瓜生邸にお邪魔します。
結局あれから5分程バス停で待ち、雨脚が弱まったのを見て秋葉ちゃんの家へと向かった。
秋葉ちゃんは俺を傘に入れようとしてきたが、いくら俺も秋葉ちゃんも小柄とはいえ小さな折り畳み傘で並べば体が大分はみ出す。なので、小降りの雨なら気にならない程度にはすでに俺は濡れているし、自分だけカバーするように傘をさしてもらった。
秋葉ちゃんは不満そうな顔を浮かべたが、ここは固辞。諦めた秋葉ちゃんは、自分の上に傘を差した。
ただ、移動中秋葉ちゃんは先程握った手を離してはくれなかった。袖が濡れるよといっても聞く耳なし。逃げるとでも思われてるんだろうか? さすがにそんな事する気は毛頭ないんだけど。
そんな感じで彼女に手を引かれたまま導かれ、たどり着いた場所は確かに先程の所からさほど離れていない場所だった。
比較的大きい家だ。豪邸……とまではいかないけど、2階建てで車庫付き、庭もちゃんとある。この近辺では立派な部類に入る家だろう。
「ここ、ウチの家です」
そのまま手を引いて俺を玄関前の軒下まで引き込むと、彼女はようやく俺の手を離して傘を畳んだ。
そんな彼女を、結構お嬢様だったりするのかしら、などと謎の女言葉を浮かべながら見つめていると、彼女がカバンを漁り出した。
何をしているのかと思って黙ってみていたら、カバンから引き出されたその手には銀色の物が握られている。
鍵だ。
「あれ、留守なの?」
それだと正直気を遣う所が減って助かるかな? と思ってちょっとだけ期待を込めて聞いたが、残念ながら彼女は首を振る。
「いると思うんですけど、多分開けてもらうよりこっちの方が早いので」
お姉ちゃんモードが抜けていつもの喋り方になってる秋葉ちゃんは、そう言うと鍵を開けて扉を開いた。
「ただいま~」
そう声を掛けながら玄関へと入り、振り向いて俺を招き入れる。
「どうぞ、村雨さん」
「あ、はい。お邪魔しまーす」
遠慮がちにそう言いながら中へと入らせてもらうと、すぐに返事が返って来た。
「ああ、お帰り。お客さん?」
同時に、玄関横の部屋の扉が開き、一人の女性が現れる。
年の頃は……多分、俺と同じくらい。なので親御さんいう感じではない、恐らくお姉さん当たりかな。
やや寝ぐせのようなものが見えるロングヘアを乱雑に纏め、下半身はホットパンツに裸足、上半身はよくわからないイラストの掛かれたシャツというラフな格好だ。肩口に見えている白いものは……あれだろうな。
ようするになんというか、油断しきった格好である。まぁ俺なんかは自宅だともっと油断しきった格好してたりはするので、人の事は言えないが。
そんな女性の姿を見た秋葉ちゃんは、靴を抜きながらもちょっと声の調子を強めて女性に言う。
「ちょっと春姉! そんなだらしない格好で……!」
言いつつ、こちらをちらりと見る。来客がいるのに、という事だろう。
ちょっと困り顔の彼女に、俺は首を振って気にしないでと伝える。さすがに下着姿とかで出てこられたら困るが、家の中ならこれくらい油断していても別に構わないだろう。でも連れてきたのが男友達とかだったらちょっとアレか?
