スタンピード ババア
悩んでいるような暇はない。マグロは先程と同様孤を描き、再びこちらに突撃してこようとしている。
あの突撃を何度もくらっていたら、俺なんかはそれだけで戦線離脱だ。
だから即決した。
「わかった。頼むミズホ」
『任せて』
奴の脅威は速度だ。俺の【八咫鏡】での広範囲攻撃でも高確率で当てられるだろうが、味方を巻き込む形になるから近距離では使えないし、アレは任意の場所にいきなり出せるものでもない。奴が途中で軌道を変えたら対応が間に合わない可能性がある。
それに対しミズホの【沈む世界】は味方を巻き込まないから近場で発動でき、その上で奴の一番の脅威を奪う事ができる。確かに相性的にはそちらの方がいい。
『リーデル、全開駆動。──アイツがこちらに再突撃かけてきたら行くわ』
「了解だ。レオ、もう少し前に陣取ってくれ」
『わかったっス』
『私はどうする?』
「サヤカはミズホのガードを頼む。要だからな」
予測では、恐らく俺を狙ってくるハズ。前2回も俺狙いだったし、攻撃をぶち当てたのが俺だからだろう。ただミズホを狙われて術が途切れたりしたら厄介なので、対応を2分して俺達はそれぞれの位置を調整する。
『来るわよ』
そして、マグロが進路を変えた。わずかに孤を描きつつ、こちらへ向かう進路だ。
「孤の頂点を超えた所で発動頼む」
『わかってるわ』
まだ距離があるし、今の位置だと発動後に状態の変化に気づいて軌道を変えられたら厄介だ。こちらに向けて完全に軌道を確定した後を狙う。
奴の速度ならその瞬間までほんの僅かだ。
……3、2、1、0!
『【沈む世界】』
合図は必要としない。奴がその体を真っすぐこちらに向けた瞬間皆が一斉に動いていた。
最初にミズホの魔術、【沈む世界】の発動。一見何も変化が起きていないように見える彼女の魔術は、だが明らかにマグロの速度を低減させた。とはいえそれまでの速度があるから、一気に大減速とまではいかず勢いを維持したまま突撃を継続してくる。
そこに、俺は射撃をぶち込む。だが、正面からの攻撃を奴は軌道をわずかにずらし回避した。速度の減速中なのが災いしてタイミングがずれ、拡散された霊力は奴の胴体をある程度えぐり取りはしたものの、致命傷まではいかない。
なので俺は叫んだ。
「レオ!」
『っス!』
俺の言葉に、レオの機体がメイスを大きく振りかぶる。
マグロはわずかに軌道を変えたが、あくまで目標は変えていない。その結果、奴のルートはほぼ絞り込まれ、そのルート上にはレオの機体がいる。
いまだある程度の速度を維持したマグロ。それが手元に来る前にレオはメイスを振り下ろしはじめ──そこに自らまな板の上に上がるがごとくマグロが滑り込み、
激突音が生じた。
レオのメイスが、マグロの頭部に思いっきり叩きつけられたのだ。そしてそこから更にもう一度、激しい音が響いて、
「うわっ!?」
強い揺れと共に、同時に大量の土砂が舞い上がった。マグロが地面に接触したのか? 追撃を行うつもりだったが土砂は少し離れていた俺の方まで飛んできている為、視界が阻害され奴が上手く視認できない。
くそっと思いつつ、衝撃に備える。
が、衝撃は来なかった。激突音がしないから、他の誰かの機体が狙われたこともない。そのままいったん退避したのかと周囲を見るが、そちらにも奴の姿は見えない。
そして舞い上がっていた土煙が治まり……奴の姿が露わになった。
……えーと。
『ナニコレ』
ミズホがぼそっと呟いたが、同意だ。
「えーっと」
なんかね。マグロがね。頭から地面にささってびちびちしているの。
レオの一撃で、それまでの勢いがそのまま下方向へ向けられて刺さったのか? いやそうはならんやろと思うが、なっている物は仕方ない。
『というかこれチャンスでは?』
はっ!?
