雨宿り
反射的に空を見上げる。
周囲には雲が大分増えているが、頭上の辺りはまだ陽が見えている。
だが、見上げた顔に、落ちてきた冷たいものが当たった。
「うわっ……」
ポツポツといったところではあるが、水滴が立て続けに落ちてきだす。
「まっず」
俺は慌てて、先程来た道を戻って走り出した。
頭上が晴れていたからもう少し大丈夫だと思っていたが、甘かったようだ。
このままパラパラ雨くらいで治まってくれるなら問題ないんだが、ゲリラ雨が一気に来る可能性もある。
大分西の方はまた明るく、降ったとしても長くはないだろう。しばらく雨宿りをしていればやり過ごせるはずだ。
問題は、この公園雨宿りできる場所がないんだよな……
ベンチの所も屋根がないし、遊具の類も雨を避けられそうなものがない。並木道の木の下ならちょっとした雨なら凌げるだろうが、土砂降りになれば無理だ。工事現場にあるロッカーのような外見のトイレの中なら雨はしのげるだろうが、あれの中でずっと待つのはいやすぎる……
確か、公園の外にあるバス停には一応屋根があったハズだ。風はないから、あそこまでいければ充分凌げるだろう。それまでなんとか持ってくれよと祈りながら、俺は全力でダッシュをしたが──
駄 目 で し た。
公園を脱出、バス停まで残り50m程度といったところで一気に土砂降りになった。
「ひぃーっ!」
前傾姿勢で打ち付けるような雨から顔をガードしつつ、悲鳴を上げながらもそのまま走り切る。
時間としては10数秒くらいか。それでなんとか俺は打ち付ける雨から逃げることができた。が、
「……結構濡れたなぁ」
全身ずぶ濡れとまではいかないが、ほんのわずかな時間だったのにかなりやられてしまった。結果的に顔を護るための腕でガードした形になった胸元とかは大丈夫だが、背中や足元がかなりビショビショだ。羽織ったパーカーに染みこんだ水分だけではなく、首元から直接飛び込んだ水が背中を伝っていくのを感じゾワゾワする。
パーカーのジッパーを降ろし、脱ぐ。下はシャツだが、黒い生地なので露骨に透けるようなものではないので安心だ。ま、周囲に今人もいないしな。そのパーカーはベンチに置いて、ランニングポーチからハンドタオルを取り出し、頭から顔の方に垂れてきた水を拭きとっていく。
下のズボンは……脱ぐわけにはいかないしどうしようもないか。時期的に寒いかなと思ってやめたけど、ハーフパンツの方が被害が少なかったかも、今更か。
「うーん、参った」
まさかゲリラ豪雨にぶち当たるとは。
バス停の小さな屋根の外の世界は、まだ激しい雨に支配されている。しばらく身動きは取れそうにない。
膝より下のあたりはかなりびちょびちょだし、髪の毛も結構水を吸っちゃったような感じがする。どうしたもんか。雨が止むまではこのままとして、止んだ後このまま走って帰るのはどうなんだ? 程度には濡れてしまった。元々汗で大分シャツとかは濡れていたけど、それに+αされちゃったしなぁ。
混雑してなければバスで一度駅に出て、それから家に帰るのがいいだろうか。
などと思っていたら、丁度バスが来た。え、ちょっとまってまだ早い──というかよく考えたら逆方向だな、これに乗っても意味がない。
あー、これバス待ってると勘違いされるかな?
そう思ってなんとなくパーカーを手に取って羽織りなおすと、乗降口の辺りから離れたギリギリ雨に濡れない位置まで移動して道路側に背を向ける。これで雨宿りしているんだと気づいてくれるといいなぁ……
が、残念ながら俺の後方でバスは停車した。ただ、バス中央部の乗り込み用の方のドアは開く気配はなく、前の方のドアだけが開いた。
あ、降りる客がいるのか。余計な心配いらなかったな。
とりあえずバスに背を向けて、乗りませんムーブは継続。
反対側のバスはいつ頃来るのかな? バスに乗るにしてもこの雨の中来られると、道路の反対側のバス停までいくまでに完全なずぶ濡れになるんだけど。
「あの」
さすがにこれ以上ずぶ濡れになったら乗るのが申し訳ない気が……
「あの」
この辺にコインランドリーってあったっけ? そこで乾かせば……いや乾かしている最中なに着てるつもりだ俺は?
