移動中サブイベント
ヴォルクさんは一分ほどで復活した。いや、そもそも一分もかかっていることがおかしいんだけど。倒れ方がガチだったので割と本気で心配してしまった。
ちなみに復活したヴォルクさんに
「名前呼ぶだけでそんなになるなら、元に戻します?」
って聞いたら
「心構えがない所にきて衝撃を受けただけなのでもう大丈夫です。名前の方で」
と返してきた。名前呼ばれるのに心構えがいるの?
アイドルのライブとかで失神する人がたまにいるらしいけどそれと同系統? でもあれ、興奮しすぎて過呼吸で倒れるっていうから違うよな。そもそも名前呼んだら反応してたから完全に意識を失ってたわけじゃないだろうし。
まぁそんなこんなでどたばたしている内にいろいろと準備が整ったらしく、セラス局長より出発の指示が出たので俺達は指定された車に乗り込んだ。
車の中身はサイズが大型トラックになったキャンピングカーといった感じ。聞いた話だと、長期間の調査に出る時にスタッフが生活する場所として使用されているらしい。だったら今回もスタッフの方で使ってくれていいのにと思うけど、ありがたく利用させてもらう事にする。なにせある程度揺れる自体は普通の部屋と変わらない感じなのですっごく楽だしね。
かくして、移動は始まった。
──正直すごい暇である。何せすることが全くない。
例えば運転手は大変なのは当然として、他のスタッフも移動中でもそれなりに忙しいらしい。だけど俺達の仕事は精霊機装の操作、精霊機装に乗っていなければすることがない。
休んで鋭気を養うことこそが仕事と言えるかもしれないが……
さすがに休憩時間も入れると10時間近くなる移動時間は、完全に持て余してしまう。
最初の頃、ロスティアの湖の湖岸を走っている頃はよかった。窓から流れる湖の向こうのロスティアの景色は新鮮で、それを眺めているだけで割と時間が潰せた。俺と同じソファに座っていたヴォルクさんやフレイさんがいろいろ解説してくれたし、ちょっとした旅行をしている気分だった。
だけど、そのエリアを超えてしまうと後は代り映えのしない景色が殆ど。荒野と、森と、草原と、極まれに人工物。アキツは本当に都市部周りだけで発展しているというのがよくわかる景色だ。狭い中に人がひしめき合っている日本ではほぼ見ることがないであろう光景。
そんな中を走る道中、時間の潰し方は人それぞれだった。
パストロさんはずっとスマホをいじってるし(電波通じるの? と聞いたら事前にいろいろダウンロードしてきてあったそうだ)、浦部さんとアルバさんはチェスのようなよくわからないゲームを二人でやっている。ヴォルクさんとフレイさんはなにやらいろいろ話していて、
──で、俺はすることがない。
ぶっちゃけ私物を殆ど持ってきてないからスマホが使えないとほぼやる事がない。雑誌とかないかなとか思って漁ってみたけど特になかったし。
仕方ないので、一定の距離までは映るらしいテレビをだらだら見ることにした。
丁度旅行番組がやっていたので、それを選択。休日の昼間にやっている番組って、日本とアキツで大差ないんだなぁなどと他愛ない事を考えつつ、見知らぬ芸能人(お笑い芸人らしい)がフジワラの街並みをのんびりと散策しているのをぼーっと見る。
そんな感じで過ごしていたら、気が付けばフレイさんとヴォルクさんも同じように過ごすようになっていた。大人3人、ただだらだらと流れる番組を流し見ていると
──あっ。
テレビを見ている俺の視界にあるものが映った。
それを見た瞬間、俺は反射的に立ち上がって周囲を見回す。
「ユージンさん、どうしたの?」
「リモコン! リモコンください!」
突然立ちあがった俺に怪訝そうな視線を向けてくるフレイさんの横、ソファの上に置かれたテレビのリモコン。俺はそれを指差して焦った声を上げる。
「これかい?」
こくこくと頷きを返す俺に、彼はリモコンを手に取って差し出そうとし……そこで彼の動きが止まった。
彼の視線は俺ではなく、俺の後方にあるテレビへと向けられている。そして流れる音声。
『ユージンも大好き、クレアウィズの天然水。あなたもどうぞ』
ああああああああ! CM入って即流れるってどういうこと!?
