アイドルになるとか絶対にありえないんで
「え、だってそっちのチームにオーゼンセさんいるじゃない……?」
「いますね」
「貴女だってうちのリゼッタみたいにすごく可愛らしいし、新しく美人な子も加入したし」
リゼッタ……フェアリスのメンバーの一人。身長150cm前半で一番チーム内で小さく、年齢も最年少の少女だ。確かレオの一個下だったかな?
「そんな子が揃っているのに、アイドル活動しないわけないじゃない!」
「いやいやいやいや、その理屈はおかしいでしょ!」
「なんでよ! こんなに可愛い子……貴女本当に可愛いわね!」
肩を掴まれた。
というかそんな事言ってる当人が美人さんなので顔を近づけられると、その。
「あの……?」
「何というか、庇護欲が湧いてくるというか……」
「あの?」
「はっ! そうじゃないわ!」
正気に戻った(?)パネラさんは、肩を掴んだ手を離すと今度は俺の事をビシッと指差し、
それから首を傾げた。
「なんだっけ?」
「知りませんよ!」
「えーっと……あ、思い出したわ。おっけー、おっけー、もう大丈夫」
一つ咳払いして、彼女は言葉を続ける。
「貴女みたいな可愛い子を立て続けに集めて、アイドルチームじゃないっていうのは無理があるでしょ!」
いや、その思考の方が無理があるだろう。思考回路どうなってるんだ? そもそもそれ以前の前程がいろいろ間違ってるし。
俺はため息を一つ吐いて、こちらを指さしたまま、なぜかドヤ顔の彼女に対して答える。
「あの、俺が元は男だったって話は知ってますよね?」
「聞いてるわ! 元男性っていうのも魅力の一つという噂よね! 合法だから人気とも聞いたわ」
……こっちの世界、明らかに日本の方よりおおらかというかオープンというか、あれな奴等多いよな? 後、合法だからどうのいってる奴は何をする気だよ。
まあそれは置いておいてだ。
「それでですね、俺はその男の時代からエルネストに所属してるんですよ」
「……そうなの?」
あー、やっぱりか。俺が性別変わってからエルネストに移籍したと思ってるなこの子。
別におかしくないけども。男時代の俺はメディア露出はほぼ無かったし、リーグもC1だったから知名度もそんなになかった。ミズホ・オーゼンセのチームメイト、大抵の人間はそんな程度の認識だったろう。そんなレベルの精霊使いを上位リーグの人間が知らなくたって当然っちゃ当然だ。
とはいえ、物理崩壊くらった後にかなりエルネスト所属とか、過去映像が大分流れたとは思ったが……忙しいし、そんなゴシップ的な情報は全然追っかけてないんだろうな。
……先程の言動を考えると、聞いたけど忘れてる可能性も否定度できないけど。
ともかくだ、
「そういうことなんで、別に内のチームが美人美女を集めてるって事はないです」
「でもでも、サヤカって子は?」
「あの子は偶然拾ったというか」
「拾った!?」
「あの子、彷徨い人だったってのは知ってますね?」
「うん」
「彼女、丁度俺達が出撃した場所に現れたんですよ。それでその流れからウチに加入したんで、意図して探してきたというわけではないんです」
結果としてもの凄い大当たりの拾い物ではあったけど。
「なので、ウチ確かに美人集まってるけど偶然なんですよ、本当に」
「だけど、最近いっぱいCMとかも出てるし」
「CMはスポンサー企業の奴だけですよ。今日の撮影もそれ関係だけですし」
「でもでもでも!」
そもそも、なんでそこまで強く思い込んでいるんだろうこの子。
そう思っていたら、その答えが彼女の口から語られた。
「だってだって、オーナーも言ってたし! 間違いなく強敵になるから負けるなよって!」
そこか~!
