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週末の精霊使い  作者: DP
3.ようこそファンタジー世界
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ユージンは体を鍛える


ハッ、ハッ、ハッ──


口から漏れる吐息が荒い。心臓はバクバクするし、足も重くなってきている。


鈍ったなー、と思う。


俺は今、並木道の中を走っていた。


自宅の方から走ってきたので、結構な距離は走っている。だが、一年前の自分だったらこのくらいの距離でここまで足が重くなる事もなかった。


性別が変わった事は直接的には関係ないだろう。本当に謎な事だが、俺の身体能力は男の頃か落ちていないことはいろんな面で確認済みだ。


ようするに、体力が落ちてるのは単なる運動不足だ。


基本的にはシートに座って思考するだけで動かす精霊機装に体力は必要はないと思われているかもしれないが、全く関係ないわけではない。いや体自体は確かに動かさないけど。


基礎体力は、ほんの僅かだが霊力に影響するのだ。


数値的には一割にも満たないレベルの影響度ではあるが、数少ない霊力を確実に伸ばせる手段の一つだ。霊力が有り余っているならともかく、自分のような精霊使いとしては一般レベルの霊力しかもたない俺のような人間にとっては馬鹿に出来ないレベルである。


というか、Cランクくらいならともかくそっから上のランクの連中は多かれ少なかれ体力に関するトレーニングはしているので、トレーニングしないと更に差を付けられる。やらない選択肢はない。


……なんだけど、ここ最近はあまりトレーニング出来ていないんだよね。


こないだのオフシーズンなんかはCMやら取材で殆どの時間が潰れ、残った時間もB2に向けての精霊機装やシュミレーターを使った訓練、それにデータ分析や作戦の立案に当ててしまっていたので殆ど鍛える事はできなかった。


シーズン中に関してはそういった事はなかったものの、知名度が上がったせいでロードワークに出づらくなって明らかに以前よりその数が減っていた。その結果がこれだ。


こちらの世界で走ればいいじゃないかとも思われるかもしれないが、戻ってくる時はともかく向こうに行くときは尾瀬さんと一緒じゃないといけないから、結果として秋葉ちゃん達に合わせて早めの時間に行くしかないんだよな。で、日曜日は試合があるからそれほど早く帰ってくることできないし。


平日走れと思われるかもしれないが、それはそれでなかなか難しい。朝そこまで強くないし、正直朝そこまでしちゃうとその後の仕事の時間がしんどくなる。で、仕事終わった後は……この外見で夜遅い時間に走るのはちょっとなー。警官とかならまだしも、変なのに絡まれやすいしさぁ。一応家の中でやれることはやってるけども。


まぁ向こうの方に関しては以前よりは注目は落ち着いてきて(落ち着いてくるたびにイベントが発生してまた注目度が上がったりはしているが……)、更に事務所の近くの住人たちはちゃんと距離を取ってくれるように大分気を使ってくれるようにはなったので、向こうでのロードワークを増やすのがベストかな。基礎体力のトレはまた増やしていかないと。


チームに相談してよさげなロードワークのルートを相談しよう。


「っ……はぁ」


並木道を抜けた先、池の畔のベンチの前で足を止める。


膝に手を尽き、前傾姿勢になって呼吸を整える。とりあえずインターバルだ、さすがにしんどい。


……しかしあれだな! 本当に今更なんだけど胸邪魔だな! ランニング用のちょいときつめのスポブラに変えてきてるから揺れまくって困るとかはないんだけど。一年くらい前まではそもそもそんなものが無かった状態で過ごしてきた身としては、やっぱりものすごく邪魔に感じる。


さすがに一瞬でここまでサイズが変わる事なんてないんだろうし、これそもそも俺限定の感覚なんじゃなかろうか?


