接触
とち狂った事を言っていたヴォルクさんだったが、言葉自体には従ってくれたので俺達は改めて進行を開始した。
霊力の問題があるが、バッテリーの問題もある。バッテリーが切れても全開駆動なら動く事は可能だが、そうすれば結局は霊力の枯渇が早まるだけだ。
帰路の事を考えれば霊力にしろバッテリーにしろ半分以上は残しておく必要がある。帰路でも当然同じくらい消費する上に、さっきのような襲撃を受ける可能性だってあるからだ。そう考えれば最終目的地をだんだん近づいてくる砦の様な建造物だと設定しても、それほど余裕があるとはいえない。
……まぁ、一番余裕がないのは俺なんだけど。
先程魔術を使った二人は精霊使いの中でも霊力量がトップクラスだから、まだまだ俺より余裕がある。他の面子は俺と消耗が同程度でしかないので、やはり俺より余裕が残る。
うん、素直に守られておこう。
進むにつれて、森はだんだん深くなっていく。目指す砦は、その森の中に立っているようだった。
今進んでいる道はそちらの方角へ向かって伸びており、森の中を強引に進む必要はなさそうだった。道幅がそこまで広くないので、このまま進んで森の中に入っていくと一列に並んで進む必要が出てきそうなのがちょっとアレだけど。
先程戦闘があったところからしばらく進んだが、今の所砦の方にはなんらかの動きは見えない。こんな鋼鉄の巨人が近寄ってきたら騒ぎになると思ったけど、あんなデカブツの化け物が普通に存在する世界だ、それほど自分達のような存在も珍しいものでもないのかもしれない。
そして、いよいよ森の中を貫くようにして伸びる道へと突入しようとした時だった。
「皆さん、停止してください」
移動中は殆ど端末か機体のモニターとにらめっこ状態で喋る事の無かったセラス局長が、唐突に身を乗り出すと通信機へ向けてそう告げた。
「何かあったんですか?」
そう問いかけると、セラス局長は小さく頷いた上で再度通信機に向けて口を開く。
「全員その場で待機を。武器は構えないようにしてください。ラムサスさん、浦部さんはいざというときに術を即使用できるようにしておいてください」
『──何かいるさね?』
「はい。現状は明確な敵意ではなく、こちらを探っているようです。恐らく人型の生命体と思われます」
セラス局長の言葉を聞いてモニターに表示されている範囲をくまなく見回してみるが、それらしき姿は見えない。
外部を映しているモニターが現状これしかないのでセラス局長もこれしか見ていないハズなんだが、どうやって見つけたんだ?
……なんてことを思ったが、よくよく考えたらこの人認識阻害やら記憶改竄などをサラリとやってのける人だった。そういやさっきも化物が出たときに意思の疎通がどうのとかいってたし、その場にいる生物の頭の中を読むくらいはやってのけそうだよな。それが彼女の能力なのか、それとも異世界から流れ着いたアイテムの類なのかはわからないが(漂流などで流れ着いた特殊な道具は大抵はアキツに来た時点で機能を停止したりするが、稀にその機能を失わないものがあるらしい)、できてもおかしくない。
まぁでもこの件は他言無用なので。恐い事になるといやなので口にはしませーん。
「ユージンさん」
「ひゃい?」
いかん、余計な事考えている時に急に話かけられたから声が裏返った。
「……どうされました?」
「いえナンデモナイデス。それで、なんでしょうか?」
「そうですか。それでは、ユージンさんだけ機体を前に進めて頂けますか。15歩ほどで構いません」
『ユージンさんだけですか?』
俺が聞き返す前にフレイさんがそう問う。
「ユージンさんだけです、相手側に敵意無しを示したいので。現状敵意は感じられませんので大丈夫かと思いますが、もし攻撃があった場合は浦部さん、ラムサスさん、防御の方をお願いします」
『了解した』
『反撃はどうするんさね?』
「反撃は私がOKを出すまでは控えてください」
「了解さね」
俺だけというのは、セラス局長が乗っているからだろう。
彼女に従って、俺は機体を前に進める。15歩だと大体50m前後か? 1……2……
視線はモニターに釘付けにしながら、カウントしつつゆっくりと歩を進める。
14……15。
言われた歩数を歩き切り、だが先に続く道にはいまだ人影がない。
──あ、いや、いるな。てっきり地面に立っているのかと思ってすぐには気づかなかったが、道の横に立つ背の高い木、その枝の上に3つの人影があった。
若い男女が一組に、壮年の男が一人。あまりしっかりしているとはいえない枝の上で、どこかに捕まるでもなくしっかり立ってこちらをじっと見ている。
「彼らが?」
振り返って聞いたらコクリとセラス局長が頷いたので、俺は視線を戻す。
外見は殆どアキツや日本人と変わらない。髪の色は男性二人が白髪で、女性が黒。人種的には地球で言う黄色人種ではなく、白色人種に近く見える。恰好は全員が上半身を護る鎧のようなものを纏っているが、特に奇抜なデザインとは感じない。正直、ある一点を除けばアキツの街並みをそのまま歩いていても異世界人とは思わないだろう(コスプレだとは思うかもしれないが)。
大きな違いを感じるのはただ一つ。耳の上に見える黒い光沢を放つものだった。
金属の様に見えたので最初は装飾品の類かと思ったが、髪を短くしている壮年の男のそれはよく見ると、根元の辺りがそのまま皮膚につながっているように見える。色もその辺りはやや黒ずんではいるが肌色に近い。
角か? これ。 アキツでは少なくとも見たことない外見だ。
3人はそれぞれ腰に剣のようなものをぶら下げている。その柄には手はかかっていないので、まだ戦闘態勢ではないと考えて大丈夫だろうか。多分セラス局長が特に警告してこない以上大丈夫だと思うし、そうでなくても少なくとも一撃でなんとかなるようなことはないんだろうなきっと。
沈黙。相手方はおろか、セラス局長ですら言葉を発しない。
俺は物理的にはその間に挟まれているというわけでもないのに、緊張から思わず息をのんでしまう。
──それから10秒前後経ったころだろうか。最初に口を開いたのは異世界人側だった。
3人の内一番幼く見える女性(勿論今の俺ほどではない。サヤカと同年代くらいに見える)が口を開き、かなりの声量でこちらへ向けて言葉を放って来た。
まぁ、当然何言ってるかさっぱりわからんのだけども。
「ユージンさん」
「はい?」
「右手の平を外側に向けて、体の前方から外側へ振ってください」
「はぁ……これは一体?」
言われたことはそのまま実行しつつ聞く。
何か動き的にはどけって感じになってない? 大丈夫?
「今の動作は否定を意味する動作ですね。肯定を意味する場合は手の平を内側に向けて外から内に振ります」
成程、世界が違えば仕草の意味も違ってくるか。
というか、
「何言ってるか分かるんですか?」
「わかります。まだ会話はできませんが……今解析中です。ちなみに今は、敵対する意志があるかという意味合いでした」
何でわかるかとかは考えない。セラス局長だからわかる、それでいい。
「怪物とは敵対しているのかか……いいえですね」
「この地域の人間か……はいで」
「情報交換は可能か……はいでお願いします」
淡々とセラス局長の指示通りに腕を動かしていく。
が、最後の言葉が引っかかり、俺は腕を動かしつつも彼女の方を振り返った。
「いや、はいかいいえだけで情報交換は難しくないですか?」
俺のその問いに、彼女はいつもの柔らかい笑みを浮かべながら首を振った。
「もう大丈夫です。彼らの言葉の解析は終わりましたので」
……マジで何者なんだろうなぁ、この人。




