スタンピード 恐怖
『いや、ババアって何だよ?』
流石に俺と同じ事を思った人間は他にもいたらしい。全体向けチャンネルで誰かがそう聞くと、先程の声の主はちょっと口ごもってから言いづらそうに口を開く。
『……うちの所、浦部さんの機体が出た』
『は?』
『うちのメンバー、こないだのリーグ戦で浦部さんにボコボコにされてるんだよ。それで、バ……浦部さんが』
『別にババアでいいさね? アタシを一番強いと思ってくれるのは嬉しいねぇ』
……ああ、メンバーの中の誰かの最強もしくは最恐のイメージが浦部さんで、それを読み取って浦部さんの精霊機装が出現したのか。
こないだのサメと同じように。
これは元々、説明を受けていたことだった。
第一波、第二波は恐らく鏡獣の出現場所はほぼ一カ所固定。また出現する鏡獣の姿も"異界映し"を除けば同一の姿。だが第三波、或いは遅くても第四波では出現地域は拡散し、その姿もその場にいる人間の意識を読み取って発生する可能性が高いとの予測だった。
即ち、予測通りの展開だ。さすがに浦部さんが出るのは想定外ではあったけど、現行リーグ戦の最強の象徴は間違いなく彼女ではあるし、よく考えれば出現してもおかしくないよな。
これで実力も浦部さんと同等とかいったら洒落にならないけど、基本的には張り子の虎だから性能自体は同じ人型の先程までのロボットと変わりはないだろうし。
全体通信からは、すでに銃声が響きだしている。誰かがマイクをONにしたまま戦闘に突入したのだろう。多分ババア発言の人かな。
こちらの方には今の所出現する気配はない。別に全チームの元に現れるわけではないだろし、このまま出現しないでくれると正直助かるんだけどな。うちは元々霊力少な目なの二人いる上に、さっきのマグロのせいで主に俺が消耗してるし。
『それにしても、精霊機装まで映しとられるんだな』
通信機からは、あまり聞き覚えのない声がまだ聞こえている。先程突っ込みを入れた人物が、まだ全体チャンネルで喋っているようだ。
『これ、場合によっては人間も出現するのかな?』
その言葉に、恐らくは別のチームの誰かが答える。
『過去に何度もありますよ、そういう事例。大抵は映像作品の影響らしいですが』
『ふむ……』
『どうしました?』
『いや、な』
声の主は声のトーンを落とした。そして神妙な口ぶりで
『これ、フェアリスやエルネストの子をめっちゃ強いとか怖いとか思い込めば、巨大な美女や美少女が目の前に?』
『神妙な声で何を言うのかと思ったら、失礼ですが脳みそわいていらっしゃいますか?』
『いやだって、想像してみろ? 天国じゃね?』
『その後、撃って倒さないといけないんですよ? 地獄絵図では?』
『というかウチもエルネストの皆さんも、この通信聞いてるんですけど!?』
最後に怒鳴るような声で通信に参加してきたのは、女性の声だった。フェアリスの誰かだろう。
ちなみに俺も突っ込みたかったんだけど、今この通信で話してるのSAの人たちばかりだろうなと考えてチキりました。こっちはようやく来期からB2に上がる新人なんで……
『というか戦闘中にアホな会話してるんじゃないさね』
既に戦闘中と思しき浦部さんから、何かを打撃するような音と共にごもっともの突っ込みが入る。だが、
『いや、こっちまだ出現してないんですよ。第三波以降は各チーム持ち場を守るルールでしょ?』
『まあ、そういうルールさねぇ』
『手持無沙汰なんすよ』
『いやだからって全体で話す内容じゃないでしょ……』
再びフェアリスの人から突っ込みが入る。もっと言ってやって欲しい。
『ああ、でもそういう意味ではちょっと不味いかもしれないな』
あ。
『俺はユージンちゃんを至高と思っているからな……確かそういったケースもあるんだよな?』
会話に狂人が混じって来た!
