スタンピード 魚
水もないのに魚?
サヤカがこっちにやって来たときにも表れた鏡獣はサメだったが、あれは先に水が出現してそこから俺が視聴済みのサメ映画を思い出してしまったから出現したものだ。
今この場には、その時のように水は出現していない。出現したところで動くこともできずビチビチするだけでは?
──なんてことを思ったが、よくよく考えたらそもそもアキツには手足の生えたマグロみたいな生命体が普通に暮らしているのを思い出した。
うん。魚が水の中を泳ぐものっていうのは俺達の世界の常識だ。どこかの世界には魚のような形状をしても水の中を泳がない生き物がいて、"異界映し"によってその姿が映しとられることがあってもおかしくない。
しかしだとすると、どうやって移動しているんだ? やっぱり手足が生えてて走ってるのか? それが高速で移動しているとなるとキモイことこの上ないが……
先程鏡獣がやって来ている方に機体を向ける。
モニターにはまだ何も……いや、何かが見えるな。
そちらの方向を拡大する。
……えーっと。
『魚っスね』
「魚だな」
『ムーライガーに似てるわね』
『ムーライガーとはなんだ?』
『街で見かけたことないかしら? 魚に手足が生えたような種族。彼らの事よ』
ああ、あいつらそんな種族名なんだ……なんか響き的に外見と全然有ってない気がするけど。
「となると、アイツはその種族と同じ世界の存在か?」
『それはわからないけど。アイツ手足は生えてないし』
確かにな。
そいつはマグロの姿によく似ていた。そのムーライガーという種族と比べると、手足も生えてないしかなりマグロだ。俺達の世界の人間に見せたらまぁマグロと思われるんじゃないだろうか。
胸ビレが、飛行機の主翼のような形状で左右に伸びているのと、その身のどの部分も地面についていない──ようするに宙に浮いている以外は。
正直あれ、魚の頭部がなければミサイルか何かに見えるんじゃないかなぁ……
まぁ外見や能力に関しては深く考えても仕方ない。どこかにああいう生き物がいる世界があるというだけだ。いったいその世界ではどんな生態系になっているのか興味があるが、知りようがないし。
それよりも問題は、
「速いな」
『速いわね』
俺の呟きに、ミズホの同意の声が返ってくる。
浦部さんは高速移動するといっていたが、その言葉の通り飛行マグロはかなりの速度で移動していた。先程まで相手していたロボットの3倍……いやそれ以上の速度が出ているか。
先程までは拡大して尚小さかったその姿は、もう大分大きくなっている。
「こりゃすぐ接敵するな、ミズホ、構えろ」
『あの進行方向だとこっちは来なくて通り過ぎて行きそうだけど。それにあの速度に当てるのは厳しくない?』
「最終的にはあの先に位置しているチームに任せる事になるかもしれんが、黙ってスルーするわけにはいかないだろ。それに動きが直線だ、進行方向にばら撒きゃ運がよきゃ当たる」
『はぁい』
『私たちはどうすればいい? あの速度だと接近はできなそうだが』
「攻撃があたった場合、こちらに標的を変える可能性がある。近接組はその場合にフォローに入れるように待機していてくれ』
二人に指示を出しながら、こちらは武器を構える。想像を超えた速度の飛行マグロは、最早こちらの射程内まであとわずかな所に来ていた。
「行くぞミズホ。正面、左側を。俺は右側を狙う」
『了解』
彼女の同意の声と共に、引き金を引く。
ライフルだけではなく、滑腔砲や装弾数が少ないからこれまで使っていなかったランチャーも含めて大盤振る舞いだ。ミズホの放った分も含め、大量の射撃、砲撃が飛行マグロの進行方向に飛来する。それに対してマグロは速度を落と──さない!
「チッ」
思わず舌打ちが漏れる。手前での減速を予測して放った大本命のライフルの一撃は外れた。だが、
『命中っスね!』
それよりも右側を狙った滑腔砲の一撃が、マグロの側面に命中した。それでもなお突き進む奴の元に、続けてロケットランチャーも着弾する。
爆炎が巻き起こる。しかしその中から黒い影がすぐに飛び出した。
そいつは更にそのまま大きく孤を描いて、自分の進行方向を変更する。目標は──こちらだ。
さすがに直撃弾だ、ダメージは入っているだろう。だが奴の速度は落ちていない……というか加速している!
「やべ……!」
倒せていないのは想定通りだが、あの速度から更に加速は想定外だ!
