お隣さんとのお付き合い①
「……あれ?」
仕事帰りの帰り道、珍しい姿を見かけて俺は足を止めた。
そこそこ人通りのある場所だが、その中でも街頭に照らされた金色の髪は良く目立つ。すれ違う人間の一部がわずかに避けるように距離を取るのは金髪碧眼というこの国、しかも地方の街では珍しい外見からだろうか。
更に一部の人間はすれ違い様に歩む速度を緩め、視線でその動きを追う。それは彼女の美貌に目を取られてだろう。
その当事者である金髪の美女──サヤカ自身は、周囲のそんな反応は目に入っていないかのように気にもせず背筋を伸ばして歩いていた。
左手にはパンパンに膨らんだビニール袋。そして彼女は正面から歩いてきた俺に気づくと、笑顔と共に手を上げる。
「ユージン! 仕事帰りか?」
ちょ!
彼女に気を引かれていた連中が彼女の視線の先を追い俺を見て、そして首を傾げる。それはそうだろう。明らかに異国の人間、その彼女が日本のものではない名前を呼んだ先にいたのは、どっから見ても日本人にしか見えない幼く見える少女だ。
というかそっちはどうでもいい。そんなことよりもだ。
俺は顔の前で彼女に向けてブンブンと大きく手を振る。
それで何とか察してくれたらしい。サヤカは「あっ」という顔で口元に手を当てると申し訳なさそうな顔でそのまま歩み寄ってきて、改めて俺の名前を呼ぶ。
「すまん、アルト」
「……気を付けてくれよ。今は顔見知りいなかったから良かったけどさ」
一応周囲にいた人間の顔は一通り確認したが、特に見知った顔はいなかったのでとりあえず問題なさそうだ。もしいたら間違いなく呼び名に関して聞かれたと思うので助かった。特にウチの近くの近所のおばちゃんズとかに聞かれてたら最悪である。
彼女は空いている方で頭をポリポリ書きながら、苦笑い。
「すまんな、すっかり忘れていたよ」
「まぁ向こうとこっちで違う名前を使うなんて、ややこしい事してるのは申し訳ないけどな」
元々こっちの世界と向こうの世界で共通の知人が出来るなんて思ってなかったからなぁ。向こうの登録名、妙に気取った形にしないで普通にムラサメにしとけばよかったな。
「そもそもこっち側では、ほぼ会う事がないしな」
「……お隣同士なのに、なんでだろうな?」
「生活リズムが違うからな」
「そういう問題か?」
彼女が俺の隣に引っ越してからもう3か月程が経過しているが、実は俺が彼女とこちらの世界であったのは2回だけ。年末年始で彼女が里帰りする前とした後で、それぞれ一回ずつ顔を合わせただけだ。
アキツに行くときに一緒に行っていないのかと思われそうだが、彼女は俺よりもフリーの時間が多いため俺より先にアキツに向い、俺より後に日本に帰って来ている。なので実は一度も一緒に転移をしたことがない。
更に、彼女はこちらにいる時はほぼ引きこもりで外に出てこない。いや、実際は出てるんだろうが日中だったら会う事無いしな。なんでもこっちにいる時間の大部分はモデラーの仕事をこなしているか、寝ているのが殆どとのこと。一度スイッチが入るとキリがいい所まで一気に進めるタイプらしく、作業中は割と生活リズムがぐっちゃぐちゃらしい。
向こうにいる時は割と普通の生活リズムなんだけど、よくそれで体が持つなと思う。若さゆえか? いや、俺と5つも変わらないんだけどさ。
「……体壊すなよー、お前」
「ちゃんと睡眠はたっぷり取ってるから平気だよ。運動は向こうでしてるしな」
「体調崩して試合欠場とか許さないぞー?」
「その辺はちゃんとしてるから安心しろ」
本当かなぁ。まぁ確かにいつも健康そのものって感じではあるけどさぁ。
「とりあえず行こうか。春が近いとはいえこの時間は冷え込む。立ち止まって世間話なんてしていたらそれこそ風邪をひいてしまう」
「そうだな」
頷きあって、横並びに歩き出す。と、同時にサヤカが手を差し出してきた。
「……なに?」
「いや、手を繋ごうかと」
「なんでだよ」
「この暗い道で君の姿を見ていたら、手を引いてやらないとという使命感を抱いてだな」
「俺は幼女じゃねぇんだが!?」
お前よりずっと年上ぇ!