目の前の絵面があまりにアレで思考停止してたが、サヤカの突っ込みで正気に戻る。
「ええと……撃っちゃうよ?」
『どうぞ。……術も解除するわ』
先程までのピリピリした空気は何だったんだってくらいの弛緩した雰囲気の中、俺はマグロに対してライフルを向け、引き金を引いた。
──数分後。
『……なんか出だしでいろいろあったけど、第二波もなんとかなったわね』
「ああ」
ミズホの言葉に小さく同意を返す。
第二波として出現した鏡獣は、あのマグロだけではなかった。マグロを倒した直後、第一波と同様にロボット型の鏡獣たちが押し寄せてきて再び乱戦に突入。ようやく今になってそいつらの処理が片付いたところだ。
「しかし、消耗しちまったな」
『ユージンさんは特にちょいと厳しいっすね』
レオの言葉通り、俺は少々霊力の残量が厳しくなってきた。あのマグロの一撃をもらった影響が大きく、残り霊力は6割のラインを切り、残り5.5割も残っていないくらいだ。一戦当たりの消耗量を考えると、あと二戦はちょっと厳しい。
他の面子はミズホが上手く調整すれば可能、近接組はまだまだいけると言う所か。
となるとだ。
「次の戦闘、俺は出し惜しみ無しでいった方がいいかもしれんな」
『全力出し切って離脱するってことかしら?』
「ああ」
リーグ戦の再開までは大分あるから、霊力の使い切りを気にする必要はない。最悪明日はもう一日位有給とって寝ててもいいし。
だとすれば、第三波は俺が全力を出して一気に片付ることができれば、第4波がきても他の3人は全開に近い状態で戦える。手数は減るが、一度切ったミズホの全開駆動も再度使用可能になっているし、なんとかなるだろう。
もう一体"異界映し"がきた場合は知らん、他所のチームに任せる。俺のライフルが有効な武器なだけで、別に他のチームで倒せないわけでもないし。
「次で温存してそれが無駄になるより、そっちの方がいいだろ」
『そうね。ただその場合は、周囲のチームに連絡した方がいいかもね』
『その辺のやり取りは気にしなくてもこちらで随時行ってるから大丈夫よ』
「ナナオさん、了解です」
俺が会話に参加してきたナナオさんに応答を返すと、その後に続くようにミズホが言葉を放った。
『あっ、そうだナナオさん。今回の戦闘も、通信は録音してますよね?』
『チーム内通信はいつも通り録音してるわよ』
『あとでそのデータください』
『? 何に使うの?』
突然の申し出に、ナナオさんが怪訝とした様子で問い返す。
うん、今日の戦闘会話振り返ってみても別に聞きなおす必要があるようなものは別に何も──
『いえ、さっきの戦闘中に、ユージンが可愛い悲鳴を上げてたので』
ちょ、
「おま、あれ聞こえて……!?」
『アタシが聞き逃すわけないじゃなーい。戦闘中に言うのもアレだったから言わなかっただけよ?』
いや怖えよ! あの時は機体が地面に倒れた音が大きく響いてたはずで、普通あの中からちょっと漏らした悲鳴なんて聞こえないだろ?
『なんの話だ?』
『ユージンさん、どんな悲鳴上げてたんすか?』
「聞かんでいい!」
ほら他の二人は聞こえてねーじゃねーか。ミズホ、お前ちょっと俺に対しておかしいよ……
……今更だな。
いやまぁいい、悲鳴位は別にいい、ただ
「変にデータ横流しはするなよ?」
『アタシのコレクションに追加するだけだから安心して?』
安心していいものなのかなぁ。
『ちょっと聞きたい……』
サヤカさん?
『まぁその辺は後にしておきなさい。予測通りだと、次はいきなり来るわよ』
ナナオさんがそういった直後。再び先程と同様に全体向けのチャンネルから声が響いた。
『第三波、来たぞ! ウチのチームの側に突如出現した!』
『こちらも確認!』
『こっちもだ──ってこれババアじゃねぇか! 誰だ頭に浮かべた奴!』
次々と各チームが全体向けチャンネルで報告を上げてくる。
これまでとは異なり、今度は各チームの元にいきなり鏡獣が出現しているようだった。
が、チャンネルから響く各チームの声には焦りや困惑は見られない。
──いや、最後の奴だけ困惑交じりだったな。というかこっちも困惑するわ、ババアってなんだよ。




