日常
第8戦を制し、8連勝。
最終戦を落として再びラウドテックに並ばれたとしても、勝率が一緒なら直接対決の勝者が上位扱いとなる。なのでこれでウチのチームの2位以上は確定した。
そして最終節の相手は現在8位のチームだ。勝負事に絶対はないとはいえ、ウチのチームの勝利は固いだろう。事実上C1優勝、そしてB2への昇格は決まったようなものだ。
──昇格かぁ。
今シーズンの開始前、サヤカ参入が決まる前から今シーズンの目標としていたことを達成するのがほぼ決まったのだ。勿論嬉しいし、数シーズン越しで迎える上のリーグへの挑戦に昂るものもある。
が、それと同時にちょっと不安になることもある。
上のリーグでやっていけるのか、という類の不安ではない。正直そちらに関してはやっていけると思っている。少なくともB2では手も足もでない、ということはないのは控えめにみても間違いないと思う。
不安なのは、更に知名度が上がる事だ。
現在エルネスト、特にその中でも俺はC1という下部リーグではすでに分不相応な知名度を得てしまっている。そこにリーグのレベルが上がる事により相応な知名度を更に得る事になればどうなってしまうのだろうか。
……どうにもならない気がするなー。
深淵の一件でさんざっぱらメディア関連に顔が流されたせいで、俺の知名度はあの世界では非常に高くなっている。セラス局長のように知らない人はいないとまではいわないが、少なくともテレビやネット放送などを見ている人間に関しては俺の顔は知れ渡っている。
ただあれから半年近く立ち、リーグ戦も再開した事もありメディア露出も治まってきた(撮影したCMの類は今も頻繁に流されてるらしいがな……)ことで注目はある程度治まって来た感じはある。そこに昇格情報が入るのは注目を呼び戻す事になるだろうが……どっちにしても今更感がある。
俺があっちの世界で平穏に暮らせないのは変わらないのだ。
リーグ戦を昇格して行けば今の姿でなくても知名度は上がっていただろうけど、俺の元の姿割と地味だったしなぁ。浦部さんみたいにトップにでも立たない限り街をのんびり歩けなくなるなんてこと絶対にないとは思ってたんだけども。
はぁ。
それに比べると、あれから大分立っても日本側の生活は平和だ。以前と何も変わらない。
いや、変わらないってことはないけど。女の子になっていろいろと変わったけど。ただそれは向こうに比べると小さな話で、マクロなレベルで見れば変わっていないも同然だ。少なくとも普通に街中歩けるし。いまだにたまに補導されかけるけど。
仕事と家事、睡眠にちょっとした趣味の時間。それくらいしかしていないこちらの生活が俺にとっての安らぎになっているのは間違いない。向こうの世界は夢をかなえる場所ではあるが、落ち着かない。時間が過ぎるたびその実感は強くなってきている。
ただちょっと面倒な事もあるけどネ。
というのは、こっちの人間は俺の事を女の子としてしか扱わないこと。そりゃ彼らの記憶の中では俺は生まれついての女の子だから当たり前と言えば当たり前だ。
そしてそういった女の子的な扱いを受けた時、向こうで使う「中身は男だ!」っていう理由は使えないわけで。例えばだけどみんなと一緒に着替える必要があった時に、向こうでしているように別れて着替えるには別の理由を考えなくちゃいけなくなるわけだ。
そういう意味では、秋葉ちゃん達のように学生であったり、女性社員は制服着用とかの仕事じゃなくて助かったよな。どこかに出かけることでもない限りはそういった機会もないし。会社の中での俺の取り扱いも大分変ったけど、そのくらいは些細な事だ。
「アルトちゃーん! クルトワの新作スィーツ買って来たよ、一緒に食べよ!」
時刻は15時ちょっと過ぎ。
最近本社勤務に切り替わった藤峰さんが、近くにある人気スィーツ店の袋を掲げながらそう声を掛けてきた。
俺はコーディング中だった手を止め、彼女の方に顔を向けると半目を向けて言ってやる。