青少年の頃体育の時間で年齢にしてはサイズの大きい子の揺れる胸とかでドキドキしちゃってた気もするけど、今考えると本当に申し訳ないわ……


「はぁ」


呼吸が少し落ち着いてきたので、ベンチの反対側にある自動販売機でスポドリを買ってからベンチに腰を降ろす。


あー、冷たいスポドリうめぇ。


コクコクと、一気に三分の一くらい飲み干してから口を離して空を仰ぎ見る。


……日が暮れるにはまだ大分早い時間だけど、ちょっと雲が出てきて暗くなってきたな。一応今日は予報では雨は降らないっていってたけど。もし降ってくるなら家についてからにして欲しいところだなー。財布は勿論持ってきているから、最悪傘は買えるけどさ。


ちなみに今日は平日だ。なので俺は日本の方にいる。


普段なら仕事している時間になんで走っているかっていえば、仕事に関しては当然有給休暇だ。といってもトレーニングのために取ったんじゃなくて別の用事のために取っただけで、その用事が早めに終わったからこうやって残った時間を有効活用しているだけ。


B2に上がった事で、霊力量が問題になってくることも増えてくるだろうしなぁ。


この程度のトレーニング焼け石に水に近いかもしれないが、空き時間は上手く使ってやっていかないとな。


ウチのチームは実は霊力の総合値で見ると実はそれほど低くない。霊力量で言えば現時点でも精霊使いの中でも大分上位に食い込むレオがいるし、そこまでじゃないにしろサヤカも豊富だ。俺とミズホもあくまで一般レベルであり、極端に低いわけではない。


だが、結局個人の数値が低ければ落とされやすくなるし、攻撃の手数も減る。これから上のリーグに上がって行けば相手の技術も霊力も上がっていく。


正直自分と、それにミズホもどこまで行けるのかなという思いがある。


先の戦いを経て、B2では普通にやっていける自信は出来た。恐らくB1でもなんとかなるだろうとは思う。

だがAまで行けば相手の技術力も高くなるし、そうでなくても平均して霊力が高ければ俺とミズホはごり押しに耐え切れない可能性が高い。


今レオが身につけようとしている魔術を加味しても、どんなに頑張っても今のメンバーではAランクの中位くらいが限界、それ以上に上に行けるビジョンが見えない。サヤカがトップクラスのエースに成長したとしてもだ。


それだけ、そこから上の壁はきつい。技術と戦術でどうにかなるレベルじゃない。


そうなった時、チームはどういった判断を下すのか。


俺は別にエルネストと終身契約しているわけではない。チームが更に上を目指す事を考えた時、俺を外して新たな精霊使いを雇う可能性だってある。その辺りまで上位にいけば、もう俺やミズホによる集客能力がなくてもどうとでもなりそうだしな。


オーナーであるナナオさんは俺等を残そうとするかもしれないが、チームが上に行き大きくなるほど個人の考えだけでは動けなくなっていく。将来的には全然あり得る話だろう。それに、サヤカやレオがもっと上を目指したくなることだってないとはいえない。


ま、それも贅沢な悩みだけどね。


一年前まではC1で燻っていたし、このままC1でやっていくのもそれほど悪くはないと思っていたのに、今はB1やAで戦う事を考えているからこそ出てくる悩みなんだから。


結局の所、俺がやれることは自分を鍛えて、戦術を練る事。やれることを精一杯やるだけだ。その結果最終的に力が及ばなければその時はその時だろう。


「……よし!」


もう一度ペットボトルに口を付け、一気に飲み干してベンチを立つ。


……う。ちょっと一気に飲み過ぎたかも。でもなんかどんどん西の方から暗くなって来てるんだよな。まだ雲の隙間から陽射しは差しているレベルではあるけど……あまりのんびりしていると降り出して来そうだ、とっとと帰路についた方がいいだろう。えーっと、帰りのルートはコンビニとかがあるルートを選んだ方が良さそうかな……


そんな事を考えつつ、飲み干したペットボトルをくずかごに捨てた時だった。


冷たい何かが、伸ばした手の甲にポトリと落ちてきた。







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