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週末の精霊使い  作者: DP
2.女の子にはならないけど、女の子の体には慣れてきた
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ファン感謝デー②

ついに運命の時が来てしまった。


「ほら、出番だよ。いってらっしゃい」


ステージの方からMCの声で俺達の登場を促す声が響き、ナナオさんに軽く背中を押されつつ俺達は舞台袖からステージの上へあがる。並び順はミズホ、俺、レオ、サヤカ。エルネストへの加入順だ。


──ワァァァァァァァッ!


先頭のミズホが客席から見える位置に達した途端、先程までの喧騒などはそよ風の音程度だったのだと感じさせる怒号にも近い声援が一斉に上がる。そのあまりの勢いに一瞬足が止まりそうになるが……気合いを入れて俺も同じ位置へ進んだ。


再び、凄まじい声援があがる。


同時に、俺の視界に客席のサポーターの皆の姿が目に入る。


うわぁ、いる。いっぱいいる。


記者会見のように大量のカメラを向けられることはないが、その変わりに無数の瞳がこちらを見ていた。


子供のころから考えても、こんな大勢の──いや、この10分の1の人数の前にも立ったことないぞ。

学校の合唱コンクールとかでならあるけどそれはその他大勢の中の一人であって、自分がメインではなかったし。


うっ……ダメだ、見ていると動けなくなりそうだ。


俺は視線を客席から外すと、前方に移す。


そこでは、ミズホが完璧ともいえるスマイルを浮かべながらヒラヒラと客席へ向けて手を振っていた。そこに緊張の色はまるで見えない。やっぱりモデルだから人に見られるのは慣れてるのかな。


なんて、自分より高い位置にあるミズホの顔を見つめてしまったのがまずかった。


ガッ


「あっ」


それでなくても動きががちがちになっているのに加えて足元の注意を疎かにしたせいで、特になにもないところで俺の右足のつま先は地面を蹴り、その結果


「ぶべっ!」


バランスを崩した俺はステージの床にダイブにすることになった。


目の前を歩いていたミズホに突っ込みそうになり、ギリギリ回避したのはファインプレイだったと思う。その結果ド派手に転倒する羽目になったが。


「……いったぁ」


なんとか腕を前に持ってくるのが間に合って床とキスすることは免れたけど、その代わりに肘と膝を思いっきり打ってしまった。痛い。


すぐに体を起こす。肘がすりむいてるかは……長袖着てるからわかんないな。膝もストッキングで見えないし。とりあえず伝線してないからいいか。


──ん? 膝?


俺、今日ロングスカート穿いてるよな……?


「っ!!」


そこで自分の状態に気づき、俺は飛び跳ねるようにして立ち上がった。そして視線を回すと、最後尾を歩いていたサヤカが俺と視線を合わせて手を小さく左右に開く仕草を見せた。


セーフ、ということだろう。


よかった……ストッキングを履いているとはいえ、さすがにこんな大勢の前でスカートの下をさらけ出すような事があったら伝説になってしまう。転んだだけなら、まぁ笑われるだけで済むだろう。ネットに流れるかもしれんが、俺の転倒動画はすでに以前の奴が出回ってるらしいのでもうどうでもいい。


「ユージン、大丈夫?」


足を止めてそう心配そうに聞いてくるミズホに頷いてから、俺は笑みを浮かべながら頭を下げつつ彼女の背を軽く押す。多分笑い方が完全に困った時のソレになったけど構わない。この場で留まって変に話題にされる方がしんどいわ。


