俺は怒ってるんです!
俺の呼びかけに、集団の最後尾を歩いていたイスファさんは立ち止まり振り返った。
その顔に浮かぶ表情は女性(男だが)に声を掛けられて焦るものでもなく、友人にあって嬉しいというものではなく、いうなればそう──困惑だった。
まぁ予想出来た反応なので、俺はそのまま愛想笑いを浮かべつつ言葉を続ける。
「試合前に申し訳ありませんが、少しお時間いただけますでしょうか?」
俺の言葉に、彼は一瞬躊躇を見せたが
「大丈夫です」
次の瞬間にはそう言って頷いた。そして他のチームメイトたちに先に言っててくれと伝える。
……チームメイトの一人、確かゼノ・ハイマンだったかな。そいつがにやにや笑いながら肘でイスファさんをつついてから立ち去って行った。
間違いなく勘違いされてるだろうけど、これは後でイスファさんがフォローするだろうし気にしなくていいか。
何にせよ、話してはくれるみたいなので俺はミズホ達に振り返って告げる。
「悪い、ちょいとイスファさんと話があるから先行っててもらえるか? そんなに時間かからないと思うから」
「わかった。レオの所で待っているか?」
「いや外寒いし車まで行っちゃっていいよ」
「了解。あ、バッグ持っていっとこうか?」
「そうだな、頼む」
差し出されたミズホの手にバッグを手渡す。
彼女はそれを手に取ると掲げ、
「それじゃ先に行ってるわね。あんまり遅いとバッグの中見ちゃうわよ?」
「見られても困るもんはねぇよ」
「では、行こうかミズホ」
「そうね」
身を翻し、ひらひらと手を振りながら立ち去っていく二人の姿を見送る。そしてその姿が角に消えたのを確認してから、俺はイスファさんの方に向き直った。
彼の同僚達もすでに控室に入ったのだろう、姿はすでに消えていた。通路には今、俺とイスファさん以外の人影はない。
時間帯的には今は人の出入りの少ない時間帯だし、こちら側には精霊使い以外が来る事はあまりない。それほど時間をかける気もないしこの場所のままでいいやと判断し、俺は彼の顔を見上げる。
「例の一件以来ですね」
「……そうだね」
俺の言葉に、イスファさんは小さく頷く。
そう、彼と最後にあったのは深淵戦の日が最後。それ以降は一度も会っていないから、直接会うのは5か月ぶりくらいになる。
別段避けられていたわけではない。……いや、以前ラムサスさんに聞いた話だと多少は避けられてたのかな?
まぁでも実際の所会う機会がなかっただけなのは事実。そもそも試合がなかったからこうやって今日のように鉢合わせる事もなかったし、彼は取材やCMへの出演を自粛していたらしいのでそちらでブッキングすることもなかった。そしてプライベートで会うような仲でもないからな。
今日うちらの後に試合があることは知っていたので、もしタイミングが合えばとは思っていた。こちらのチームが撤収するまでに来ないようであれば、チームを待たせるのもあれなので別にいいかくらいの気持ちではあったが、いい感じにタイミングが合ってくれたようだ。
ならば、俺は彼に言いたいことがある。
だから俺は彼を見上げたまま、口を開こうとして──次の瞬間彼が何をしようとしているのかに気づき、上を見上げたまま一気に彼の間近へと踏み込んだ。
その結果、彼の端正な顔が間近にせまり、
「うわっ!?」
頭を下げようとしていた彼は、悲鳴の声と共にバネに跳ね上げられたように大きくのけぞった。
……ったく。やっぱりメールなんかで言ったんじゃダメだったな。
慌てて半歩下がった彼に対して、俺も同じように半歩距離を詰める。
「ちょ、ちょっとユージンさん」
途端に頬を紅潮させる彼に対して、俺は右手の人差し指を突きつける。目一杯腕を伸ばして、彼の眼前に届かせて。そして左腕は腰に当て、彼に言ってやる。
「今俺怒ってますからね、イスファさん」
言葉に合わせ、怒りの感情を表情に浮かべる。──上手くいってるかわからないけど。というか彼の反応が完全に困惑なので上手くいってない気がするけどどうしようもないからいいか。
「ええと、ユージンさん、ひとまず……」
「俺、メールで『もう謝るの禁止』って書きましたよね?」
狼狽し、さらに一歩下がった彼に逃がさないぞと距離を詰め直し、彼の言葉を上書きするように言葉を続ける。