フェアリスのオーナーと言えば、以前俺の獲得を打診してきた相手だ。それを俺がスパっと断った上でサヤカという若い美女を加入させたから真面目に危機感を抱いたか、或いは発破をかけるために俺達の名前を使っただけか。
どちらにしてもだ、
「そのオーナーも勘違いしてますよ。俺達がアイドル活動する可能性は皆無です。貴女達みたいに精霊使いとアイドル活動を兼業するなんて絶対無理なんで。フェアリスの皆さん、本当にすごいなって尊敬してるんですよ?」
「ふぇあ?」
パネラさんが、なんかよくわからない声を上げた。
ちなみにこれは、嘘偽りのない本心だ。
チームフェアリスは精霊機装でリーグ戦のランクをB1で維持しつつ(過去にAへあがった事もある)、それ以外にもライブや各種メディアの出演等を行っている。俺達みたいにシーズンオフだけというわけでなく、シーズン中もだ。勿論そのためのトレーニングも徹底的に行っているだろう。
俺自身は彼女達のステージ等はそれほど見たことないが、それでもどちらかを片手間でやっていないのは分かる。彼女たちはどちらも本気だ。
俺には土日しか基本アキツでの時間は使えないという制限があるが、もしそれが無くても、俺がそういった活動が苦手でなかったとしても、彼女達を真似できるとは思えない。それくらいには凄いと思っている。
「あの、その、ありがとう?」
そんな俺の言葉に、パネラさんが流石に頬を紅くそめはしなかったものの、照れた様子を見せる。戸惑いの入り混じった照れだ。ライバル宣言した相手に褒められて困惑しているんだろう。
その間に、俺は畳みかけることにする。
「そういうことですから、俺達がアイドル活動するなんてことはありません。貴女達は唯一無二の存在ですよ」
「あ、はい」
「納得していただけましたか?」
俺の問いに、彼女はしばらく動きを止めて考え込み、それから小さく頷いた。
「その、ごめんなさい。変な絡み方して……」
「いえいえ。そんな事より時間大丈夫ですか? そろそろフェアリスの撮影時間だと思いますけど」
俺の言葉に、彼女はスマホを取り出して時間を確認する。
「あっ。本当だ。それじゃこっちから足を止めさせたのに悪いけど、私はこれで失礼するわね」
そういって彼女は踵を返し走り──出そうとして、もう一度こちらに向き直った。
「どうしました?」
「とりあえず今はその気がないのがわかったけど、もし貴女達がその気になった時は負けないからね!」
「……そうですね。その時はよろしくお願いします」
そう返した俺の言葉に彼女は満足そうな顔をすると、パタパタと手を振って撮影場所の方へと駆けて行った。
そんな彼女の背中を見送りながら、その未来が来る事は絶対に万が一も天地がひっくり返ったってありえないけどネと考えつつ、俺も再び歩き出すのだった。
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「──なんてことがあったんだが」
「あー……ユリアちゃん、直情で天然で思い込むと視野狭窄する所あるから……」
先のパネラさんの事を話し終えると、ミズホがうんうんと頷きながらそう言った。
「それで芸能界とかやっていけるのか?」
「あの子、仕事スイッチ入るとちゃんとするのよ。仕事の時のキリッとした時と、それ以外の時に見せるポンコツぶりのギャップが人気だったりするわね」
あー、確かに以前テレビか何かで見たときの姿はあんな感じじゃなくて、どちらかというと外見通りクール系な感じだったな。
「というか、ポンコツとか言いきるんだな」
ミズホの言葉に、そうサヤカが言葉を投げる。
今、俺達はホテルの一室にいた。撮影はすでに無事終了し、あとはこのままのんびりするだけの時間。
そんな時間帯に、皆撮影用の衣装から私服に着替え集まってきている。
部屋はそれぞれ、ダブルの部屋が一人用としてそれぞれに割り振られている。そんな中の俺の部屋に、5人の女性陣が集まっていた。
そう、5人だ。ウチのチームの3人の他に、秋葉ちゃんと金守さんもやって来ていた。どうやら彼女達も上手く家族をごまかすことが出来たらしく、今日は一泊するようだ。
皆が思い思いにソファやベッドに腰掛け寛いでいる中、ミズホが先程サヤカに投げかけられた言葉に対して答えを返した。
「だって普通にファンに愛を持って言われている事だもの。あれよね、最近はポンコツって完全に愛され要素よね」
おいこっち見んな。