慌ててライフルをそちらに向け直して引き金を引くが、焦りと、奴が孤を描きながらこちらに向かってくるのが仇になり、わずかに逸れる。そしてその間に瞬く間にマグロはこちらへの距離を詰め、
『このっ!』
その軌道上に、サヤカが飛び出す。高速で突貫してくるマグロに対して、正面から叩きつけるように横薙ぎに刀を振るう。が、
ギィン!
甲高い、耳障りな音と共に刀が大きく弾かれた。霊力のこもった刀は折れる事こそなかったものの、サヤカの機体の手を離れ大きく弾き飛ばされていく。そして次の瞬間には、
「……!」
俺の機体を、リーグ戦ですら受けたことがないような激しい衝撃が襲った。
来る事がわかっていたから身構えてはいたが……機体が大きく弾き飛ばされ、俺の体を支えるベルトがきつく体にギリギリとめり込む。
「きゃんっ!」
更に体が横倒しになったと思ったら、今度は背後から跳ね上げられるような衝撃が来た。咄嗟に竦めていた首も大きく振られ、後頭部がシートに叩きつけられる。
「あいったぁ……」
シートの素材は固いものではないのでたんこぶとかはできてないだろうけど、首がやばいなぁこれ。
とりあえず捻ってみるが、特に痛みはなし。大丈夫そう?
……ところで今変な声出しちゃった気がするけど──ミズホが反応してないってことは聞かれてないな、よし。
『ユージン、大丈夫!?』
「大丈夫だ! 特にダメージはなし!」
ミズホがやたらと心配そうな声で聞いてきたので、即座に返してやる。声の向こうで聞こえる音は、マグロを攻撃している音だろうか。
俺は機体を起こしつつ、周囲を確認する。
いた。
マグロはミズホの攻撃を搔い潜りつつ、こちらの周囲を回るように大きく孤を描いて移動を続けていた。ヒットアンドアウェイでどこかへ飛び去ることも予測はしていたが、どうやらこのまま俺達の相手を続けるらしい。
ならば、今度こそライフルでぶち抜いてやる。そう思って構えようとして気づいた。右腕にライフルがない。
しまった、吹き飛ばされた時に放しちまったのか。えっと、どこだ?
『これか?』
機体の頭を左右に振って周囲を探していると、目の前にライフルが差し出された。サヤカだ。
「ああ、さんきゅ。……って、あれお前刀は?」
差し出されたライフルを握っていたのは左腕。彼女の利き腕である右手の方には何も握られていない。なので例を言いつつそう聞くと、サヤカは苦々し気な声で答えた。
『今から拾う。……んだが、今ので右腕の指が3本ほどお釈迦になって握る事ができない』
「げ、マジか。ということは後は全開駆動で行くしかないってことか?」
全開駆動は全身を霊力で覆って動かすから、指の関節部分がバカになっていようが握る事はできるようになる。だが、彼女はそれを否定した。
『この時間帯でそれは早すぎるだろう。左手でもある程度は扱えるから、しばらくはそれで行く』
「わかった」
頷いて、受け取ったライフルを構えようとした時、今度はレオの声が通信機から響いた。
『いや何をのんびりしてるっスか! また来るっスよ、ユージンさん狙いで!』
マジか!
その声に反応して振り返れば、確かにマグロがまた俺目がけて突進してきていた。うぉ、これまた回避できない奴では!?
この状況下で呑気に会話してたのは本当に間抜けとしかいいようがない。先程と同じ衝撃を受ける事を覚悟して身構えて──だが、今度は俺の体に衝撃が来る前に轟音が鳴り響いた。
『ぐっ……!』
レオだ。彼の機体がマグロの前に飛び出し、俺を護ってくれた。
角度をとって滑り込まされた彼の機体は俺のように吹き飛ばされることなく、上手く奴を受け流しマグロは再び高速でこちらから離れていく。
だが、代償は無しとはいかない。
『一撃でこれはヤバいっスね』
見ればレオの機体の霊力が先程から1割近く減少していた。いや、レオだけではない。俺に至っては1割以上霊力が減少している。それだけ奴の突撃のインパクトがでかいということだ。
「これは、霊力温存とか言ってる場合じゃないな」
受けるダメージがでかすぎる。力を温存してそれ以上のダメージを受けていては意味がない。
「俺が全開駆動で【八咫鏡】を使う。あれなら──」
『ちょっと待って』
大量に拡散した攻撃でぶち当てられる──そう言おうとした矢先、ミズホに口を挟まれた。
『アタシに任せて。魔術なら私の方がアイツには相性いいわ』




