしないと。
それに今は、そんな事より確認すべきこともあるしな。
「ええっと……とりあえずさっきの彼は無事なんですか?」
「大丈夫みたいですね、すでに立ち上がっています。おそらく身体強化の術なども使っているようです」
おおう、ファンタジー。でもとりあえず一安心か。こっちに落ち度がなくても、死人がでたらいろいろごたごたするだろうしな……。
「対話は続けるんですか?」
「勿論。それが今回の目的ですし」
今の一連の流れを見ても躊躇いもなくそう答える辺り、先ほど言っていたフィールドとやらはよほど信頼のおけるものなのだろうか。
「あちらも、今の様な事はもうしないと言っていますし」
「信用できるんですか?」
「嘘は言っていませんよ。あ、ただちょっと待ってください」
セラス局長はハッチから身を乗り出し、下にいるであろう異世界人達と言葉を交わしだす。ちゃんと捕まっているとはいえ、割とすれすれの所に立っているのでちょっと見てて怖い。一応落ちそうになったらすぐ支えられるようにちゃんとこっちも立ち上がって、
「ユージンさん」
「わっ!?」
そのタイミングで急にセラス局長がこちらを振り向いたので、思わず椅子に尻もちをつきそうになった。が、なんとか肘掛に手をついて踏みとどまる。
「な、なんですか?」
こちらを見るセラス局長の顔には、困惑の色が浮かんでいた。
「えっと……?」
「いえ、先程の行為に関して理由を問いただしたところ、どうやらユージンさんの顔を近くで確認したかったようなんです。それで今も、顔を見せて欲しいと」
「私のですか? 下を覗き込めばいいですか?」
「はい」
どういう意図があるのかよくわからないが、とりあえず俺は左手で髪が流れてこないように首元で抑えると、右手で機内の壁に捕まり、今日スカートじゃなくてよかったなと考えつつ下を覗き込む。
再び、先程の彼らと目が合った。……なんか青年の胸元がちょっと赤くなっているけど、鼻血か何かの後だろうか。あの勢いでぶつかって鼻血だけならまぁ運がいいと言えるかもしれないけど。
とりあえず、言われた通りに顔を晒す。
すると、先程と同じように彼らの表情が豹変した。これは……驚愕か?
そしてその中の一人、青年の表情はもっとわかりやすい変化を見せた。
歓喜だ。
青年は俺の顔をみた瞬間顔を歓喜に染め、こちらを指さすと何かを叫んだ。
──が、当然何言ってるのかはさっぱりわからないのでセラス局長の方を見ると、彼女は少々困った顔で、だが教えてくれた。
「ニュアンス的に……女神とか聖女的な者が再臨したようなことを言っているようですね」
はい?