──あれ、俺男友達か? でも秋葉ちゃんの感覚的には女友達感覚で連れてこられてるよな、これ。
「ちょっとさっきまで寝てて今起きたんだよ、許してくれ」
妹に窘めるような声をかけられたその女性は、頭をぽりぽりと掻きながら苦笑い。それから視線をずらし、俺の方を見て、それからもう一度秋葉ちゃんの方へ視線を戻し聞く。
「で、そちらの子は?」
「友達のアル……村雨さん。そこの公園に居たらしいんだけど、急に雨に降られて濡れちゃったらしくて」
「ああ、さっき外ですごい音してたな」
「うん。それでそのまま風邪ひいちゃうから連れてきたの」
「成程ね」
視線がもう一度こちらに来たので、今度はぺこりと小さく頭を下げておく。
「可愛い子ね。ようこそ、いらっしゃい」
「あ……ありがとうございます。お邪魔します」
さすがにこの姿になって長いので、可愛いなどと言われても妙な反応はしない。素直にお礼を言っておく。
「しかし秋葉、あんたの友達可愛い子ばっかりなのなんなの?」
「知らないよ」
「それに千佳子ちゃんに続いて年下。今の若い子こんな可愛い子ばっかりなの?」
「いや、村雨さん年上……」
「えっ、嘘」
問うような視線がこちらに来たので、頷いて答える。
「24歳です」
「嘘っ、マジで!?……あ、ごめんなさい」
「いえ、お気になさらず。当然の反応なので」
うん、当たり前の反応だ。本来の中身を知らないこちらの世界の人間は大抵その反応になるし、それで俺が嫌な気分になることもない。そもそも俺自身、この姿を先入観なしで見たら24歳なんて絶対に思わないし。
「いやー、この肌でアタシより3つ下かー。ねぇ、ノーメイクよね」
「ええまぁ」
最近はさすがに多少は化粧も覚えて、仕事の時、特に外部の人間と会うときは最低限のメイクはするようになったけど、日常生活では基本すっぴんだ。この辺り年相応の女性ではなく幼い姿に変化した、数少ないメリットだよな。
「ノーメイクでこれかー」
「はぁ……くちっ」
こちらをわりと不躾にじろじろ見てくる、春姉と呼ばれている女性の視線にどうしたものかと当惑していると、体にブルっとした震えがきてクシャミがでた。外は空気が冷たかったが、この家の中はわりと暖かいのでその寒暖差のせいかな?
「ちょっと春姉!」
「ああ、すまんすまん上がってくれ! まずシャワーだな!」
俺のクシャミを見た秋葉ちゃんが眉を吊り上げて声を荒げると、俺の事を見ていた春姉さんは慌てて一歩下がり、廊下の奥の方にある扉を指さした。そこがバスルームということだろう。
「村雨さん、どうぞ」
……えーと。
秋葉ちゃんに促されて靴を脱ぎながら、考える。
俺としてはタオルとか借りて濡れた服や髪を拭かせてもらうだけのつもりだったんだが──でも、うん。ここはお言葉に甘えておこう。結構体が冷えてきているのも感じるし、さっき秋葉ちゃんに言われた通り万が一にも風邪を引くわけにはいかない。
「それでは、申し訳ありませんがお借りします」
「乾燥機もあるから、好きに使って」
「ありがとうございます」
「私はとりあえず着替え持ってきますね。あ、私髪洗いましょうか?」
「一人で大丈夫だから!」
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結局シャワーを頂き、ついでにそこまで被害の大きくなかったパンツ以外を乾燥機に突っ込ませて頂いて。
今俺は、秋葉ちゃんの貸してくれたスウェットの上下を身に纏い、彼女に髪を乾かしてもらっていた。
スウェットの下はパンツしか身に着けていないが、部屋が暖かいので寒いということはない。
秋葉ちゃんは以前髪を洗ってくれた時と同じように、鼻歌を歌いながら楽しそうに俺の髪にドライヤーを掛けている。
髪を乾かしてくれると言ってきたのは、秋葉ちゃんの方からだ。というかシャワーから上がって着替えてバスルームから出たら待ち構えていて、そのまま部屋に連れ込まれた。まぁ断る理由もないというか乾かしてもらえるのは普通に助かるので、されるがままになっている。
しかし可愛い部屋だな。俺の部屋とは大違いだ。いやそもそも俺の部屋と比べてどうする? ありゃ完全な男部屋だ。
「どうしました?」
「なんでもないよ」
そもそも女の子の部屋、あんまりきょろきょろ見るのも失礼だよね。自重自重。
「髪の毛、どうします?」
「ん、どういうこと?」
「さっきまでポニーテールにしてたじゃないですか。可愛かったですし、あれに戻しますか?」
「いや、あれは走る用だから。もう走る気はないし、いつものストレートでいいよ」
「そですかー」
後ろから聞こえる秋葉ちゃんの声がちょっと残念そう。髪の毛いじりたかったんだろうか。秋葉ちゃん自分は髪短めだしな。でも俺、別にお洒落とかであの髪型にしてたわけじゃないのでパスで。
秋葉ちゃんもそこからさらに推してくるくることもなく、再び鼻歌と共にドライヤーを掛けつつ髪を梳かしてくれる。
しばらくはそのまま秋葉ちゃんの鼻歌と、ドライヤーの音だけが流れる時間が過ぎる。
そして、俺の髪が概ね乾いてきたころ、ドライヤーを止めた秋葉ちゃんが声を掛けてきた。
「ちょっと村雨さんに聞いてみたいことがあるんですけど、いいですか?」