「いやクルトワってこっから片道15分くらいかかる店じゃないですか。仕事中に何してるんですか?」
「ちゃんと部長に許可取って行ったわよ? 休憩扱いにしてるし何も問題ないでしょ」
彼女の言葉に部長の方へ視線を向けたら笑顔で手を上げてきた。彼女の言葉を肯定しているのだろう。
だとしたら俺がとやかく言うことじゃないか。ウチの会社基本やることやってれば後は自由な所あるしな。
「あれー、もしかしてアルトちゃん要らないのぉ?」
「……ありがたく頂きます」
あそこのスィーツ上手いからなぁ。人気店だから並ばないといけなんだけど。
「いくつ買って来たの?」
俺の正面から少々身を乗り出しつつ聞く鳴瀬さんに対し、藤峰さんはにやりと笑い。
「5つ。アンタと双葉ちゃんの分、それから部長の分ね」
成程、それでOKだしたのか部長。
彼女の答えに、鳴瀬さんが席を立つ。
「ありがと。それじゃ珈琲でも入れようか? あ、アルトちゃんは紅茶だっけ?」
「はい、そっちでお願いします」
頷きながら、俺はデータをセーブする。せっかくだし休憩するとしますか。
──5分後。
「あー……やっぱり美味しいですね、ここのスィーツ」
レクリエーションルームのテーブルを囲んで4名。藤峰さんと鳴瀬さん、二宮さん、俺。
口の中に幸せを感じる。仕事で疲弊した脳に栄養が補給されていく感じだ。付属のスプーンで少しずつ切り取って口に運んでいく。
男の頃はこのくらいのサイズのスィーツだったら一気にかぶりついて食べてたけどなー。根本的に口のサイズが小さくなってるし、周囲の視線もあるわけで。おしとやか、というわけでもないがゆっくりと味わって食べていく。
よく考えればこっちの方が長く楽しめるしなー。以前はもったいない事をしていたかもしれないな。
それにしても──
俺は、このスィーツの提供主である藤峰さんの方へ視線を送る。
彼女は自分が買って来たスィーツにも、鳴瀬さんが入れた珈琲にも手を付けず、頬杖をついてニコニコとこちらを見ている。
「いや、藤峰さんも食べましょうよ」
「いや今メインディッシュ中だから。デザートはその後ね」
メインディッシュって。
この姿になって、社内での俺の人間関係も大分変わった。
具体的にいえば男性陣は俺の事を女性として気づかいするようになった。一部はそういった類の視線を感じる。直接的なウザい行動に出てくるのはあの馬鹿だけだけど。
そして女性陣からは勿論同性としての扱いを受けるようになったが、それ以上にマスコット的な扱いを受けることが増えた。やはり実年齢よりも外見年齢の方が人の扱いは影響が大きいらしい。
ただ、全般的には卯之原のアホを除けばいい方向への変化だ。やっぱり外見って重要だよなぁ。
その中で特に変化したのが目の前の藤峰さんだったりする。
男の時は殆ど会話したことなかったんだけど、この姿に変わってからは積極的に絡んでくる。というか餌付けしようとしてくる。ちょくちょく有名スィーツを買ってきては、いいからいいからと俺に食べさせてくるのだ。
当人曰く。食べてる姿が幸せそうで、見てるだけで幸せになれるとのこと。
ミズホみたいな感情を抱いているわけではなく、年の離れた姪っ子とかそういう類に持つ感情を向けられている気がする。
しかしこれ以前サヤカやミズホにも似たような事言われたな。そんなにか?
というかこの辺り男の頃はどうだったんだろ。男の時もそんな感じだったのか?
この辺聞いてみたいところではあるけど、こっちだと記憶改ざんされてるからダメだし向こうだと俺が飯食うときに一緒にいたのミズホくらいしかいないし、アイツは男時代の俺をそこまで注意深く見てないだろう。
ま、いいか。
幼い姿の美少女であるメリット。せっかくだからこの程度のもののありがたく享受させて頂きましょ。
あー、ほんと美味い。
普通の一般人として過ごせる日本で、こういう穏やかな交流関係。日常的な小さい幸せというか、大事にしたいよね。
向こうの世界の身の回りの連中、俺に対してアグレッシブな連中ばっかりだからなぁ……