「村雨さん?」
「ふひゃいっ!?」
突然近くから名を呼ばれ、俺は思わず声がしたのとは逆方向に体を逃がしてしまった。その結果、
「冷たっ!?」
屋根の外に飛び出してしまい、豪雨の洗礼を受けて慌てて元の位置に戻る。そこへ、先程の声の主が再び声を掛けてきた。
「大丈夫ですか、村雨さん!?」
聞き覚えのある声。視線を向ければ、そこには見知った少女が立っていた。
黒のショートカットに幼さの残る顔。今はブレザーの制服を身に纏いそこに立っていたのは秋葉ちゃんだった。
「あれ、秋葉ちゃん。なんでこんな所に?」
「いやそれこっちのセリフですよ。 ここ私の家の近くなんですけど、村雨さんがなんでこんなところに?」
ああ、うん、そりゃそうか。秋葉ちゃん俺の家知ってるから、こんな離れたところにいたらなんでかと思うよな。てか秋葉ちゃんの家この公園の側だったのか。大体こっち方面くらいってのはしってたけど。
とりあえず秋葉ちゃんの疑問に答えておこう。
「いやさ、今日ちょっと用事で休みとっててさ。時間が余ってトレーニングでもしようとこの公園まで走って来たんだけど……そしたらこのざまだよ」
「走って来たって……結構距離ありますよね?」
「一応そこそこ鍛えてはいるので」
実際は鈍っててかなりギリギリだったけどネ! 帰路を考えたらちょっと頑張りすぎちゃったかもしれない。
結果としてこの雨宿りがインターバルになっているけど……
周囲を見回すと、先程よりは少し雨脚が弱くなって来ていた。もう少し待ってれば大丈夫そうかな、これ。
「あ……ちょっと動かないでください」
降り注ぐ雨を遡るように空を見上げた俺に、秋葉ちゃんがそう声をかけてきた。
そしてどこからか出したハンカチで、俺のこめかみから頬にかけての辺りを拭いてくれる。
彼女はそのまま俺の髪に触れ、
「結構髪の毛濡れちゃってますね」
「ギリギリ雨宿り間に合わなかったからねー」
「お洋服も結構……」
「うん。まぁでも、ずぶ濡れって程ではないから」
実際前面はそこまで濡れてない。後ろ側は大分濡れてるけど。
そんな俺の全身を一通り眺めまわしてから、秋葉ちゃんが口を開く。
「これ、そのままじゃ風邪ひいちゃいますね。ウチほんとすぐ側なので、一度ウチに寄ってください」
「秋葉ちゃん家?」
「はい。ここから100mもないので」
「いや、別にそこまで濡れてないから大丈夫だよ」
「ダメですよ、かなり濡れてるじゃないですか」
「んー、でも」
秋葉ちゃんとは知人とはいえ、当然その家族とは面識がない。そんな家にいきなりこんな濡れた格好で伺うのは──などと躊躇していると、秋葉ちゃんの眉が少し吊り上がった。
「もう、アルトちゃん!!」
アルトちゃん!?
「アルトちゃんは、今週末も試合だよね!?」
「あ、はい。そうです」
これ、秋葉ちゃん、以前のお姉ちゃんスイッチがまた入ったな!?
思わず俺が敬語で返事してしまうと、彼女はまるで年下の子を窘めるように眉を顰めて言葉を続ける。
「もし風邪なんかひいちゃったら、欠場になってチームに迷惑が掛かるよ! それでもいいの!?」
「うっ」
リーグ戦は試合前に必ず簡便ではあるが健康チェックが行われ、そこで不調があると出撃は認められない。熱なんか出してたら一発アウトだ。多少体調悪くても無理して……などは出来ないのである。だから精霊使いにとって体調管理は非常に大事だ。
……これは反論の余地がないですね。
「……お世話になってもいいでしょうか」
「勿論」
眉を顰めていた秋葉ちゃんの顔が、笑顔に変わる。そして彼女は手を伸ばすと、俺の手を握って来た。
「それじゃ行きましょうか!」
「あ、待ってすとーっぷ!」
この雨脚の中、秋葉ちゃんの小さな折り畳み傘じゃ二人とも濡れちゃうから!