「今、イスファさん頭下げようとしましたよね?」
「っ……だが!」
「はい、だがはいらないでーす。俺怒ってるので容赦なく行きますよ」
そう、彼が先程しようとしたのは謝罪だ。謝罪の言葉と共に頭を下げようとした。
そんなことされる覚えは俺にはないというのに。だからそれを言葉にして彼に叩きつける。
「あのですね、謝られる理由がないのに謝られるのって、謝られる側も迷惑なんですよ」
うっ、と彼が呻きを上げるが言葉は止めない。
「あの事件を巻き起こしたのはザック・マルティネスで、イスファさんはむしろ止めた側。さらに言えばザック・マルティネス自身思考誘導を受けてたわけで。むしろイスファさんは俺を守ってくれたでしょう?」
だから、
「見ず知らずのどうでもいい人間なら俺も適当に流しますけどね。恩人であり、友人でもある相手に悪くもないのに謝られるのってつらいんですよ? 例えばイスファさんが身に覚えないことで私に延々と謝罪されていたらどう思います?」
そこまで言い切って俺は突き出した指を下げた。そして更に一歩下がった彼を追う事はしない。ただ視線をじっと合わせる。
──彼の表情からは困惑の色が消えていた。そして最初の頃に見せていたこちらに対する罪悪感を感じさせるような雰囲気もない。ただ真剣な顔でこちらを見返し、彼は口を開く。
「ユージンさん」
「はい」
「まず一つ謝らせて欲しい」
「……俺の言う事聞いてました?」
眉を顰めて言う俺に対して、彼は首を縦に振る。
「謝罪したいのはザックや怪我の件じゃない。僕が独りよがりになっていたことだ。貴女を困らせてしまい、本当に申し訳なかった」
そう言って、彼は俺に向けて今度こそ頭を下げた。
ああ、成程そっちね。それなら俺も否定する必要はない。
「了解です、今後は気を付けてくださいね?」
そう声を掛けて、頭を上げた彼に対して笑顔を向ける。
「これでこの件は全部終わりです。今まで通りですよ?」
俺の言葉に、彼はようやく固まっていた表情を緩め、俺に対して笑顔を浮かべ返す。
「ありがとう」
「何の御礼ですかねー? ま、今日はこれからもう戻らなくちゃいけないんで、訓練にはお付き合いできないですけどね」
「ええ、それは勿論。次の機会があったらお付き合い願えるかな?」
「今まで通りっていいましたよ?」
「タイミングが合えばってことだね」
「そーいうことです。それじゃチーム待たせてるので俺は行きますね。試合前に引き留めちゃってすみませんでした」
「こちらこそわざわざありがとう」
「ふふっ、試合の方は頑張ってくださいね。ではでは」
小さく手を振ってから俺は身を翻し、歩き出そうとして
「あ、ちょっとまってユージンさん」
「はい?」
呼び止められて足を止めた。
振り返ると、イスファさんがこちらに中途半端に手を伸ばすような体勢になっている。掴んで止めようとしたのかな? でもこの人俺ですら触れるのダメじゃなかったっけ。
「なんですか?」
問いかけると彼は今気づいたかのように慌てて伸ばしかけた手を引っ込め、それから逡巡を見せ、なぜか顔を少し紅くしてから口を開いた。
「あの、だね」
「はい」
「その、僕の事は、その、フレイゾンかフレイと呼んでもらえないか?」
「名前でですか? 構いませんけど……これも特訓ですか?」
彼はコクコクと大きく頷く。彼の見た目のキャラクターには合わない頷き方でちょっと可愛い。
「わかりました。それじゃフレイさんとお呼びしましょうか」
「……っ、それでお願いする」
「了解です。それじゃ改めて。フレイさん、またです」
「ああ。引き留めて申し訳ない」
「いえいえ」
もう一度身を翻し、手を振りながら歩き出すと彼も手を振り返し踵を返した。
──ふう、これで気になってたことが片付いたかな。
秋葉ちゃんも最近ちょっとおかしくなってるから、イスファ……じゃないやフレイさんは知人の中では俺の事を妙な感情込みの目で見てこない数少ない人間なんだよね。
こっちでは貴重な友人枠になるので、以前の状態に戻せてこれで一安心かな。あとあの耐性の無さはなんとかしてやらないといけないと思うしねぇ……
とりあえずのPC端末は確保しました。
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