ユージンは悲鳴を上げる
「きゃっ」
少女のような悲鳴を上げながら、俺は力強く後ろから抱き寄せられる。
「貴様……!」
正面に立つ燕尾服姿のミズホが、怒りの表情で声を上げる。更には
「ユーリア姫を離したまえ、ガウナス! さもなくば斬り伏せる!」
銀色の光沢を持った鎧を身に纏ったサヤカが、腰から抜き放った剣をこちらに向けて突き付けた相手は。
そう、レオだ。
割れた腹筋やたくましい胸板を惜しげもなくさらけだした上半身にやたらド派手なジャケットだけを身に纏ったレオは、抱き寄せる腕に更に力を込めて小柄な俺の体を自分の体へと押し付ける。
「きゃあんっ」
肩を強くつかまれ、俺はもう一度わざとらしい少女のような悲鳴……悲鳴……ううっ……いやだめだ、心を強く持たないと。いまはまだ顔に悲しみの表情を浮かべる時間じゃない。
悲鳴を聞いた二人がその体を前のめりにするのと同時、俺の頭上でレオの声が響く。
「悪いが今度こそ姫は頂いていくぜ! 俺の嫁としてな!」
「ふざけるな!」
「させるか!」
叫びと共にミズホとサヤカが飛び出そうとして、だがぴたりとその動きが止まる。まるで何かに引っ張られるように。
その光景を見てレオが嘲りの笑いを上げる。
そして、
「はははははは! 今回こそは準備は万端だ! 悪いが貴様らに招待状はやらん! そこで姫が幸せになることだけを祈ってるといい!」
調子に乗った声でそう言うと、俺を抱えたままその身を翻した。
俺はその状態のままなんとか体を捻り、必死の顔で二人の方へと手を伸ばし──
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「いや本当に配役おかしいってこれ」
「撮影終わったのにまだいうの?」
スタジオの控室。撮影を終えて最終映像確認の結果を待つ中、先程の撮影の時にて着ていたドレスのままぶーたれる俺に、ミズホが苦笑いを浮かべながら言葉を返してくる。
「仕方ないじゃない。元キャラの設定がそういう配役で、こういうイベント導入なんだから」
「そりゃわかってるけどさぁ……」
今日は、CMの撮影だ。というか撮影以外でドレスなんか着てたまるか。
通常、うちのチーム……というか、俺はシーズン中の撮影はNGとさせてもらっている。これは嫌とかそういう話じゃなくて、週末限定でこちらに来ている俺は時間が取れないから。流石に試合の日にそういった撮影を入れるわけにはいかないし、もう片方の日も作戦の立案やデータの分析、機体の調整、訓練とやる事は目白押しだ。
──なんだけどさぁ。
大口スポンサーで、しかも最近さらにスポンサー料の増額を掲示してきた企業のたっての依頼を断るなんてできなかったわけで。
翌日試合を控える本日土曜日、チーム総出で撮影という訳である。
依頼元は以前もCMを撮影したソシャゲの会社だ。本当に前回の撮影で気に入ってくれたらしく、以前口にしていた4周年記念のCMを依頼してきた。なので俺とミズホの役柄は前回と一緒。お姫様と従者の役だ。
「またお姫様役をやるなんて思ってなかったし、自分の人生の中で攫われるお姫様役をやる事になるなんて思ってもなかったよ……大体シナリオ、ベタ過ぎんだろ」
今回のCM、4周年記念で配信される特別シナリオらしい。
レオが扮するガウナスというキャラ……俺の扮するお姫様であるユーリアを嫁にしようと頻繁に絡んでくる三枚目で、肝心なところでツメが甘くて失敗する俗に言う憎めない悪役キャラだ。時たま主人公サイドと共闘したりする奴。今回はそいつが見つけ出した、そこで結婚式を挙げたものは必ず幸せな家庭を築けるという伝説の古城アイエンサウザンを発見したガウナスがユーリアを攫い、それを彼女の従者であるミズホ扮するノインとサヤカ扮する姫の護衛騎士であるクーリアが救出しに行くというシナリオ。
うん、ギャグシナリオだな? シナリオの細かい内容は聞いてないけどある程度展開は読めるぞ。
「仕方ないわよ、前回のCMかなり好評だったらしいもの。中にはユーリア姫をTSキャラだった事にするべきでは? と言い出す連中も居たらしいし」
「そいつら全員ガチャで大爆死すればいいと思うよ」
貯金を使い果たすまで散財しろ。
そもそも新規キャラで出すならともかく、既存キャラでそんなことやったら炎上どころですまないだろう。この作品稼ぎ頭らしいし、それで業績落とされると俺が何のためにこんな格好で撮影しているかわからなくなるんだが?