先程視界に入ったのは、番組の提供の中にあったクレアウィズ社の名前だった。初めて俺がCM撮影した企業の名前だ。この会社がまだあのCMを流していることは知っていたのでチャンネルを変えようとしたのに……マニアワナカッタ。
いやね、別に普通にテレビで流されているCMだから皆に見られていると思うよ? でも自分の出ているCMを目の前で他の知人に見られるのってきついでしょ!? しかもよりによってこのCMだよ、なんの羞恥プレイだよ!
俺は思いっきり恥ずかしくなり思わず顔を覆ってしまう。
これがまたタイミングが悪かった。
ゴッ!
「へ?」
起伏のある場所を通ったのか、丁度車両が縦に揺れたのだ。
座っていれば問題ない程度の揺れ。立っていても構えていれば踏ん張れる揺れだろう。だけど俺は視界を塞いでいるわけで。
「あっ……」
突然の揺れに耐えきれず俺は態勢を崩し、前方へと倒れこんでしまう。が、
「危ないっ」
正面にいたフレイさんが咄嗟に腕を伸ばし、抱き留めてくれた。
あぶね、そのまま言ったら角に頭ぶつけてたなコレ。助かった……
俺は支えてくれているフレイさんの腕を掴んで上を見上げ礼を、
「すみません、助かりま……」
言い切れなかった。
顔を見上げた瞬間フレイさんの顔が真っ赤に染まり、俺の肩を掴んで自分から離すと
「ごめんっ!」
跳ねるようにして後方へと下がった。その結果、
ゴッ!
鈍い音が響く。
「ちょ、フレイさん?」
俺が先程突っ込みそうになった角が、フレイさんの後頭部に直撃していた。うわぁ痛そう……
というか本当に痛かったらしい。ぶつけた所を抑え、顔を歪めて彼はうずくまる。
えっと……俺どうすれば?
手を伸ばしてさすって上げた方がいいのか悩む俺の後ろでは、浦部さんが一連の流れをみて腹を抱えて大爆笑していた。
──そんなイベント発生はあったものの、それ以外の時間に関しては平坦な道のりだった。途中でうとうとしたりしつつ、日が暮れて少したころには本日キャンプを張る予定地に到着していた。
後はあったイベントといえば……翌日の朝の出来事かな。
夕食を追え、シャワーを浴びた後(シャワー専用の車両が随伴していた。すげぇ)は当然寝ることになるわけだが、その寝る場所、乗って来た例の車両だと思ったら違っていて、俺と浦部さんは女性スタッフ用の車両で寝る事になった。(あの車両は男性陣だけで使うそうだ。そりゃそうか)
それはまぁ別に問題ない。みんな殆どシャワーから帰ってきたらそのまま寝るだけだったので。
問題があったのは翌日の朝。
目を覚ますと俺は、5人くらいに顔を覗き込まれていた。
「ひゃっ!?」
当然驚いた俺はその顔から逃れるように慌てて体を起こしながら捻り──その結果壁に思いっきり膝蹴りを入れた。
……そういや壁際で寝てたんだった……。
「……大丈夫?」
痛みで一気に目が覚めた俺が膝を抱えてうずくまっていると、俺の事を覗き込んでいたうちの一人が声を掛けてくる。
俺は膝を抱えたまま、涙目になっている瞳だけをそちらへ向け、
「大丈夫ですけど……何してたんですか?」
何かされている気配とかはなかったけど。顔に落書きとかはさすがにないだろうし。
俺の問いにその女性は答えず、ただじっとこちらを見つめてくる。値踏みするような視線だ。
「な、なんですか?」
もう一度声を掛けると、今度は彼女は口を開いた。
「ユージンさん」
「はい」
「貴女って本当に元男性なんですよね」
「はい?」
「実は元から女の子だったりしません? 年齢も本当は外見相応で」
「いや、貴女達データとかでも知ってるでしょ?」
何言ってるんだと思いつつ見返すと、彼女を含め全員が何故か考え込む仕草を見せた。
それから数秒の沈黙。
それを破ったのはやはり先程の女性だった。
「ユージンさん」
「なんですか」
「貴女、チームの方に絶対に寝起きドッキリとかは受けないように言っておいた方がいいと思います」
突然何の話? まぁうちのチームはバラエティは出ないから絶対にありえないけど。というかこっちの世界であるのか寝起きドッキリ。
「そんなもの、出る気はありませんけど。いきなりなんでそんな話になったんですか」
「いや、もう、はい」
答えになってない。というか、なんで全員揃って頬を染めて目を背けたの?
ちょっとまって、俺寝てる時どうなってたの!? なんかよくわかんないけど凄いことになってたの!?
ちょっとー!