立ちあがる時に特に痛みもなかったし、怪我とかもないはず。


「悪い悪い、早く行こうぜ」


MCの方に足を向けると、客席の方から「あざと可愛い!」とかいう声が聞こえた。


やかましい、わざとじゃないっつーの。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


開始早々ハプニングがあったものの、その後の進行はつつがなく進んだ。


MCの人(チームスタッフじゃなくて、外部から雇ったプロの人だ)も転倒の事に関しては、最初に怪我がないか聞いた後はさらっと流してくれたのでありがたい。


今回のファン感謝デーの企画はいろいろあるが、俺達が直接関わるのは全部で4つだ。


まずトーク企画が2つ。前シーズンの振り返りと、事前に公式サイトで集められた所属精霊使いへの質問コーナーだ。


それからグッズやらなにやらの大抽選会があって、最後に機体とセットでの撮影会で出番は終わる。


一つ目のシーズン振り返りに関してはなんら問題ない。ぶっちゃけた話殆ど内容はこれまでの取材と変わらなくて、それにちょっと内輪のネタを混ぜ込んでいく感じ。その内輪の話もMCの女性とミズホが話をうまく振ってくれたので、俺はそれに答えるだけでよかった。アドリブ力の低い身としてはありがたい限りだ。


そして二つ目。質問コーナー。


ここはまぁ……予測はしてたけど俺への質問が一番多かった。それも精霊使いと全く関係ないやつ。例えば、


「女性へと性別が変わって一番困った事はなんですか?」


とか。ちなみに着る洋服を全部買い替える羽目になったことと、どんな服を着ていいかがわからなかったことと答えた。


これ、かなり困った事ではあるんだけど一番と言われるとちょっと違うので、表向きな回答だな。他にもっと困ったことはいくつかあったけど、あまり表で大っぴらに言うような話でもなかったので。


それから逆に


「女性になって良かった事は?」


という質問もあったんだけど、これが困った。

良かったこと……良かったことってなんだ? あったか?


話題性で目立つようになった──俺は目立ちたい訳じゃない。

一部の男が優しくなった──正直男に優しくされても。ついでにいうと下心を感じる場合もあって、それなんかはむしろ勘弁してくれと言う気持ちになる。

ミズホが優しくなった──良い悪いでいえば良い方に分類されるんだけど、こんなところで言う事じゃない。


いろいろ面倒事が増えて、女性は大変なんだなーって実感できて他の女性にちょっと気を使えるようになったことは良かった事と言えるだろうか。


まぁそれを答えるのもどうかなと思ったし、それ以外には特に浮かばなかったので、会社の同僚がよくスイーツを奢ってくれるようになったっていうのを答えておいた。あれ、ささやかな幸せの時間なのは確かだしな。


あとはこんな質問もあった。


「日本の方ではどう暮らしているんですか?」


これは俺だけじゃなくサヤカも含めた質問だった。


俺はこれに関しては正直に会社員として勤めているよって答えたんだけど、そしたらどよめきが起こった。こちらの世界の人間にとって俺はもうテレビや雑誌に出まくっている有名精霊使いの認識だろうから、そんな人間が普通の会社員として働いているというのはイメージしづらいんだろう。


「私は日本の方では、ただの目立たない一般人ですよ」


そう付け加えたら、サヤカに生暖かい目で見られた。……まぁ「目立たない」をつけたのはちょっとアレかもしれない。サイズも含めた外見で、どうしたってある程度人目は引いてるし。


ちなみにサヤカの方はモデラーの仕事をしつつ、引っ越したばっかりなのでいろいろ今は街を散策していると答えていた。清々しいまでの嘘。なのに、とてもいい笑顔できっぱり言い切りましたよこの引きこもり。


……俺もこのくらいの"害のない嘘"はつけるようになるべきかなぁ。アドリブ苦手だからさっきみたいに話す事を選ぶ事はできても、とっさに話をでっちあげるってできないんだよな。


でも今後もこういったプライベート的な部分に関わる質問も増えてくるだろうし、ある程度はごまかせるようにはならんといろいろアレかも。


他、ミズホやレオに対する質問も当然色々あった。


レオに対しては美女三人に囲まれてどうですかとか、ミズホは好きなブランドは何ですかとか。


……この質問、ミズホに行って良かったな。俺の方に来たら「エルネスト」とか自分の所のスポンサー企業の宣伝みたいなことしかいえなかったし。服とか化粧品のブランドなんざ知らんよ。


ともあれ、一人頭10を超える質問も、特に大きな事故もなく消化することができた。無事第二ラウンドも終了だ。


……


ああ、噛んだよ何回か! その度にあざと可愛いとか声が聞こえたけど、わざとじゃないってば!


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