「ふむ……繋がない?」
「繋がない!」
手を繋いでなんて帰ったら、それこそ俺が世間からそういった目で見られるだろ。
「そうか……」
「なんでちょっと残念そうなの」
「いや、幼子に拒絶されると来るものが」
「誰が幼子か!?」
「冗談だ」
そう言うと彼女はニカッと笑い、俺の頭にぽんと手を置く。
いやそれも子供扱いだろが。手を振って俺は彼女の手を跳ねのける。
「怒るぞ」
「すまん、最後のは無意識にやってしまった」
「無意識……」
やっぱりコイツ俺の男時代を知らないせいもあって、外見的な部分から俺を見ている割合が多いよな。どこかで俺が年上で元男だということをきっちり教えてやらないと。
……これ、誤って口に出して言ったらどん引かれする奴だな?
「どうした?」
「なんでも」
答えながら見上げると、彼女はニコニコ笑いながらこちらを見ていた。
──これ多分口に出したら、見せて見せてとか言われそうだな。子供に対するみたいに。ああダメだ、上手く認識を変える方法が思い浮かばん。
「とりあえず俺を子供みたいに扱うのは止めような。年上やぞ?」
「善処しよう。ま、今はちょっと大人びた格好してるしな」
「お前それ止める気ないだろ。後、大人びたじゃなくて大人なんだが?」
「普段着とはだいぶ違うと思ってな」
「そりゃ仕事だからな。さすがにあんまりラフな恰好で行くわけにはいかないだろ」
「そーゆーものか?」
「そーゆーもんだ」
ウチの会社、別に極端な恰好じゃなければ特に何も言われないけど、外部の取引先相手とかが来る事もあるから基本的には大人しめな恰好で出勤してる。
あと、これは言わないけどこっちの格好の方が補導員や警察官に声かけられることが少ないというメリットもあるしな。あとはルージュ以外の化粧もすればもうちょっと変わるのかもしれないけど、それはめんどくさい。
まぁここ最近は、警察官の方にはほぼ声を掛けられることなくなったけど。
なんかほぼ地元と会社の周辺にいる警察官にはほぼ顔覚えられたくさいんだよね。犯罪を犯したわけでもないのに、複数の警察官に顔をおぼられるような事になるとは思わなかったよ。
「というかさ、お前はお前でその格好どうなの?」
こちらばかりじろじろ見られるのも癪なので、彼女を見返してやる。
彼女の格好は下はグレーのスウェットパンツ。上はジャケットを羽織っているから見えないが、恐らく自宅で着ているスウェットの上にそのままジャケットを着て出てきた感じだろう。
彼女は自分の格好を見下ろし、
「別に構わんだろ。コンビニに食料を買いに出ただけだし」
「弁当か?」
「いや、ラーメンだ。ほら」
彼女が見せてきた袋の中には、パンパンにカップラーメンが詰まっていた。
「……備蓄用?」
「いや、向こう一週間分くらいの食料だな」
「おい待て」
袋の中に入っているカップラーメンは10個近くある。そして彼女がこちらで過ごすのは週に3~4日程度だ。つまり
「お前まさか3食カップラーメンか!?」
「今は朝はバナナだな。起きてればだが」
「自炊は!?」
「したことないな」
コイツ……いろいろそつなくこなす天才肌かと思ったら、マンガとかアニメだとそういうタイプによくある私生活が崩壊しているタイプか!? それにしたって毎食カップラーメンはさすがにダメすぎるだろう!? もうちょいバランス考えろ!
……
……
あーもう!
「お前ちょっと、この後俺の部屋に来い」
「ん? どうしてだ?」
「説教するから」
「なんで!?」