「はぁ。最終NG出ないといいけど」
「それは大丈夫じゃないか? 最後の演技は上手くできていたと思うぞ?」
「……すまんね、NG出しまくって。というかお前等なんでNG出さないの」
本日のNGリザルト。ミズホ、サヤカ0。レオ1。俺6。
俺の言葉に彼女はきょとんとし、
「私の担当部分でNGを出すような部分はなかっただろう」
「そうかぁ? あの動き留められるシーンとか、普通ぱっと上手くできるようなもんじゃねーだろ」
先程の撮影、用意されたセットの中ではなく俗に言うブルーバック撮影という奴で、俺達は何もない中で演技をしていたわけだ。素人目ではたから見ると非常にシュールな光景に見えそうなアレ。
その中で二人が動きを止めたあのシーン。後程CGで全身に絡みつく鎖が表現されるらしいが、そんなものがなくても先程の二人はまるで見えない糸に縛られているように見えていた。それだけ自然な演技だったということだ。
俺はサヤカの方に嫉妬を含んだ視線を向ける。
「なんで演技まで出来るんだよお前」
「そういわれてもなぁ……」
「レオも一回だけ動きの指導をされた以降は全く問題なかったしなぁ」
「いやぁ」
照れてぽりぽりと頭を掻くレオ。
「ユージンは何度も指導受けていたからねぇ」
「向こうの指示がアバウトすぎるんだよ。なんだよ"困惑し助けを求めるお姫様のような演技"って。雑にも程があるだろ」
「その結果悲鳴の上げ方で3回、表情で3回リテイクだったものね」
「具体的なイメージがあるなら最初からそれを指示しろっての」
まぁ指示された後に2回ずつしくじってるけどな。狙って"可愛い悲鳴"とか"怯えた少女の表情"とかそうそうできないっての。こちとら女性歴半年やそこらだという事をちゃんと考慮に入れて欲しい。
「はぁ……ほんと試合の前日にこんなことしてていいのかねぇ。明日はよりにもよってラウドテック戦なのに」
今日は土曜日、明日はリーグ戦の第8戦になる。対戦相手はウチと同様ここまで全勝できているラウドテック。ようするに事実上の優勝決定戦だ。
前シーズンでは勝った相手だが、純粋な力ではなく策を弄することで勝った相手。サヤカの加入によりその時よりうちの戦力は各段にあがっており、今では間違いなくこちらが実力は上と言えるだろうが、さすがに他のチームほど楽に勝てる相手じゃないだろう。
本当なら今日はデータ分析とかしてたかったんだがな……いや、勿論先週とか使って事前に分析は行っているけどさ。
「これまでで一番腕がたつ相手か。楽しみだな」
サヤカは楽観的。
「ま、なんとかなるわよ」
「っスね。大丈夫っスよ、ユージンさん」
それにミズホとレオも同調する。やれやれ。
まあ俺も分かってる。今回は前回のように策を弄していないから事前の綿密の調整も必要としていない。
ラウドテックを甘く見ているわけではない。だが今や明らかに戦力はこちらが上。そんな相手に策を弄さなければ勝てないようでは、B2に上がった後が思いやられる。
サヤカの実戦経験の為にも、今回は正面からぶつかりあって勝たなければな。少なくともこちら側は。
そう心に思い直した時、ノックの後ドアが開かれ一人のスタッフが姿を現し、行った。
「エルネストの皆さん、お待たせしました! 最終チェックでOKが出ましたので本日の撮影は終了となります!」
よーし、開放だ。事務所帰ってデータ見よ。