声の主は聞き覚えのある声だった。ラムサスさんだ。その彼の言葉に、先程から一人冷静に喋ってる人物が答える。
『確かに過去の記録では、漂流してきた種族が元の世界で信仰していた神が現れたケースがあったようですが……そういうレベルの話なんですか?』
『そういうレベルの話だ』
『聞いてはいたけど、うわぁ……あっ』
即答したラムサスさんに対して、ドン引きしていた声で呟いていた女性の声がブツっと途切れた。恐らく全体通信のマイクをONにしていたのに気づいて呟いてしまい、慌ててマイクを切ったのだろう。
だがラムサスさんはそんな反応もまるで気にせず、言葉を続ける。
『参ったな……もし出現した場合俺は撃てない……というか護ってしまうかもしれない』
ああもう! 全体通信でとち狂ったこと言うのやめてもらえないかな!
結局俺は我慢ができなくなり、全体向けのマイクのスイッチを入れて叫んだ。
『馬鹿なこと言ってないで、出現したらちゃんと撃ってください! 出さないでくれるのが一番ですけど!』
『ユージンちゃん!? しかし……』
『倒せないと街が危険に晒されるんですよ!? 私達はそういった脅威から守るために、いまここに来ているんじゃないですか! 俺の偽物なんて、出現しても容赦なく撃ってください!』
『……わかりました! その時は心を鬼にして撃ちます!』
まったくもう。
狂人が何とか思いなおしてくれたのでほっと溜息を吐いていると、何故か通信機からパチパチと手を叩く音がした。そしてそれから感嘆した様子の声が漏れる。
『いやあ、なんかすごいね?』
『何がですか?』
『物語のヒロインみたいだなと思って』
『……俺男だって知ってますよね?』
『そんな可愛い声で言われてもなぁ……』
声は仕方ないだろ、声は。そういう風に変わっちゃったんだから。
ラムサスさんの説得は済んだし、相手が具体的に誰だかはわからないけどもう通信すぱっと切っちゃおう。そもそも戦闘中の人たちもいるんだし、全体通信で話すような内容じゃない。
そう思って、通信機のスイッチを切ろうとした時だった。
通信機から、更に別の人物の声が流れ出た。
『こちらユージェニー! 鏡獣新規発生を確認した! 周辺チームは注意してくれ!』
ユージェニー……ウチの隣で陣取って戦っているハズのチームだ。そこで発生したということは、こちらもまもなく出現する可能性がある。そうでなくとも、ユージェニーの所で出現した鏡獣がこっちに流れてくる可能性もある。
いつ出現するかわからない状態ではあったので、戦闘態勢は解いてない。他の面子も武器を構え周囲を窺っている。誰も油断はしていない。
俺自身も機体の頭を左右に振り、周囲の状況を確認する。周囲にはまだ変化は──いや。
変化は生じていた。鏡獣出現の前兆現象と言える空間の歪みが発生していた。
俺の機体の目の前で。
「……っ!?」
咄嗟に俺はそちらへライフルを向けつつ、後方へ一つ飛び退る。
同時、歪みの中に色が産まれ始める。その色は──肌色?
そして、歪みの中から何かが実体化する。
その姿は──
『人……?』
呟いたのはミズホだった。
彼女の呟きの通り、現れたのは人間だった。白衣を身に纏った、二十代半ばくらいの女性。
一体何を映したのか? 少なくとも俺の記憶の中には……
──いや。
「み゛っ゛」
頭にある光景が浮かんでくる。
俺はこの人物を見たことがある。それに気づいた時に、俺は思わず妙な呻き声を漏らしてしまった。
現れたその女性の姿の鏡獣は、直接そのまま俺に襲い掛かってくるわけでもなく、大きく腹部を押し出すように体をのけ反らせ──
おい、やめろ、やめろ!
心の中で必死に拒絶した俺の願いもむなしく、次の瞬間女性の腹部が破裂した。
「み゛ゃ゛ーーーーーーーーーーーーーーっ!」




